70 第7話04:御見舞③




「さて、と。そろそろお前らの首尾を聞かせてもらおう。と言っても、テルセウスとアルテオのお二人に、既に粗方は聞いているがな」


「ああ、了解だよ」


 そう言うとシアは『魔法袋マジックバッグ』の中からトロールの魔晶石を取り出す。


「デカいな」


「虎丸ちゃんの『鑑定』によるとレベル33あったよ」


「成長しちまってたのか。よく倒してくれたぜ。シン、村の方はどうだった?」


「見た感じ、既に開墾、整地は完了しておりました。許可さえいただけたら直ぐにでも皆で移り住めるのではないか、と」


 今回、ハーク達がトロールを退治する依頼を受けたのは、そのトロールが居座る場所というのが、国を失い避難民となったシン達スラムの民に、新しく村の土地として与えられる予定の開拓地だったからだ。

 それ故、ハークは、冒険者になったというシンを、どうせなら、と同行に誘い、3人で共に討伐へと向かったのである。


「まあ、逸る気持ちは分からんでもないが、焦らんほうがいい。まだ仮宿も出来ておらんのだろう?」


「ええ。ですが、家が無いというのは、今の状況でも同じですから……。我々で現地で建ててしまえばいいと考えております。早く皆に安定した生活を与えたいのです」


「……そうか。それでも周辺の魔物調査とか、まだ済んでねえことが山積みだ。許可なんぞ出せんぞ。もう少し待つんだ」


 ギルド長の親身な言葉に、シンも頷かざるを得なかった。

 ハークの感覚からすれば村一つ建設にここまでするのは破格の対応と言える。

 ただ、この世界には、下手をすれば1体で小さな村など蹂躙し尽くしてしまえる危険な魔物がそこら中に生息していたりするのだ。前世の熊と同じように考えてはいけない。周辺調査は事前にどうしても必要な措置であった。


「分かりました。ただ、ギルド長、その村予定地の事でお話が……」


「そこから先は、儂が話そう」


 ハークがここで一歩前に歩み出た。ここでハークが話を引き継ぐことは、シンやシアも了承済みの事項であったので、どちらも何も言わない。


「ハークか。何があった?」


 それだけで、何か問題が起きたと勘づくのは、長年ギルド長を務めたジョゼフの経験故であろう。ジョゼフはとこに縛り付けられて尚、ギルド長だった。


「話が早くて助かるな。実はトロールと戦った際に現地で大量の血痕と共にこれを見つけた。シア、出してくれ」


 ハークが指示するとシアが『魔法袋マジックバッグ』の中から一本の短剣を取り出した。ハークの刀とは全くの逆に反りの入った刃を持つ、シアによると『ククリ』と呼ばれる短剣だった。


「見ねえ武器だな……。この辺のモンじゃあねえ。他国からの侵入者か?」


 ハークは、本当に話が早いな、と感心してしまった。


「ああ、恐らくラクニ族だ。とっくにトロールに喰われきった後だったので、儂らもその時点では誰の持ち物なのか判らなかったが、その後会敵することになった。テルセウス殿とアルテオ殿を助けた時だ」


「その話ならお二人からも聞いているが、本当によくやってくれたな。魔物の脅威から同朋を救うのは冒険者の本分だ。詳しく聞かせてくれ」


「ああ。儂らは14体のインビジブルハウンドどもがテルセウス殿とアルテオ殿に襲い掛かっている場面に遭遇した。割って入って事無きを得たが、その魔物はこの辺りには生息例の無い魔物であるらしいな」


「そうだ。俺もインビジブルハウンドとは出会ったことが無い。教材としてよく出てくる要注意モンスターだから倒し方は良く知っているがな」


 インビジブルハウンドはその名の示す通り、透明になる能力を持つ。その身を包む毛皮が光を屈折させ、周囲の色を取り込み擬態する、生来の特殊性を持っているのだ。

 普通の人間ではインビジブルハウンドの正確な位置は視認することが出来ず、対処法を知らなければ一方的に攻撃を受けて殺されかねない、そういった危険性を持つ典型的な魔物なのである。現にテルセウスとアルテオは碌な抵抗も出来ずに追い込まれてしまっていた。

 彼らのレベルは15と17。それに対して襲い掛かっていたインビジブルハウンド達のレベルは17~19だった。レベル的には確かに不利ではあるものの、全く対抗できぬ程の差ではない。


 逆にハーク達は、過去にギルドの寄宿学校でその対処法を学んでいたシアのお蔭で、正しく対応することが出来た。レベル37である虎丸の活躍もやはり大きいものがあったが、14対4を全員が無傷で圧倒できたのはシアがギルドで学んだ知識があってこそだった。

 それを実感していたハークは素直に言葉に表す。


「ああ。シアが対処法を憶えてくれていたお蔭で全員無傷で倒せたよ。巡り巡って言えばギルドの、つまりはあなたのお蔭だ」


 ハークの言葉に少し恥ずかしくなったのか、ジョゼフはぶっきら棒に言う。


「こそばゆいことを言うんじゃねえよ。そりゃシアの手柄だ。まあ、でも、よくシアも憶えていたなぁ。あの勉強嫌いのお前が」


「まあね。……思い出すのには少し時間が掛かったけど」


「それでもいいさ。ちゃんと役に立ったんならな。それで?」


 ジョゼフがハークに続きを促す。


「うむ。インビジブルハウンドを壊滅させ、退散させた後、奴らが姿を現したんだ。3人のラクニ族が」


「ラクニ族か。そいつらもこの辺にはいねえ奴らだ。この地方、この国だけじゃあない、周辺諸国でも住んでいるなんて聞いた事ぁ無え。ラクニ族の生息域はかなり北の方の荒れ地だ」


 ジョゼフが語った内容は、昨日あの場所でラクニ族と会敵した際に、テルセウスが語っていた話と符合する部分があった。


「うむ。テルセウス殿もあの時そう言っていたな。インビジブルハウンドも、ラクニ族も、ここでは見ることない、今までは出会ったことも無い。……同じような台詞をつい最近聞いた気がするな?」


 ジョゼフがぎょろりと眼を剥く。それどころか、マーガレットやシアやシン、テルセウスにアルテオ、壁の近くに置かれた椅子に座ったままの見知らぬ男までもがハークの言葉に強い反応を示した。


「……ドラゴン、か」


 ジョゼフの呟きにも似たその言葉は、皆の気持ちを代表したようなものだった。ハークはコクリと頷いた。


「ハーク。お前ぇまさか、2つの事件は繋がっている……などと言いてぇのか?」


「その可能性もある、と儂は考えている」


 その一言で、室内が一瞬にして沈黙に囚われた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る