78 幕間⑧ Course




「狩り……九……何……?」


「カリキュラムだよ。お師匠殿」


 ここはハークの宿泊する宿屋の1階にある食事処だ。


 本日、刀を購入したついでに、モンドの店の中庭を修練場として貸して貰ったハーク達は、店の閉店間際まで修練をさせてもらい、その上、汗達磨になった修練組全員の為に、ご厚意で従業員用のシャワーまで貸してもらい、サッパリとしたところで漸く店を後にしたのであった。

 去り際に、モンドどころか従業員、弟子一同が出入り口に整列し、「また是非、修練にお使い下さい! 本日はありがとうございました!」との大合声を聞いた時には、流石に意味が判らなかった。お礼を言うのはこちらであろう。

 ハークがきちんと謝辞しなかったら、今頃、モンドの店で夕食まで御馳走になるところだった。それは流石に世話になり過ぎというものだ。


 時刻も丁度良いので何処かで夕食を、ということになった。

 シアだけは、


「インスピレーションが湧いちゃってね。悪いけど失礼させてもらうよ! じゃ!」


 と言って勢い込んで自分の店に帰ってしまった。

 ハークには意味の分からない単語であったが、何となくやる気が出たのだろうな、ということは判った。それに彼女だけ帰り道が別方向なのだから仕方も無い。


 結局、食事場はモンドの店のある鍛冶職人街からほど近いハークの宿泊宿で、ということになった。女将さん特製の米料理が美味いのだ。


 残念ながらハークの好物である炊き込み飯は売り切れだった。

 昨日の襲撃の折、夜通し働く冒険者や衛兵の為に炊き出しで饗した握り飯が大変好評だったらしく、他の宿泊客や夕食だけを食べに来た客たちに平らげられてしまったようだ。

 しかし、もう一つの米料理である『トマトのリゾット』とやらはまだ作れば大丈夫らしい。それを虎丸の分を含め全員分頼んだハーク達は、料理が来るまでは今日の訓練の総決算に興じ、というかハークが熱心に他の3人からアドバイスなどをねだられ続けていたのだが、料理が運ばれてきてしばらくすると、もうすぐ皆で通う予定の寄宿学校の話になった。

 そこで前述の会話となったのである。


 ハークが紅い汁で煮られたおじやのような米料理をかっ込みながら、またも聞いたことの無い単語に反応して、器用にも口の中の米を飛ばすことなく訊き返そうとしたのをフォローしたのはアルテオである。

 今までは主のテルセウスに遠慮していたのか、あまりテルセウス以外の人間と積極的に話すことの無かったアルテオだったが、今日一日で随分と打ち解けた。


 だが、ハークはその言葉を聞いて、不機嫌そうに眉を寄せた。主に「お師匠殿」のあたりで。


「お師匠殿は本当にやめてくれ。何度も言うが儂はお主らの師匠になった覚えは無い」


「しかし我々は貴重な技術の伝承を受けている身分だ。けじめはキッチリとすべきであろう?」


 だが、アルテオも引かない。彼、いや、彼女の中で譲れない部分があるためだ。視ればシンとテルセウスも全くの同意とばかりに頷いている。

 これは一度キチンと聞かせないといかん、と判断したハークは、一度口の中の物を飲み物で喉に流し込むと、溜息を一つ吐いて、説明を始めた。


「よいか? 儂の中で師匠とは親も同然だ。親というものは生きる術を与え、子供を守り育むものだ。儂もまだ研鑽の途上、そこまでお主たちに出来るとも思えんし、行う気も無い。それに親と子では戦友にはなれんし、対等な仲間にはなれん。何処に子供の喧嘩に手を貸す親がいる? 時に共に戦わざるを得ない親と子もいるが、それは確実に対等な関係ではない。それに儂がお主らに刀を扱うための技術を伝達するのは、人によって攻撃力付加値が変化する刀の秘密を解き明かし、儂自身の戦闘力向上に役立てるためでもある。言わば持ちつ持たれつなのだよ。そこまで感謝される謂れも無い」


 にべもない言い方ではあったが「つまりは師匠と弟子では仲間とはなれない」の言葉に3人も納得せざるを得なかった。だが、多分に不服そうな表情を見るにつけ、心のうちまで納得はしていない様子も見て取れる。

 だがまあ、ハークもそこまでは求めてはいない。常日頃からの師匠呼びさえやめてくれればそれでいい。大体、ハークはレベルアップの鈍重な種族であるという。今は自分より高レベルなのはシンだけだが、テルセウスやアルテオも現時点でそこまで差はない。

