72 第7話06:護衛依頼




 ハーク、シア、シンは再び顔を見合わせた。

 その内にハークを除いた二人の視線が自然と彼に集っていく。またもハークが代表する形となるのであろうな、と覚悟したところで、ラウムが更に言葉を続ける。


「勿論、これが非常に困難で、それでいてご面倒をお掛けする依頼だとは、私も重々承知しております! しかしどうかお願いしたい。お受けしていただけるならば契約金としてまずお一人につき金貨1枚をお渡しいたします。更に毎月同じ額をお支払いいたしましょう」


「金貨ぁ!?」


 大声を上げたのはシアだった。その表情にはハッキリと驚愕が見て取れる。


「ええ~~と、おっちゃん!」


「何だ、シア?」


「金貨って銀貨何枚だっけ!?」


 その言葉に、尋ねられたギルド長含めハーク以外のこの部屋にいる殆どの人間が、ガクリと脱力したのをハークは感じた。


「何枚って、おめえぇ、使ったことねえのか!?」


「ないよ!」


 即答である。


〈そういえば儂も使ったことはないな。見たことはあるが〉


 ジョゼフが溜息を吐いている。ベッドに縛り付けられた状態でなければ、こめかみか眉間を揉む動作でもしただろう。


「10枚だ。金貨は銀貨10枚分だ」


「10枚!? そんなにあったら1年過ごせるよ! 貰い過ぎじゃないか!?」


 その言葉に驚いたのはハークが一番であったろう。何しろ彼は自身の所持する『魔法袋マジックバッグ』の中身を以前調べた際に、金色に輝く銭を10枚は見つけていたのだから。

 だがシアの先の台詞は一部、一般常識とはかけ離れていたらしい。


「1年って……。どんな生活してやがるんだお前は。普通は半年が関の山だ」


 ジョゼフがツッコむ。どうやらシアは相当に倹約家らしい。


「……まあ、シアさんの生活様式は置いておくとして……、俺も一人につき金貨1枚は、流石に貰い過ぎではないか、と思いますよ? 我々全員で月1枚でも多い方なのでは?」


 シンが的確にフォローする。それを受けてラウムが再度口を開く。


「いえ、今回の依頼はそれ程にお手間を取らせることになると私は思うのですよ。一体誰が何の目的でテルセウス殿とアルテオ殿を狙うのか、それすらも判っていないのですから」


「ラウム殿は、王都のテルセウス殿の兄二人かそのどちらかが、とは考えていらっしゃらないと?」


「はい。これが人間の刺客であるならば、私もハーク殿のご指摘その通りと思うのですが……。それが、ラクニ族にインビジブルハウンドという、この国の人間であれば聞いたことはあれども見たことの無い未知なる存在相手に、お二人を狙わせるなど……テルセウス殿の兄上二人は私も存じておりますが、とてもそんな大それたことを出来るような器ではございません」


「テルセウス殿の御実家に敵対する者、とかですかね? 商売敵のような。生け捕りにして人質にしようと考えるとかありそうじゃないですか?」


 横から意見を出したシンに、ラウムは頷く。


「確かにそれも考えられます。ですが、王都の人間が、同じ人間以外にそういった重要なことを依頼するとは考えられないのですよ。そういった裏の稼業こそ、実は信用が一番大事らしいですからね」


〈確かにそうだろうな〉


 心の中でハークはラウムの言葉に頷いた。

 こういった後ろ暗い仕事の方が、依頼する人間を吟味しなければならないとは前世でも良く聞いた話である。

 考えてみれば当然だ。失敗して捕えられて背後関係を洗われれば一転して依頼した側が窮地に陥る。それならばまだ良い方で、裏切られて暗殺する側に回られたり、それ以外の第三者に漏らされても悲惨なことになりかねない。

 成功したらしたで重大な秘密を握られることになる。それを相手が無事墓まで持って行ってくれる保証などある筈が無い。酔って酒の席でバラした、なんて事例も前世では聞いたことがあった。


「相手と目的が予想できなければ、何時何処でどう襲われるのかも予測することは出来ません。ですからこの依頼の為には出来得るだけご一緒させていただくしかないと思うのです。しかも長期間。場合によっては年単位になるかもしれません」


