73 第7話07:スクールに行こう




 それまで多くを語ることなく、流れに任せていた護衛対象が一歩進み出た。


「……これは驚きました。嬉しい偶然ですね。どうか学園でもよろしくお願いします、ハーク様!」


 テルセウスに続いてアルテオも歩み出る。


「どうもご縁があったようだな。私もよろしく頼む、ハーク殿」


「う、うむ。こちらこそ、だ」


 ハークとしてはこちらの懸念を語ったつもりが思いもよらぬ追い風になってしまっていた。悪いことではないが、青天の霹靂にハークといえど戸惑いを隠せなかった。


「これで儂は問題無い、どころかむしろ都合が良くなったな。まあ、儂個人としては良かったが……、シアにシン。お主らはどうだね?」


 もはやラウムからの護衛依頼は、受けざるを得ない状況になりつつあるが、今のところそれはハーク個人の話であった。

 ハークはパーティーの中で最もレベルが低いにもかかわらず、リーダー的な判断をなぜかなし崩し的に任されてしまっているが、しかし、だからといって自分の意思と都合だけでパーティー全体への依頼を勝手に受けられるとは思っていない。

 そう思っていたのだが。


「ん?」


「え?何が?」


「何が……って、ラウム殿からの依頼の話だ」


「え?受けれるんじゃないのかい?」


「俺もそう思ったけど?」


 どうもそう思っていたのはハークだけだったらしい。結構な徒労感にハークは襲われた気がした。

 溜息の一つでも吐きたい気分になったが、それを押し殺して、一応の確認をする。


「では、我々ぱーりぃーとして、受けて良いのだな?」


「ああ、あたしにとっちゃあ正に上客だからねえ。受けない理由はないよ。更に報酬が貰えるなんて夢のようさ」


「俺も文句は無いよ。報酬からしたら貰い過ぎ、とも思うけどさ」


 ハークとしては、何を敵に回すかも分からんこの状況で、果して貰い過ぎかどうか……、という考えもよぎったが、口に出すのは控えた。


〈下手すりゃ暗殺組織一つか二つと対立するかも知れん〉


 とはいえそれはテルセウス達の、本当・・の身分が如何ほどかによるであろう。


「そういうワケだ、ラウム殿。儂らパーティーは、そなたの依頼を受けさせて頂く」


 今、彼らの正体を追及しても良い事は恐らくなかろう、成るようにしか成らんと思い、この時ハークは深く考えなかった。

 後々、彼はこの時の決定が重大なものであったことに気が付くのだが、それで後悔をしたか、というとそれは別の話である。


「ありがとうございます! 感謝いたしますよ! 肩の荷が下りた気分です。こちらが手付金です。お納めください」


 ラウムは大いに喜び、早速懐の『魔法袋マジックバッグ』から金貨3枚を取り出して3人に一枚ずつ渡した。

 シアはその金貨をしばらく緊張した表情で見詰めて、ゴクリと生唾を飲み込んでいた。


「後々のお給金は毎月初めにギルドの方から皆様にお渡しさせて頂きます。ギルド長、それでよろしいでしょうか?」


「うむ。契約は後で書面を用意させる」


「了解しました」


 ジョゼフとラウムの間で事務的な話が始まったのを見て、ハークは仲間たちの方に向き直る。


「さて、仲間が増えたな。テルセウス殿、アルテオ殿、これからよろしく頼む」


「ええ、こちらこそ! ハーク様、シア様、シン様、これからよろしくお願いしますね!」


「私もよろしく頼む」


「一気に仲間が増えたね! あたしもよろしく頼むよ!」


「俺もよろしくだぜ」


 次々に挨拶が交わされる中、ハークは今度はシンに向き直る。


「ところで話は変わるが、シン。お主はどうする?」


「ん? どう、って?」


 突然己に振られた話に、当然ながらシンもついていけない。


「寄宿学校の件だよ。前にシアも言っていたが、通えるものなら通った方が良い。知識を得ねば、強くなったとしても実力は片手落ちだ。この先、スラムの皆で街の外に移住するのであれば、尚のこと必要だと思う。新しき村を守るためにはな」


「え? 俺も通うのかい?」


 シンはいきなりの事で頭がついて来ていない。


「うーん、でもお金がなァ」


「たった今得たではないか。トロールなどの報酬もこれからだしな。給金も頂けるということもあれば、この先、さほどお金で苦労することもあるまい。シア、寄宿学校はいくらかかる?」


