77 幕間⑦ Life of Wonder




~~シンの述懐~~


 人生が一度の出来事で変わってしまう、って事があるだろう?

 一度も無い、ってことなら、それは幸福であり、時に不幸なのかもしれないな。


 俺はある。この16年生きてきて既に2度もね。

 一度目は俺の国がこの世界から存在を抹消された日だ。

 帝国の武力侵攻の前に連合も、同盟も全く意味を成さなかった。全部まとめて叩き潰されたらしいからな。

 防衛線が突破された、との知らせが届いてから国の中枢ってヤツが瓦解するのに正味数時間しか掛からなかった。全員死んだか捕まったかで、誰一人碌な目にはあっていないだろう。


 俺は所属していた軍団長の指示で、仲間たちと生まれ故郷まで何とか落ち延びることが出来た。

 それまでは知らなかったが俺の生まれた国はどうやら世界的に見るとかなりの小国だったらしい。それでも独立を保っていられたのは、とある特産物の存在があったからだ。

 その特産物は正しい知識と環境、ノウハウが無ければ収得出来ない代物で、安定して生産を行える国と地域は大陸広しと言えども我が国しかいなかった。

 帝国はそれを奪いに来たのだろう。手に入れただけじゃあ意味が無いとも知らずに。


 とはいえ俺達も全てを奪われるに任せたワケじゃあない。俺の出身地はその特産品の重要な生産地だった。故郷に戻った俺達は、何とか住民達の大半を連れて、帝国の蹂躙が始まる前に国境を越えて、その特産品の卵も運び出すことに成功していた。


 だがその道のりは俺の想像以上に過酷なものだった。

 最初300人いた仲間たちは国境を超える辺りで250人になり、山越えで200人に減り、領主様であるこの国の先王様に古都ソーディアン城壁内部での生活をとりあえず許されたころには150人を切っていた。


 漸く人の生活圏内で生きられるようになったが、それでもまだ苦難は続いた。

 ここソーディアンはモーデル王国の都市、そしてモーデル王国は帝国の長年の同盟国。

 つまりは俺達は敵国の難民ってワケだ。

 先王様のご厚意で城壁内での生活は許されたがそれだけだ。

 住む家も無けりゃあ食い物も満足に無い。

 当初は住民も敵国の難民である俺達には冷たかったし、慣れないホームレス生活で体力の少ないお年寄りからバタバタ倒れていった。


 さらに100人近くに減ってしまった仲間達を見て、俺達も決断するしかなかった。

 先王様に例の特産品のお話を伝えるとすぐに新しい集落を作ってくれることになった。

 皆に希望が戻り、この街の住民達もようやく慣れてくれて、皆が皆働き口を見つけられるようになり、明るい兆しが見えたあたりであのドラゴンの襲撃があったんだ。


 初めて巨大なドラゴンを自分の眼で見た衝撃はやっぱり大きかった。

 あの絶望感……、流石に終わったと思ったさ。俺だけじゃあない。後で聞いたが皆今日が命日だと覚悟したらしい。

 何しろ殆どの人間が最初の咆哮だけで鼓膜を潰され、満足に動けなくなっちまったんだから。


 俺も片側の鼓膜をやられた。片側で済んだのは幸運だった。残った片側の鼓膜で確かに救いの声を聞いたのだから。


「おい、そこの!! 儂の声が聞こえるか!! 聞こえているな!? 動ける者をまとめて街の中央部ヘ向かえ! あの馬鹿でかい剣を目指すだけだ! 病人や怪我人で動けぬものは背に負って走れ! さあ、行け! どこまで持つかわからんが背中は儂らが守ってやる!!」


 そしてその声の主は、言葉通りに、そして見事に俺たちを守った。その小さな身体で。

 それが師匠との出会いだ。


 これが二度目の、俺の人生を変える出来事さ。

 あ、師匠ってのは、俺が勝手に心の中で呼んでるだけ。まあ、心の師匠ってヤツだな。

 本当の名はハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー。師匠はエルフだが、恐らくこんだけ長ったらしい名前なのであれば、エルフの貴族なんだろうな。なのに偉ぶったりしない。師匠本人ですら、自分の名前を「クソ長い」とか言ってたからな。


