76 第7話10終:師匠と弟子




 日もそろそろ傾き、仕事を終え家路へと向かう人々がチラホラと出始める頃合、この街一番と評判の高い鍛冶職人モンド=トヴァリの店舗は常に倍する客で、この時間になってもごった返していた。

 ただし、武具の購入でごった返しているのではない。

 いや、客の元々の目的は武具の購入で間違いなくこの店を訪れているのだが、少なくとも今年一番の混雑を産む要因となったのはその客たちが見物人となる所為であった。目的の武具選び及び購入が終わっても帰らないのである。

 そして新しく訪れた客はこの店の中の現状に驚き、何事かと見物集団の中に吸い込まれていく。


 彼らの視線は一様に、普段は客が購入前に武器の試し斬りを行う場所である中庭へと向いていた。

 この店の中庭は一店舗としてはかなり広々としている。

 流石にギルドの中庭にある修練場には遠く及ばないが、2桁の人間が同時に使用可能なほどだ。そこでは現在、一種異様な光景が展開されていた。


 ちょうど成人したてぐらいの青年と、少年にしては矮躯であるも明らかな男物の服装に身を包んだ少年と、更には細くしなやかな長身でありながら非常に童顔の青年が横一列に並びながら、各々の目の高さにまで吊り下げられた丸太に向かって只管ひたすら武器を打ち込んでいるのだ。

 武器も変わっていて、全員刀身部分には奇妙な反りがある。成人したての青年と少年の武器はともに同じような片手剣であり、長身の青年だけが槍のように長い柄のついた武器を振るっていた。

 縄で吊るされた木の丸太は当然固定されていないので、斬り傷をこさえることは出来てもこれまた当然の如く両断する事など出来ない。

 が、相当に斬れ味の良いものなのか、刀身が丸太の半ば以上まで埋まるどころか、左端の青年はつい今しがた斬り裂きかけた。それでいて、「くそーー、惜しい!!」と叫びながら汗まみれの頭をガリガリと掻き毟っている。


 しかし、本当に異様なのは、残り半分の中庭で行われている光景だった。

 そこには、所々にまだ細かく切断される前の薪用木材がいくつかに分けて積み上げられ、その中心に立つエルフの少年に向かって、白い魔獣が無茶苦茶な勢いで駆けずり回りながら、途中の薪用木材を、積まれた小山から一本ずつ蹴り飛ばしているのである。

 縦横無尽に移動しながら放たれる木々は四方八方からエルフの少年を襲うが、それを彼は手にした武器で事も無げに打ち落として見せ、しかもその全てを両断している。

 もう既に30分程もずっと同じ作業が展開されているが、そんな時間の経過を気にしている見物客はいない。

 全員が全員、エルフの少年が使用する武器に注目していたからだ。

 中庭に居る他の者達と同じく、奇妙な反りの片刃剣。


 アレは何だ? アレと同じものが欲しい。


 客たちは一種大道芸めいたこの手品のようで、確実に現実であるこの光景に魅了され、次々に店員やモンドを捕まえてはそう語るのであった。


 それを見て、傍らのシアは、


(本当に商売が上手いねえ……)


