75 第7話09:そうだ、鍛冶屋に行こう




 モンドに半ば引っ張られるかのように店の奥へと案内されたハークの前に、お茶とほぼ同じタイミングで4本もの真新しい刀が運ばれてきた。


「もう4本も打ったのか!?」


「まあの。昨日まで徹夜だったわい! 今朝は死んだように寝たがの! うははははは!!」


 鞘や柄巻も完璧に仕上がっている状態だ。

 刀身は当然、鞘に包まれていて判らないが、外観からは一流の仕事ぶりを覗わせる。


「凄いね、モンド爺さん!? もうここまで出来るようになったのかい!?」


 シアが驚いている。当然だろう。僅か数日という短期間でここまで技術をモノにしているのだ。

 拵えは前世の一流職人もかくや、という出来であり、その中にさり気無くこの世界の、というか、この都市独自の意匠も混ざっている。

 こういうものは数限りない反復の果てに徐々に融合し、違和感が無くなるものだが、ハークから視ても粗が見受けられない。実に器用なものである。


「まだまだじゃよ。モノになるのは3割ほどといったところかのう。この4本は旦那から頂いた知識を元に、儂の弟子と共に鍛え上げたカタナのうち、ワシ自身が使い物になると判断したものなんじゃが……」


 しかしモンドは年齢の割に豊かな頭髪を照れたように掻きながら、自信無さげに語るのみである。


〈やれやれ……、一体どんだけ打ったのやら……〉


 単純計算で20前後は打っているだろう。前世であれば例え寝食を忘れたところで数日では計算が合わないが、この世界特有のレベルとステイタスの恩恵は、鍛冶仕事であっても享受しきれるものなのであろう。


〈………………いや、そうでもない、……か?〉


 こちらをチラチラと伺う様に時々視線を送りながらも作業に戻りつつある弟子たちの顔色を見ると、何名かは土気色を通り越したような者もいる。いくらなんでも結構な無理をさせた後なのかもしれない。

 それとも交代制なのだろうか。主水と同じく血色の良い、表面上の疲れを見受けられない者も数多くいる。


「それで、旦那。よろしければどうかね? ひとつひとつ試しては貰えんかね?」


「うむ、是非検分させていただこう」


 ハークは右手前の一本を手に取る。手の中の感触を確かめ、裏っ返して一見するとそれをそっと元の場所に置き、別の物を手に取る。シアもその間、興味深そうにまじまじと新しい刀を見詰めていた。