「寄宿学校は期間1年で銀貨5枚だよ。ちょうど半分だねえ。分割や、期間の途中に払っても良い筈だよ」


「だ、そうだ」


「そっか……。だが1年か」


 シンはまだ渋っているようである。その理由にシアが思い至った。


「ああ。その間に村の調査とかが完了して、移れるようになるかも、ってことかい?」


 当たりだったようで、シンが頷く。


「そうなんだよ。流石にあの状態から1年以上はかかるとは思えないし、かからせたくもねえ。期間の途中で辞めることにならねえかなぁ?」


「寄宿学校はギルドが泊まる場所を用意してくれるから、そっちは安心していいし、週末や多少の休暇期間もあるからね。定期的に村に帰ることも出来るよ」


「へえ。そうなのか……」


 ギルドの寄宿学校は広く人材を集めるために、その名の通り泊まり込みをさせて教育を行う。これはこの街、ソーディアンからだけでなく周辺の町や村からも生徒を受け入れるための措置であった。

 そして1年間という長い期間、遠く離れた故郷にも里帰り出来るよう、何度かの長期休暇期間も設けている。

 ハークもこの事は初耳だったが、その事には触れず話を続けた。


「村の事を守りたいと思うのなら、長期的に見ればむしろ正しい知識と技術をお主が身に着けた方が村の為になるだろう。お主が村に伝えていくのだ。それに刀が学びたいのであれば、お主も共に寄宿学校に通った方が何かと時間もとり易いであろう?」


 最後の一言が決定的であった。


「カタナを教えてくれるのか!?」


 急にヤル気をみなぎらせて、ハークに詰め寄るかのように確認するシンを持て余してはいたものの、ハークはしっかりと頷いた。


「ああ。それがお主の為になるのならばな」


「よっしゃあ! 俺も入るぜ、寄宿学校!」


「あ、あの! ハーク様。じゃあ、私にもカタナをお教え下さるのですよね!? 同じ寄宿学校の同期ですもの!」


 急に割って入ってきた新しい仲間、テルセウスの勢いにたじろぐハーク。

 その後ろではテルセウスの従者、アルテオが正に処置なし、と言わんばかりの渋面を浮かべていた。


 ハークは、同期だから教えねばならぬということではないのでは、とも思ったが、結局は宥めるかのように言った。


「わかった。テルセウス殿にも役に立つようであればご教授しよう。儂自身もまだまだ修行の徒ではあるのだがな」


 その言葉を受けて、テルセウスは「やったー!」と声を上げて全身で喜びを表していた。そのはしゃぎ様を、アルテオがいさめに掛かったところで、ジョゼフから声が掛かる。


「話は決まったようだな」


「ああ、ジョゼフ殿、寄宿学校はまだ一人入学できるのであろうか?」


「おう、問題ねえよ。まだ定員には達してねぇからな。聞こえてたぜ、シンが入るんだってなぁ。ビシバシ鍛えてやるから覚悟しとけ。シン、お前さんを歓迎するぜ」


「ありがとうございます! 頑張ります!」


「よーし、じゃあこれで話し合うことは話し合ったな? では下で魔晶石や魔物素材などの納品を行ってくれ。ラクニ族の遺体もこちらで引き取ろう。職員には話をしておいた。……あと、寄宿学校はちょうど一週間後からだ。ちゃんと一週間後の朝、ギルドに顔を出すんだぞ」


「「「了解した(です!)(しました!)」」」


「まあ、ギルド長さんがこんな状態ですからねえ。もしかしたら2~3日後にズレるかもしれませんが……」


 ギルド医務室長のマーガレットがジョゼフの体調を心配して苦言を呈するが何処吹く風だ。


「何言ってやがんだマーガレット。ヤル気のある生徒を得て俺達がヤル気にならんでどうする!? 直ぐに何時もの調子に戻ってやるぜ!」


「あらあらまあまあ」


 ギルド長の無駄に気合を入れた様子に、マーガレットが多少呆れたような声を出したところで、会談はお開きとなった。



 その後、ギルド長の言う通りにギルド1階の納品場へと職員に案内されたハーク達は、そこで全ての素材やラクニ族の遺体、魔晶石等を提出した。

 残念ながら、ラクニ族の遺体とインビジブルハウンドの各種素材については現時点で幾らの値がつくかも想像がつかない為、ギルド預かりの後日案件となったが、ジャイアントホーンボアの肉や角、骨、トロールの完全な状態での魔晶石等は無事買い取りとなり、成功報酬と併せて金貨約30枚以上の大売上となった。


 それを見て、シアは眼を回したという。




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