69 第7話03:御見舞②




 お客とはシアの事であった。


 ハークの泊まる宿は割と高級なので、街の中心部に近いところにある。ギルドの建物は正に街の中心部だ。ハーク達3人の本日の集合場所はそのギルド建物の予定だったので、道すがら寄ったということだった。

 入れ違いにならなくて良かった、ともハークは思ったが、ギルドに向かう途中で寄ったということであれば余計な手間をかけたという程でもない。態々迎えに来てくれたシアに、ハークは余計な一言を飲み込むことにした。


「ありがとう、シア。態々寄ってくれて」


「なあに、大したことじゃあないよ」


 こうしてみるとシアはやはり魅力的だ。それは無骨な鎧に包まれていても変わらない。僅かに覗く浅黒い健康的な肌は美しく陽光を照り返しており、大柄な体格が一際蠱惑的破壊力を持つ胸部と臀部、そして対照的に細い腰を強調しているかのようだ。

 街で見ると見惚れぬようにするのも一苦労であるのに、戦闘の気配が近づく街の外では全く気にならないのだから不思議なものだ。

 こういった思考の切り替えは前世から得意な方であったが、今世の身体になってからは意識せず行える。これも恩恵と言っていいかもしれない。


 今も少し気になるものを見つけると浮ついた気持ちがすっ飛んだ。一見、いつもと変わらぬシアの美貌の中に、隠しきれぬ疲労の痕を見つけたのだ。


「シア、眠れたか?」


「まあ、一応ね。ハークは?」


「儂は問題無いよ」


 言いながらいつものように横にいる虎丸に念話を送る。


『虎丸、シアを『鑑定』してくれ』


『了解ッス。MPとSPは8割方、といったところッス』


 鑑定結果が早いのは、事前にハークから『鑑定』を依頼されることを予期していたのだろう。


『ありがとう。流石虎丸だ。一応寝た、というのは本当の事らしいな』


『そうッスね』


 とはいえ、ジョゼフの容態が気になって、それ程眠れていないに違いない。

 目の下のクマも無いし、顔色も悪くはないが、今朝別れた時点で半分程度だったMPとSPが8割ほどまでしか回復していないところから考えると、残り2割以下からシアと同程度まで回復しているハークと比べて半分ほどの時間しか休めていない計算になる。


〈まあ、仕方なかろうな〉


 シアはジョゼフの大勢いる弟子の一人のような立場だったらしい。その後も色々と世話を何かと焼いてくれる存在だったようで、口には出さないが父親のように思っていたとしても不思議ではない。

 ハークはジョゼフが医務室に運びこまれる際に、再度確認の鑑定を虎丸に行ってもらい、彼のHPが徐々に回復し始めているのを知っている。医務室長のマーガレット=フォンダも、「もう大丈夫!」と皆の前で太鼓判を押していたのだし、そろそろ目を覚ましているかもしれない。その姿を一目でも見ることが出来れば、シアも安心するであろう。


「よし、それでは行こうか」


 そんなことを考え、ハークはそれ以上余計な事を言わずにシアを促した。




   ◇ ◇ ◇




 結局、ギルド長が目を覚ましたのは時刻が昼に近付く頃であった。


「こんなに寝たのは久しぶりだわい」


 起きて第一声がコレであったらしい。そのまま起き上がろうとしてマーガレット含むギルド職員から半強制的にベッドに寝かされ、それでも抵抗したので仕方なく縛り付けられたとのことだった。

 ギルド長の背中の傷はギルド所属の『治療師リカバリー』達の活躍で、その時点でほぼ完治していたらしいのだが、魔法で傷を治せても失った血液までは戻らない。背中の広い範囲を斬り裂かれたジョゼフは相当量の出血をしていた。

 魔法で新陳代謝を促進するモノがあるらしいが、それを使用してもあと2~3日は安静にしていなければならない。それがギルド医務室長マーガレット=フォンダの出した診断であった。