 どこかで、ごくり、と唾を飲み込んだであろう音が耳に入るが、聞こえないフリをする。


 4本はそれぞれ、長さ、重さ、厚さ、バランスが異なっている。様々な意匠を持たせつつ、試行錯誤しながら、技術の限界を探っているところ。ハークにはそう感じられた。


「うむ。良い出来だ。外観に文句は無い。刀身なかは視させていただけるのか?」


 ハークの言葉にモンドは破顔すると即座に答えた。


「勿論じゃよ! 中庭にご案内しよう」



 モンドの店の中庭は、やはり一流店を思わせる広さだった。人一人が何とか武器を振るえる猫の額のようなシアの店の中庭とはワケが違う。

 10人程度が一緒に稽古で使ったとしても充分なぐらいだ。試合すら行うのにも不足はないだろう。こじんまりとした修練場といった広さがある。


 ハークは一本目の刀を抜く。4本の中では最も短い、小太刀のような刀だ。

 鯉口、所謂鞘口は非常に緩い。日本刀独特の動作、鯉口を切る、という動作も必要ない程だった。これは、片手でも簡単に抜刀できるようにであろう。


 刀身がすべて姿を現すと、離れて見物している仲間たちの方からいくつかの歓声が上がった。陽光に照らされた刃には、ハークの物と同じ波紋が美しく浮かび上がっている。


〈美しさでは本当に引けを取らないな〉


 モンド自ら吟味したというだけあって良く出来ている。重心のバランスも良い。

 ハークとしてはもっと先端に有る方が好みだが、この方が万人に扱いやすいだろう。


 構えをとり、数度刀を振るう。何もない空間を斬りつける、一見何の変哲もない単なる素振りなのだが、確かにくうを斬ったと感じられるものがあった。


 小気味良い風切り音を存分に唸らせると、ハークは虎丸に振り向く。


「虎丸、頼む」


「ガウッ!」


 いつもの稽古の如く、虎丸が口に加えた2片の薪木を空中へと放り上げる。それをこれまたいつもの如く事も無げに両断すると、先に倍する歓声が仲間達から上がった。

 そのすぐ横ではモンドが拳をグッと握っている。


「ふむ。これなら……。主水殿!」


「おお!? 何だね、旦那?」


 しばし成功の感覚に酔いしれていたモンドは急に声を掛けられ慌てて応える。


わらの的当てはあるかね?」


「あるぞい。今、用意させますぞ!」


 モンドは弟子の一人を呼び、言葉通りすぐに人型を模した藁的を中庭の中心に設置させた。


「よし……」


 準備が完了したとみるやハークはスタスタと的に近付くと、刃の根元、はばきにほど近い部分をぴたりと藁の表面に当てる。


「全員、よく視ておけ。シンとテルセウスは特に、な」


 何事が始まるのか固唾を飲んでいた仲間たちとモンドに一言添えると、人型の左脇を抜けるようにゆっくりと歩きながら、人に例えるならば胴の部分へとあてがった刃を滑らせていく。

 柄は両手でしっかりとは握られているが、それだけだ。手首はあくまで柔らかく、腕にも力は殆ど入っていない。端から見れば、藁の的当てに刀を軽く押し当て続けているだけのようにも視える。

 だがそれだけで、木に括り付けられた藁の束が次々にスパスパと切断されていき、遂に骨組を構成する木材にまで刃が到達していた。

 その間もハークは、まるでスローモーションのようにゆっくりとした動作で前へと進みながら刀を滑らせ続けることを止めない。

 そして的当てを支える中心の木を切断すると同時に、初めて手首を軽く捻るような僅かな動作を行い、最後まで両断した。


 ぼとり、と藁の人型上半分が地に落ちる。


「うむ。良き刀よ」


 その言葉はハークにとっては最大級の賛辞だ。それを聞いてモンドの心は強い歓喜に沸き立つが、直前に見た光景が忘れられず驚愕の方が勝っていた。


「なん……っじゃあぁあ……、今のは……?」


 モンドも驚いているが、その他の見物人達も一様に驚愕している。

 口をぽかんと開けている者すらあった。


「純粋に、お主の造り上げた刀の斬れ味のみ、で斬ったのだよ。刃全てを使ってな」


 ハークが行ったのは『胴抜き』と呼ばれる動きの型であった。実戦で使う場合は、殆どが相手の攻撃を横に躱しつつ、そのすぐ脇を交差するように通り抜けながら胴を真一文字に斬り裂く技だ。

 それをハークは、わざとゆっくりと力を籠めることなく行った。ただし刃を押し当てるのではなく、這わせる・・・・ように、だ。


「すっっっげえ、斬れ味だな。押し当てるだけで斬れるなんてよ」


「全くです……。自分を斬っちゃわないか心配になるほどですね」


 シンが驚愕のまま称賛し、テルセウスが同調する。だが、間違いは今の内に正さねばならない。


「それは違うぞシン」


「え?」


「儂は押し当てていない。滑らせたのだよ。だからこその刃全体なのだ。だからこその刀の形状なのだよ」


 刃というもの、特に日本刀は引くことによってその斬れ味を初めて発揮できる。その為には目標物に向かって正しい角度とより多くの接地面を維持しつつ、常に刃を己の側に移動させねばならない。その為にこそ名刀には反りが必要なのである。


「ああ!そうか!」


 そして、その『何故』をこの中で一番探求していたシアが、その事実に一番最初に思い至るのは当然だったのかもしれない。


「だからこその『反り』、なんだね!? 直剣と違ってあの形状なら、さっきのように振るいながら動かしても切断面をずっと当てて・・・いられる! 振り降ろすだけでは駄目、というのはそういうことだったんだね!?」


 正解を言い当てたシアに、ハークが満面の笑みで応える。


「その通りだよ。儂はどんな時でも、どんな体勢であってもあのように振ることが出来る。勿論、全身全霊の全力で振るう時もだ。体に沁みついておるのだよ」


 ハークにとってこれは自慢ではない。

 これが『刀使い』である者の証明であり、矜持であった。


「無論、高レベルの者達、例えば虎丸であれば藁の的当てあんなものなどを破壊するのに力など必要ないだろう。が、それは儂も同じこと。今のように力を入れずとも技術のみで同じことが出来る。全力を籠めれば、高レベルの者達と同じ破壊力を出せる。儂が握った時のみ刀の攻撃力加算値が上昇するのはこのことが数字として表面化されているのだと、儂は思っている」


 これはあくまでもまだハークの中でしかない仮説である。しかし、証明する手段はあった。いや、さっき立候補したものがいる。二人ほど。


「シンにテルセウス殿。『刀使い』として在りたいと望むのならば。今のような儂の動作を自然に出来るようになるまで身体に沁み込ませねばならん。それには何千何万何億と刀を振るう必要がある。ついて来てもらうぞ?」


 ハークの言葉は確認のようなものだったが、その眼を見た者達は全員、ハークの瞳がぎらりと光るのを目撃した。




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