 と感心していた。



 あの後、ハークは残り3本も次々と試し斬りした。

 とはいっても先の『胴抜き』は最初の一本だけだ。いつもの薪割りのみにとどめている。


 一本一本が長さや重さ、厚みの違うものだったが、斬れ味はどれも高水準にまとまっていた。


〈やはり主水殿が事前に吟味しただけはあるのだろうな〉


 中々の逸品揃いと言っても良いだろうが、虎丸に『鑑定』で測らせたところ大太刀『斬魔刀』どころかハーク愛用の剛刀に迫る攻撃力付加値を持つモノは残念ながら無かった。

 最も長い、明らかに大太刀を参考にしたと思われる一品が唯一惜しいところまで迫っていたぐらいである。

 とはいえ形は完璧で、性能としても及第点を超えている。ほぼ初めてでこれは文句の付けどころが無く、今後に更なる期待を抱かせるに十分な出来といえた。


「これを売るとしたら幾らだね?」


 ハークはそう尋ねた。


「おお、旦那が使ってくれるなら、お代なんかいらんよ」


「いや、そうではない。というか金ぐらいきちんと払わせてくれ……。まあ、それは兎も角、売って欲しいのはこちらの二人にだ」


 そう言ってハークはシンとテルセウスを指す。


「こちらの二人が刀を学んででも使いたい。そう言うのでな」


「ほう! ほうほうほうほうほうほう!」


 モンドは二人をまじまじと見ると、ニンマリと笑顔を見せる。


「旦那の剣技に見惚れ酔ったか。さもありなん、さもありなんよのう」


 嬉しそうに語るモンドは上機嫌で更に言葉を続ける。


「そういうことであれば勿論否などないわ。好きなものを持っていくと良い。どれがいいかね?」


 そう言って、シンとテルセウスに差し出した。


「では、私は身体が小さいのでこれで」


 テルセウスはハークが最初に試した小太刀を選び、


「んじゃ俺はこいつで」


 シンはハークが2度目に試し斬りをした、先程の小太刀より長い、それでいてハークの剛刀よりは短い刀を選択した。


 2人が値段を訊くと、1本で銀貨5枚だという。モンドによると半額にまけておくわい! と言っていたが。


「待ってくれ、主水殿。儂も相場を知っておきたい。本当にこれが通常なら金貨1枚でいいのか?」


 どこか違和感を拭えなかったハークがそう詰め寄ると。


「まあ、実を言うと相場であれば3枚は貰わんとの……」


 と些か恥ずかしそうに言った。一般的な剣の4~5倍の値段だが、手間を考えればそれでもギリギリだ。


「やれやれ……。まさか値切るためにではなくちゃんとした値で払うのに苦労するとはな。儂らは今デカい報酬を貰って懐が暖かいし、テルセウス殿の資金は潤沢だ。せめて半分は払わせてくれ」


 まるでシンとテルセウスの二人に促されるようにハークが話す口調は愚痴のそれに近かった。そして彼らから合計3枚の金貨を受け取るモンドの表情は苦笑いで、いかにもしぶしぶ、といった趣であった。



 その後。


「何処で刀の修練をする気じゃい? どうせならウチの中庭を使ってはどうじゃ? 旦那には今日もええモン見せて貰うたからのう、遠慮なく、いや、是非使って行ってくれい!」


 このモンドの提案、というか、もはや頼み込みに近い台詞を受け、ハーク達は刀の修練をモンドの店内で行うことに決めた。

 ハーク達も最初は遠慮していたのだが、土下座すらしかねないモンドの勢いに負ける形で使用させて貰っている。


 シアはつい先程の時点で漸く気付いたのだが、この見物人が出る程の騒ぎをモンドは予期し、そして狙っていたのだろう。

 今も一人の客がモンドに詰め寄っている。


「オイ、爺さん! ありゃあすげえな! ここで買えるのか!? 幾らする!?」


「今は在庫が無くてな。1本金貨5枚よ」


(しかも増えてるし……)


 近くで聞いていたシアはそんなことを考えていたが、この売れ行きであれば仕方がない側面もある。職人気質で商売っ気の無いシアであっても需要と供給により値段が変わる論理ぐらいは理解している。確か大昔のこの国の文武総指南役が書いた著書だ。


「オイオイ、高すぎるぜ!」


「文句を言うなら造らんぞ。あのカタナというモノは使い方に習熟するとさらに斬れ味の良くなる最新技術の結晶じゃ! あのエルフ殿のようにな」


 なるほど、そう宣伝すればいいのか、とシアは思った。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ! 今頼めばいつごろ完成する!?」


「注文が立て込んでいてのう……。1か月後じゃな」


「1カ月後!? 長くねえか!?」


「仕方ないのう。特別に金貨4枚にしてやる。それでどうじゃ?」


「ホントか!? ありがてえぇぇ! 是非頼むぜ!」


(本当に商売上手いなぁ……)


 呆れるようにシアは心の中で呟いた。



 ところで、シンとテルセウスの刀修練組に交じって、アルテオまで柄の長い刀を振るっているのには訳がある。

 元々は主が訓練に没頭している中、手持無沙汰になったアルテオが余ったスペースで自己鍛錬を始めたところを見たハークが、その長身にしてしなやかな動きに着目したのが切っ掛けであった。


「アルテオ殿。お主槍術でもやっていたのか?」


「いや、子供の頃に父に少しだけ教わっただけだ。私はテルセウス様の護衛だから剣ばかり使っていた。人間同士の戦争に出たことも無い」


 この世界で槍は戦争用の武器として使うのが主である。冒険者も携帯に便利な剣を使うことが多い。


「ふうむ。素質があるやもしれんな。少しやってみるか? 今の倍は強くなるかもしれんぞ」


「本当か!? 是非頼むハーク殿!!」


 ハークがモンドに頼んで急きょ、柄の部分だけではあるが造り直したのは『長巻』と呼ばれるものだった。

 モンドが大太刀に似せて作った4本の内の最も長い刀の柄を刀身と同じ長さに代えたものである。槍と刀の中間の武器と言えた。

 アルテオは一目見て気に入ったらしい。


「ありがとう! これからご指導よろしく頼む! お師匠様!」


「流行っておるのか……?」


 こうしてまた弟子が増えることになった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る