 ギルドに着いてシンとも合流したハークは些か当てが外れていた。マーガレット=フォンダがギルド長を面会謝絶にしてしまったからだ。


 考えてみれば当然かもしれない。ジョゼフはあれだけ慕われており、弟子も多い。

 そんな彼が漸く目を覚ましたということになれば、彼を慕う者達が集団で押し掛けるのは火を見るより明らかな事態である。

 現にギルドにはジョゼフを心配したらしき人々が集まり、そろそろ昼もまわりそうな頃合だというのにごった返している。善意とはいえば聞こえはいいが、見舞客が引っ切り無しに訪れるようでは患者も休むことが出来ないだろう。血が足りない、ということは休息が何よりの養生となる筈なのだ。


「残念だったね、シアさん」


「うん。……まあ、仕方ないね。報告はまた今度にして、納品だけでも受け付けてもらおうか」


 気落ちしたシアがそう提案した時、救いの手が現れた。テルセウスとアルテオだった。


「こんにちは、皆さん。ギルド長がお会いになられるそうですよ。こちらに」


 その言葉に呆気に取られるハーク達が案内されたのは医務室ではなく、2階の応接室だった。

 促されるままにシアが応接室のドアを開けると、中には大きめのベッドに寝かされたジョゼフとその傍らに付き添うマーガレット、さらにその奥に見知らぬ壮年の男性が椅子に腰かけていた。


「よう。シア」


「おっちゃん!!」


 シアが叫ぶように声を上げてジョゼフの元に駆け寄った。

 ハークは階下にまでシアの声が届いてしまったのではないかと一瞬ヒヤッとしたが、未だ喧騒に包まれる1階までは届かなかったのか、2階にまで上がってこようとする者の気配は無かった。


「良かったよ……! 目を覚ましたんだね……! ホントに心配した……ん? この縄は……一体どうしたんだい?」


 シアの言葉でハークとシンも気が付いた。ギルド長が何故か縄でぐるぐる巻きに寝具に括り付けられているのだ。


「ああ、これか。酷えだろう? 絶対ぇ動くんじゃねえって職員全員で縛り上げやがったんだ。起き上がるんじゃねえ、ってな」


 どうやら大分ジョゼフの容態は好転しているようだ。流石はギルド医務室長マーガレットの手腕と言えよう。

 既に顔色艶も良い。強がりが言えるのは、少なくとも危険な状態から脱した証拠であろう。

 とはいえ簀巻きの如く括られた図は、哀れというより滑稽に見える。


「……ぷっ!!」


 とうとうシアが噴き出して、室内は笑いに包まれた。



 ひとしきり笑い合った後、ジョゼフが表情をきりりと整えた。括られたままでは相変わらず笑いを誘う絵面だったが。


「ハーク。それと、虎丸という名だったらしいな。お前さん等が俺を助けてくれたとマーガレットから聞いたよ。礼を言うぜ。俺が今生きているのはお前らのお蔭だ。ありがとうよ」


 括られたベッドの上なので首を動かせないジョゼフは、顎を引き目をつむる目礼の形をとる。それを見てハークと虎丸は揃って頷くことで返答とした。


「うむ。命があって何よりだよ。ところで儂らと会って大丈夫なのか? 下で聞いたが2~3日は面会謝絶にすると聞いておったぞ?」


「大袈裟過ぎンだよ。すぐ動けるようにならあ。それを寄ってたかってベッドに縛り付けやがって。昨夜の事後処理もそろそろ取り掛からねえといかんというに」


「無理に決まってるでしょう。職員の皆にはベッドを勝手に抜け出したら殴ってでも戻しといて、とお願いしておいたから観念なさい。事後処理なら私に任せて」


 マーガレットがいつも通り朗らかな笑顔で話しに加わる。ただし眼鏡の奥の目が笑っていないので、言い知れぬ迫力を醸し出していた。


「それじゃあ、マーガレット、お前さんが潰れちまうぞ?」


「私の事はご心配なく。あなたが元気になったらキッチリお休みをいただきますから」


 前からハークも感じていたが、この二人の間には相性というか、一種独特な阿吽の呼吸のようなものがある。

 後で知ったのだが、ギルド長と医務室長は双方共に元冒険者で、歳も変わらず、活躍した時期も同じであったらしい。

 同じパーティーに所属していたわけではないが、何度か共闘もしたことのある間柄であった。




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