74 第7話08:鍛冶屋に行こう
ジョゼフの見舞いを終えたハーク達一行は、古都ソーディアン中心部に位置するギルド本部からほど近い、武具職人店街へと向かって大通りを進んでいた。
最終的な目的地は武具職人店街地区の外れの方にあるシアの自宅兼工房、ではない。
古都一の品揃えと売り上げを誇るこの職人街の顔役、モンド=トヴァリの武具店に彼ら5人は連れ添って向かっていた。
目的は刀である。
ハークのレベルを超えた圧倒的な戦闘力に魅了され、シンとテルセウスがどうしても、と刀を欲したからだ。
ハークが持てば、凄まじい斬れ味を見せる刀ではあるが、これはハークが持つこの武器を正しく扱う為の技術があってこその物種であることは、シンとテルセウスの二人も重々承知しているつもりである。
何しろ『鑑定』してしまえば一目瞭然なのだから。ハークが持てば破格の攻撃力数値を得る刀も、シンやシアが握ると半分以下にまで落ち込んでしまう。奇妙な現象であったが、具体的な数値で表される以上納得するしかない。それ故、技術を修めねば宝の持ち腐れになる可能性も覚悟しつつ、やはり形から入ろうとするのは老若男女古今東西、更に世界を超えたとしても同じようだ。
ならば何故、仲間でありハークの大太刀を造り上げた実績もあるシアの店ではないかというと、これには2つの理由があった。
第一の理由、これはシアにとって、まだカタナというものがどういうもので、どう使えるように製作すればいいかが判っていないからだ。
確かに攻撃力の数値だけで見れば、ハークと共に、最後はモンドも加わって完成させた大太刀は、前世からこの世界にハークが持ち込んだ剛刀すらも、数字の上では超える程の完成度を見せた。
しかしシアにとっては、ハークの指示を受けるままに打っただけであり、あくまでも手伝わせて貰った上での造り方を上辺だけ習得したに過ぎなかった。
要は、何故ハークが振ればあそこまでの斬れ味を見せるのかが、判然としていないのだ。それはつまり製造の仕方は分かっていても、構造を理解していないということに通じるのである。
これでは、製造過程を細かくなぞり、その結果全く同じものを造り出すことは可能かもしれないが、それを超えるモノを産み出すことが出来ない。
今のままでは今を超えることが出来ない、シアはそう考えたのである。
第二の理由、これは単純な話である。シアの店にはもう材料が無いのだ。
大太刀を造る際に、殆どの店の在庫を使い尽くしてしまったのである。特に燃料がもう無い。通常の剣を1~2本作るぐらいならば問題無いが、カタナを打つとしたら今の在庫の3倍はないと不安である。打ち上げている最中に炉の火が消えるなど考えただけでも身の毛が弥立つ。
実は当然のことながら、シンとテルセウスはシアに己の愛刀となるカタナを打って貰いたいと最初は願い、頼み込んでいた。
実績もあるし、腕があるのも知っているし、
だが材料が無ければ魔法の使えぬシアではどうにもならない。魔法が使えてもこの場合はどうにかなるものでもないが。
そこで、ハークにカタナの製造技術を伝授されたもう一人の人物、モンド=トヴァリの店に訪れてみよう、ということになったのである。そこで、まだ満足に完成した刀が無い、もしくは二人が気に入るようなモノが無い、という場合は材料を譲ってもらってシアに造ってもらう、という次第になったのである。
モンドの店に向かいながらも、ハークはまだ流石に満足いくものは出来ていないのではないか、とも考えていた。
ハークがシアとモンドに刀剣製造法を伝えたのはまだ数日前である。手間をかけ複数の工程を経ねばならない刀製造は時間もかかる。
しかも最初から大太刀製作に携わったシアと違い、モンドは途中参加だった。口頭説明では伝えたが、己だけで初めて行う作業や試行錯誤も多い筈である。
恐らく最初の数回は失敗するであろうと踏んでいる。そう考えると益々きちんとした刀が出来ているとは考え難かった。
この時、ハークはこの古都一の名声を持つ鍛冶屋の意地と、ステータスの恩恵というものをまだまだ見縊っていたといえる。
モンドの店は通りに面した、派手さはないが質実剛健な外観で、シアの店よりも何倍も大きかった。売り上げの規模が違うのだから当然とはいえ、流石はこの古都一の売上を誇り、同業者を牽引する立場の店、と言えた。聞けば王都にすら支店があるという。
シアの先導でハーク達が入店すると、すぐに若い店員が出迎えてくれたが、虎丸を一目見ると表情を変え、次いでハークを、そしてその長い耳を見つけるや否や緊張感溢れる顔になって。
「しょ……! 少々お待ちください!」
と、他の客にも聞こえてしまうくらい大きな声で発言すると、大急ぎで店の奥で引っ込んでしまった。
幸い広い店内に客はまばらで、それ程の注目を攫ってはいない。
しばらくすると、奥からドタドタドタと派手な足音が響き、初老の老人が飛び出してきた。
モンド=トヴァリその人である。
「お師匠殿! 来て下さったのか! いやあ、ありがたいありがたい!! シアもよく来てくれた! 儂の店に来るのは久々であろう!」
モンドはハーク達を一目見るなり大音響で呼ばわった。当然、客が何事かと一斉にこっちを振り向くが、ハークに渋面を造らせたのはそれが原因ではなかった。
「主水殿、師匠は止してくれと言っただろう。どう見てもお主の方が年上なのだからな」
ハークは今にも溜息の出そうな表情で言ったが、モンドはにこやかな表情のままだ。
「そうかねそうかね!? うむ! ならば、旦那はどうかね!?」
「まあ、仕方ないか……」
今度は本当に溜息を吐いた。店の奥から何事か、とぞろぞろモンドの弟子らしき人物たちが出てくる。
彼らは一様に、モンドに師匠と呼ばれたハークを見て眼を剥く。
その反応は当然であろう、と思ったのだが、彼らがハークの長く尖った耳を見つけるととりあえずは皆が皆、納得したかのような表情へと変わるのが気になった。
少々非常識なことがあっても、エルフならばさもありなん、という種族なのであろうか。最近、同じような事態によく直面している記憶がある。
それにしても、とハークは思う。
〈あの時は随分と
シアの店で数日前に初めて出会ったモンドは、(いろいろ考えた末の行動ではあるが)この街の鍛冶職人街を牛耳ろうと、なまじ知らぬ仲でもないシアの店すら潰して吸収しようと企んでいたこともあり、相当に追い詰められた表情をしていた。
言わば狂面と言ってもいい。野望というより使命に狂った顔をしていた。
それが今やすっかり険がとれて実に穏やかな良い表情をしている。すっかり優しげな好々爺といった感じで、あの時とは別人のようだ。
今もシアと仲良さげに語り合っている。
「さて、こんなところで立ち話もなんじゃし、奥に入っとくれ! さぁ、さぁさぁ!」
笑いながら大声でハーク達5人と1体を店の奥へと誘導するモンドは非常に上機嫌で、益々客の面々の衆目を引いていた。
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