第7話:Master or Disciple
67 第7話01:シークレット・トーク
古都がまたも未曾有の襲撃を受けた翌日。
朝、今は主のいないギルド長の執務室で、3人の人物が会談を行っていた。いや、密談と言っていいだろう。ギルド長の部屋でなされる会話の多くが秘匿性の高いものであり、この部屋に招かれるということ自体が、それ相応の地位の高さを表してもいたからだ。
とはいえ、主が不在である以上、この部屋を利用するにはその地位に次ぐ者の許可が必要の筈である。ところがその許可すら不要とされる人物が、現在この部屋の中央に向かい合わせで置かれている三人掛けのソファに座っていた。
彼の名はラウム。この街の領主であり先王ゼーラトゥースのお抱え魔術師にして腹心たる男である。
この部屋の主の性格を表すかのように、質素ながら造りのしっかりしたソファに腰掛ける彼とテーブルを挟んで向かい合わせに座るのは、テルセウスとアルテオの2人組であった。
組合2階にあるこの執務室の合鍵を預かるラウムは、今朝早くギルド組合の建物に訪れた二人と話をするため、ここに招いたのであった。
階下では昨夜の大事件の後処理と事実確認の為、多くの人間が集まり今もごった返しの相当な喧騒に包まれていることであろう。
「本当にお久しぶりでございます。お二人と会うのは王都以来数年ぶりとなりますね。大きくなられましたな」
「はい、本当にご無沙汰しております。私が父と共に商談で先王様にお会いさせていただいた以来となりますね」
実はこれは全くの嘘の皮である。3人は数年どころか数日前、テルセウスとアルテオが古都に到着した際に会っている。
こんな偽りの演技をお互いが演じているのは盗聴や監視を警戒してのことであった。ラウムはこの会談に当たり、数名の影を部屋の周りとギルドの建物周辺に配置しているが、万全ではない。
この世界には魔法という厄介な存在がある。盗聴や監視の魔法に長けた術者であれば幾ら人員を配置しようとも掻い潜ることは可能である。それは影を使うラウム自身が良く知っていることだった。
だからこそ彼らは、数年ぶりに会った先王御付の元宮廷魔術師と、王にすら謁見することを許された王室御用達商人の三男
「ギルド長の見舞いに来たら、冒険者の恰好をしたお二人を見かけたものですから、とても驚きましたよ。いつから冒険者に?」
「3日前です。古都に着いたその日に申請をいたしました。私は三男ですので、早めに身を立てようと思った次第です」
それを聞いてラウムは渋面を作ってみせる。
「そうでしたか……。私にとってみれば、あなたこそがお家を継ぐべきと思っておりましたが」
「勿体無いお言葉です。ところでラウム様、私の父は元気でやっておりますでしょうか? もしご存知であればお教え願いたいのですが……」
「さて……、私もこの地に移られました先王様にお連れいただいてからは王都の様子は中々耳に入っては参りません。……しかし、便りが無いのも息災な証拠、とも言いますからな……」
2人のこの会話内容は所謂隠語を使った応酬であった。
まずテルセウスの台詞が、最近の王都の様子はどうなっているか? であり、それに続くラウムの台詞が、最近の様子は全く掴めていない、というものであった。
「そうですか。何か噂でも構いませんから、伝わってきたことがありましたら、お知らせいただければありがたく思います」
「ええ、必ず。ところで王都の話が出ましたので思い出したのですが……、中央から報せ、というより命令書のようなものが届きましてね」
「命令書、ですか?」
「ええ、内容にはこうありました。第二王女アルティナ姫様がお供の方とともに姿をお隠しになったとのことです。現在、行方不明ということで、王太子アレス様は広くこの事実を公表し、情報を集める方針のようです」
それを聞いて、テルセウスが大仰に驚きを表した。対して、隣で話を聞いているアルテオにはまるで反応が無い。商人の子の護衛程度が中央の頂点の一部たる第2王女の動向など聞いても自身に関係などない。そう割り切っていても不思議ではないが。
「アルティナ姫が行方不明? 初耳ですが、それを広く公表ということは、まさか一般公表するということでしょうか?」
「その通りです。中央は、この事実を相当に重く受け止めているようですね。『一般庶民にまで広く通達し、情報を集めるように』とのお達しがありましたから」
テルセウスはその一言を聞いて、先程とは違って
とはいえ、王位継承権を持つ者が一人行方知れずという、ある意味王族の恥を世間に曝すような真似を太子が行うのは、所謂上流階級に属する世界に生きる者としては驚愕に充分すぎる程値するものであろう。
「それは驚きました。では、調査員がこの街に?」
「いえ、そこまでは。アルティナ姫様の母君の御実家やご親友であらせられるリィズ様のワレンシュタイン伯爵領には送られたとのことですが」
「ということは、アルティナ姫はご自分で城を抜け出されたということですか?」
「いえ、それも判明しておりません。何者かに連れ去られた可能性もあるとのことです。勿論ここまでは市井にまで通達することはないでしょうがね」
「そうですか……」
テルセウスはここで少し考え込む素振りをした。それを見てラウムが急に別の話題を振る。
「ところで、お二人は冒険者になられたのですよね?そちらのご首尾はいかがですか?」
ラウムの言葉にテルセウスは、はっと自分が考え込みかけていたことに気付く。彼にとってこの話は、直接の関係が自分にはない単なる井戸端会議的な話題なのだから。
「それが……、中々に上手くいかないものです。先日、武器を購入したのですが、試し斬りをしようと街の外に出たら、モンスターの群れに襲われてしまいまして。……危ないところでした」
「何ですと!?」
今度はラウムが驚愕する番であった。この状況でなければ席を蹴り立ってしまっていたかもしれない。
「大丈夫だったのですか!?」
「ええ。ご覧の通り、私もアルテオも無事です。白い魔獣を連れたエルフ様の冒険者パーティーに救っていただきました」
「白い魔獣を連れたエルフ? もしやそれはハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーと申される方ですか?」
「ええ、その方です。ご存知なのですか? もしやこの街では有名な方?」
「そこまで高名でもありません。高レベルの従魔を連れてはおりますが、本人のレベルはそれ程でもない上に、今まで積極的な冒険者活動をしてはいなかったようですからな。ただ、1週間ほど前のヒュージドラゴン襲来の際に、スラムの住民の避難を助けたりなどのご活躍を成された方であるらしいのです」
「そうなんですか!?」
ラウムの説明に、テルセウスとアルテオは揃って今度は素直な驚愕を見せた。昨夜、共に彼らと行動していたのに、そんな話は初耳であったからだ。
「実は私、先王様から直々にドラゴン襲来事件の詳細調査を命ぜられておりまして……。よろしければそのハーキュリース殿がどのような人物であるのか、教えていただけませんか?」
「ええ。わかりました! 勿論、いいですよ! 実は本日この後、お昼ごろにまたお会いさせていただく予定なのです。その時にラウム様をご紹介いたしましょうか?」
「おお、それは有り難いです。是非にお願いします」
ラウムとテルセウスの密談は、その後ハークの話題を中心に2時間ほど続いた。
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