 一緒に冒険者活動をしていけば、早晩追い付き追い越されることは想像に難くないのだ。見た目年下で実際のレベルも下の師匠など、もし他人に聞かれたらどういう想像をされるか判ったものではなかった。


「それで? その狩り九らむ、とやらは一体なんなのだ?」


 頃合を見て話を戻すとすぐにテルセウスが乗ってくれた。


「選択科目の事ですよ。ギルドの寄宿学校には様々なカリキュラムがあり、その中から3つを学生は選択するんです。選択期間は最初の一週間ですが、事前に選んでおく生徒も多いのですよ?」


 その言葉を聞きながらハークは食事を再開している。横で口の周りを真っ赤にしながらバクバクとリゾットを平らげる虎丸に触発されたからだ。

 虎丸の毛は不思議なもので、どんなにああやって汚れても少し拭いてやればすぐに真っ白な綺麗な毛に戻る。色素が沁み込まないのだろう。


「どんなものがあるのだ?」


 またしても器用に口の中の物を飛ばさずに訊く、行儀が良いとは言えないが、誰も不快にさせてはいないのはその整った容姿とあどけなさのまだ残る幼さ故であった。テルセウスなど微笑ましく眺めている。


「まずは前線で戦う戦士になるための戦士科。武器の扱いやSKILLなどを教えてくれる。実戦的な訓練もするし、街の外でモンスターを倒す実習も行われる。そしてその双璧を成す魔法科。特別クラスはある程度の素質を最初の一週間で示す必要はあるが、戦士科と同じくらい皆受講する。魔法の扱い方の他に、よく使われる魔法への傾向と対策も教授の対象となっているからだ。魔物で魔法を使用するものもいるから、この二つは大抵の入学者が受講するな。まあ、必須ともいえる」


「ほうほう」


 ハークに説明したのはアルテオだ。大商人の護衛兼お世話係だった経験が活きているのか理路整然とした説明で解り易い。

 彼女が更に言葉を続ける。


「次に受講が多いのは戦術科だ。先の戦士科、魔法科での戦術面での活かし方を学習出来る。戦争などの大規模戦闘指揮にも通じる高度な内容だそうだ。さらに次に多いのが魔生物科だ。これは魔物や魔獣などの知識を得られる学科で、モンスターの特徴や戦うための有効な手段を学べる学科だが、ここを選ぶものは研究者の道に進むものも多いらしいな。ちなみに私は戦士科、戦術科、そして魔生物科を選ぶつもりだ」


「僕は戦士科、魔法科、戦術科を受講します。受講者が最も多いコースらしいですよ」


 テルセウスもアルテオに続いて自身の選択科目を明らかにする。意識的か無意識かは判らないが、同じコースを受講するように勧誘しようとしている節が視られる。


「へえ、それから選べばいいのかい?」


 シンの言葉にアルテオは首を振る。


「いや、他にも内政科、外交科、商売を学ぶ経済科、計算学を学ぶ算術科、周辺諸国を含めたこの国の歴史を学ぶ歴史科、法器の扱いと製作技術を学ぶという法器科。……まあ、法器科はハーク殿の里には生産技能で勝てるワケも無いので、取り扱いと簡単な修理を学ぶのが主だという。まだ数科あったかもしれんがこんなところだ。これらは一般教養科と呼ばれ選択する者はごく少数だ。これらを学ぶのは、もし冒険者として立ち行かなくなったとしても何とかやっていけるためのものでもあるらしいからな。これらを学びたいのであれば、態々ギルドの寄宿学校には通わぬであろう」


 暗に選択すべき科目ではないとも聞こえる言葉だった。

 アルテオはそう言ったが、ハークはその一般教養科とやらに興味を示していた。特に算術科と歴史科が良い。

 算術は興味は有れども前世では学びきれぬものの一つであったし、歴史科はこれからこの世界で生きていく上で必要なものの一つかもしれなかったからだ。


「うーーん、俺はどうしようかなあ。アルテオさんと同じようにしようかなあ。テルセウスさんと同じのも良いよなあ」


 シンはハークとは違い、食事の手を止めて、匙を置いて腕を組み、真剣に悩み始めた。


「私の選んだコースも2番目に選択者が多いらしいぞ、特に貴族出身者が一番多く選ぶのだそうだ」


 アルテオもそんなシンに控えめではあるが自身の選択科目の特色を語る。


「ハークさんは、どのコースを選ぶのですか!?」


 そんな二人の勧誘合戦は、やはりハークにも飛び火した。




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