 とにかく俺らは師匠に助けられて、あと、『松葉簪マツバカンザシ』って冒険者パーティーにも避難を手伝ってもらって、その日を誰一人欠けることなく生き抜いたんだ。

 結局、その時の心労や何やらで弱ってたお年寄りがまた何名か亡くなってしまったが、あんなところでドラゴンに殺されるよりはずっとマシだったに違いない。


 その時俺はやっと分かったんだ。俺が本来やるべきだったのは師匠や『松葉簪マツバカンザシ』などの冒険者の皆さんのように皆を守ることだって。

 それで冒険者になった。


 冒険者になったその次の日、師匠と再会できたのには本当に驚いた。

 凄い偶然だ、と思ったけど、師匠が俺達を助けるためにトロール討伐の依頼を受けてくれたからだから、必然であり、運命でもあると思うんだ。


 そこで俺たちスラム民を救ってくれた師匠にちゃんとした形で感謝を伝えることが出来、ユナの命を救ってくれた礼も言えたのは本当に良かった。でも、更に良い事はその場で師匠のパーティーに加えてもらったことだ。

 あの時は歓喜と同時に怖さもあった。俺みたいなヤツが師匠と一緒のパーティーなんてホントにいいのか!? ってね。


 結果はまあ、及第点ってところだろうな。足手纏いには成らなかったから、とりあえず最低の目標は達成出来たけど、特に活躍したわけじゃあない。

 寧ろ俺だけがこんなに得していいのか!? って思っちまうぐらいだ。師匠と、そしてパーティー仲間になったシアさんに何とか必死に喰らいついてただけで、もうレベルは22だ。冒険者になって3日でベテランレベルだとか信じられねえ。


 シアさんも非常に良い人、っていうか面倒見の良い人だ。この街で武具職人店を経営する傍ら冒険者としても活躍しているらしい。

 師匠のカタナを造った人らしいから、さぞかし名のある名工なのだろう。あの若さで大したものだ。美人で大柄でスタイルも良くて、性格も良くて名工。俺はどれだけパーティーメンバーに恵まれているんだ。

 師匠に助けられたあの日以来、俺の人生は逆転したかのように幸運続きだぜ。


 依頼達成の報酬もとんでもなかった。

 レベル33のモンスターから採取した完全な形の魔晶石なんて滅多に見れるモノじゃあないから高額になるだろうとは思っていたけど、最低額でも金貨30枚になるなんて驚きだ。

 これからオークションにかけられるのでこれは手付金のようなものらしいのだが、上手くいけば金貨100枚に化けることすらあるというから恐ろしい。

 国に買い取られて高級法器か国防を担う戦略法器に使われるか、大貴族に買い取られて所領の大規模改造用の環境法器の元になるかのいずれかじゃあないかって、ギルド職員のお姉様も言ってた。


 俺は大して活躍してないのだから少しで良い、って言ったのだが、仲間なのだから均等分割は当然のこと、らしい。師匠もシアさんもこの事に関しては厳しい目をしてたから面食らったよ。

 でも、金貨10枚に加えて、新たに受けた王都の大商人の息子さんの護衛任務で金貨1枚で計11枚、しかもその護衛任務は、月ごとに更に金貨1枚頂けるらしい。

 そんなに頂いても何に使えばいいか判らないぜ。ホントにあれ以来俺の人生どうなっちまったんだ!?

 この言葉……、普通は超不幸に陥った時に嘆く台詞だよな。


 とはいえ金貨自体は直ぐに使う場面が来た。師匠の弟子の一人、モンド=トヴァリさんのお店でカタナを購入させて貰ったからだ。


 ここで漸く師匠は俺とテルセウスさんに刀の使い方を教えてくれると宣言してくれた。

 感無量ってヤツだ。まだ「師匠」とは呼ばせてくれないけど、何時かは呼ばせてもらえるよう頑張るしかない。


 俺ら二人に加えてテルセウスさんの従者であるアルテオさんもカタナ技術習得修行に参加することになった。まだ3人共どのカタナを装備しても師匠が握った場合の半分以下にまで下がる。


 師匠がまず俺たちに課したのは縄で吊るされた丸太にカタナを討ち込んで切断する、というモノだった。固定もされていない丸太など普通両断なんかできない。が、師匠の振るうカタナであれば簡単だ。

 だから少しでも師匠に近付くために俺らはひたすらカタナを振るった。1000本振ったあたりで腕が痛くなったが弱音など吐けるワケが無い。見れば他の二人も歯を食いしばって頑張っている。俺も負けるわけにはいかないんだ。

 それで判ったのだが、むしろ余計な力を籠めない方が上手くいくことが多い。

 日が暮れる頃には良いのが2~3回入るようになった。結局両断はできなかったが。


 最後、もう腕を上げるのも億劫だったが、虎丸さんに鑑定してもらうと、俺とアルテオさんのカタナ攻撃力付加値が1上がっていた。

 もう効果が表れたのには師匠も驚いていた。

 ようし、この調子で明日からも頑張ろう。

 いつか、師匠呼びを認めていただけるように。


 ……その前に、恩返しの方法を考えておかないとな。頭の痛い問題だ……。




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