71 第7話05:元宮廷魔術師




 沈黙を破ったのは今までの会話を黙って聞いていたテルセウスであった。


「先日、街を襲って城壁を破壊したドラゴンも、ラクニ族に操られていたということですか?」


 ハークはその質問に対して首を横に振った。


「虎丸によるとそれはないそうだ。奴等は自分達よりも遥かにレベルの高い強者を操ることは出来ない。また、強い自我を持つ者も不可能らしい。奴等は虎丸も操ろうとしていたらしくてな、結局、虎丸には効果が無かったが、だからこそ斬った。明確な敵対行動というヤツだからな」


「待った! 虎丸ちゃんが操られそうになったって!?」


 大声を上げたのは、ここまで聞き役に徹していたシアだった。


「ああ。出来ればあいつ等とも話ぐらいはしたかったのだがな、そうまでされて黙っているわけにもいかん」


「全くだ! とんでもない奴らだねえ!」


 シアは些か憤慨している。虎丸が操られていたかもしれないという事実に、素直な感情の発露を見せていた。


「まあ、そんなワケで、結果的にラクニ族からは情報を得られていない。ただの儂の推測だ」


「いや、確かにお前さんの言う通りなのかもしれねぇな。ラクニ族が元凶、とは限らねえが、何らかの関係性はあるかも知れん。少し落ち着いたら調べさせてみよう」


 ハークの意見に同意を示したのはジョゼフである。

 心の中の不安を誰かと共有するのは良い事だ。それが頼りがいのある人物ならば尚更である。そういう意味で、ジョゼフは正にうってつけの人物であり、ハークは胸のつかえが少しとれたような気がした。

 とはいえ、今話したのはハークの感じる不安の一部に過ぎない。


〈昨夜のあの襲撃でさえ、ドラゴンとラクニ族達の裏に存在する何者かが糸を引いているかもしれん、と考えるのは流石に荒唐無稽、か〉


 考え過ぎと断じられてもおかしくはないので、あえて口には出さなかった。そもそも先の2件は魔物やこの地に居る筈の無い亜人種が起こしたもの、昨夜の襲撃は人間のものだ。別個に考える方が良い。


「話を元に戻そう。そこで儂が斬ったラクニ族だが、2つ気が付いたことがある。一つはその中の一体が村の開拓地に落ちていた『括り』と全く同じ短剣を所持していたこと。そこから察するにラクニ族の奴らは我らと出会う前にあの場所に陣取るトロールに手を出していた可能性がある。恐らくは操り手駒とするつもりだったのだろう」


「それで見事に返り討ちにされて喰われたか。報告よりも実際のトロールのレベルが高かったのはその為というワケか。世話の焼ける話だ。それで、もう一つは何だ?」


「うむ。戦った時に感じたのだが、その時のラクニ族達は執拗にテルセウス殿とアルテオ殿を狙っておった。どう考えても非効率なほどに、な。これは儂だけでなく虎丸、シア、シンも同じ意見だ」


「むう」


 ジョゼフは渋面を作っているが、驚愕していたり疑っていたり、納得していなかったりといった風情ではない。その事にハークは一つの結論を導く。


「既に聞いていたようだな」


「まあな。お前さんから警告を受けたこともお二人から聞いた。正直、亜人のラクニ族が何故? とは思うが」


「ギルド長。ハークの言っていることは本当さ。ラクニ族に操られてたインビジブルハウンドどもが、前に居るあたしらじゃあなく、後ろにいた二人に注意を向けていたのはその時も感じていたよ」


「俺もです。正直、戦っている時は俺の後ろを取ろうと躍起になっているのかと感じていましたが、今思えば俺をやり過ごしてお二人に襲い掛かろうとしていたのだろうと思います」


 ハークをフォローしたのは現場に居たシア、そしてシンだ。だがその必要は無かった。


「分かってる。現場に居たハーク達の話を信じるぜ。事前にその話の事はテルセウス殿から聞いているしな。そこで、だ。この話についてお前さん等に相談してえって人が来ている。さっきから気になってもいただろう。この街の御領主、先王様御付の元宮廷魔術師、ラウム殿だ」


 ジョゼフが首を回して紹介をすると、それまで物言わず壁際に座っていた男性がすっと立ち上がり近付いてきた。そしてペコリと頭を下げる。


「お初にお目にかかります、冒険者の皆様。私の名はラウムと申します。ジョゼフ殿は先王様御付と仰られましたが、私は単に拾われた身。単なる平民でございます。ラウムの下の名もございません。気軽にお呼び下さい」


 ラウムの自己紹介に続いてハーク達も挨拶を返す。先王御付、と聞いて、シアが最も緊張していた。


「さて、何故私がこの場に同席させて貰っているのか、と、疑問に思われているかと存じます。実は私、先王様からいくつかの雑用……というか調査を仰せつかっておりまして、その一つが先日街を襲いましたドラゴンの調査なのです。具体的に言えば誰がドラゴンを追い返したか、を調査していたワケなのですが、それには漸く一段落つきまして、今日はその用で来たのとは違います。ただ、スラムの方々を避難させる為に時間を稼がれたというハーキュリース様、あなたには一目お会いしたいとは思っておりました」


「ハークで構いませぬ。様というのも抜きでお願いしたい」


「了解致しました。とは言いましても本日はギルド長ジョゼフ様の御見舞にお邪魔させていただいたのですが、そこで旧知の方と再会いたしましてね。テルセウス殿とアルテオ殿です」


 ハークはここでテルセウスとアルテオの名が出てくるのを何となくだが予期していた。

 確認の意味も込めてハークはテルセウスに顔を向けて訊く。


「お知り合いだったのか?」


「ええ。ラウム様には先王様が退位されるまで、王都にて御用商人だった父と共に良くお会いさせて貰ったのです。今は僕も実家を離れてはおりますが……、それまでは父の手伝いをしておりましたから」


 ハークの言葉にテルセウスは頷くとそう答えた。


〈成る程。辻褄は……合うのだろうな〉


 ハークはテルセウス達を疑っている。彼女・・らが女性であるのを知っているからだ。ハークは意識などせずとも骨格を見れば大体それが判ってしまう。

 そして一度疑ってしまえばそう簡単には信じられなくもなる。こちらをたばかっているのがテルセウス達自身の身を守るのに必要なことで悪意からでないのだろうとは予測しているが、中々鵜呑みには出来ない。


「懐かしく思い、お見かけした二人にお声掛けさせていただき、少し近況をお話しいただいたのですが、その際に先程の話、魔物とラクニ族に襲われたという話を聞きましてね。驚きましたよ。しかも狙われているかもしれないというではありませんか。テルセウス殿のお父上には友人として王都では数多くお世話になりました。そんな友人の息子が命を狙われているかもしれないなんて心配で堪りません! そこでハーク殿、シア殿、シン殿。あなた方パーティーにお願いしたい儀がございます! いえ、冒険者として、ご依頼させて頂きたい!」


 ハークの眼にはラウムが演技で語っているようには視えない。虚実はどうしても混ざってそうだったが、テルセウスを心配している事、この一点に関しては真に迫ったモノをハークも感じていた。

 ラウムに名指しで呼ばれた3人は互いに顔を見合わせると頷いた。代表してハークが口を開く。


「そのご依頼とは?」


「どうかお二人をお守りいただきたい! あなた方のパーティーメンバーとして加えていただき、共に戦う形でお二人を守護して欲しいのです!」




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