 この台詞の、ですから、の辺りから後は、明らかにハークに向かってラウムは喋っているように聞こえた。


〈ああ、成る程。虎丸を当てにしているのか〉


 それでハークはすとんと納得してしまった。

 虎丸はその速度能力たるや圧倒的で、五感にも優れている。そして何よりレベルが高い。彼がいれば確かに急に襲われるようなことにはなる筈が無い。それは四六時中虎丸と共に居るハークが一番良く理解していた。


 もっとも、ハークのこの予想は半分当りで半分外れだった。


「皆さんと共に冒険者活動をさせて頂けるならば、お二人のレベルも上がり、更に安全になると私は考えます。どうか、お願いできないでしょうか?」


 そう言って、ラウムは再度頭を下げた。そして今度はそのままだ。

 すぐに居心地が悪くなって、堪えきれなくなったハークが口を開く。


「了解した、ラウム殿。頭を上げてくれ。我々ぱーりぃーの結論を出す前に、とりあえず現時点での儂の考えを述べさせて貰いたい。よろしいか?」


 その言葉にラウムは顔を上げた。彼が頷くと仲間達も頷く。「どうぞ」という意思表示であった。


「儂はこの依頼、受けても良いと思っている。が、少し待ってくれ。儂自身、つい昨日なのだが、決めたことがあってな。そうであってもご依頼いただけるなら受けさせて頂くつもりだ」


「決めたこと……でございますか?」


「うむ。ジョゼフ殿! そしてマーガレット殿!」


 急に名前を呼ばれた二人であったが、それで焦るような人間でもない。


「おう、どうした?」


「何かしら?」


「以前、お二人からお誘いいただいた寄宿学校の件、是非にお受けさせて頂きたい。如何か?」


 宣言したハークの言葉に一瞬全員の反応が止まる。それまでの話題とは全く別の話のようであったからだ。

 再起動したのは話を受けたマーガレットとジョゼフが一番早かった。


「……ええ。もちろん歓迎よ! そうでしょギルド長さん」


「お……おう。勿論OKだ。お前さんが入ってくれれば、他の人間には大いに刺激になるだろう。だが、随分と急だな。一体どうした?」


 以前、マーガレットとジョゼフが世間話がてらハークを寄宿学校に勧誘した際、彼は断りこそしなかったが乗り気のようにも視えなかった。だからこそ不思議に思ったのだろう。


「昨日、ジョゼフ殿と敵の首領との一騎打ちを見たからだ。これぞ強者同士の勝負と感銘を受けた」


「その後死にかけてこんな有様じゃあ締まらねえがな」


「卑怯な横槍だよ。あれさえなければ9割方あの戦いはジョゼフ殿の勝利が決まっていた」


「……ふむ、そう言われると悪い気はしねえな。まあ、結局はお前さん等に助けられたがな」


「気にすることはない。更に言うならば、シアに与えられた的確な魔物の知識だ。あれが無ければインビジブルハウンドとの戦いはあそこまで一方的にはいかなかっただろう。そういったものの知識を、儂も蓄えたい」


「なるほど。納得したぜ。ようし、存分に研鑽を積ませてやるぜ。ハーク、お前さんをギルド寄宿学校に歓迎する」


「頑張りましょうね。ハークちゃん」


「よろしく頼む」


 そこまで言うと、ハークは再びラウムに向き直った。


「そういうワケだ、ラウム殿。儂はこの後、しばらくギルドの寄宿学校に厄介になる。儂自身はまだまだ発展途上の未熟者なのだが、それに加えて寄宿学校で教えを受けている最中は一緒には居られぬこととなる。それでも依頼してくれるのかね?」


 ハークが一度、話の流れを切ってまで確認した理由はここにあった。ハークが寄宿学校に通うことになれば、それ相応の拘束時間が発生することになる。それで金貨1枚を月に貰う程の、護衛として価値がハークにあるのか、ラウムには事前にこれを伝えて判断してもらうべきであると思ったのだ。


 だが、ハークのそんな心配は全くの杞憂に終わった。


「それなら心配ご無用、いや、それこそ正に奇遇と申しますか、嬉しい誤算ですよ。何とテルセウス殿とアルテオ殿も、この春からギルドの寄宿学校に入学するのです! ハーク殿とは同期となるのですよ!」


「なぬ!?」


 今度はハークが驚愕の表情を浮かべる番であった。




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