65 幕間⑥ 斜陽の者達




 古都ソーディアンに東に広がる森の中を、異様な一団が駆け抜けていた。

 襤褸ぼろのようなものを纏った、盗賊か追い剥ぎかのような無頼漢的服装の集団であるから、というだけではない。

 彼らは無言だった。無言のまま、獣も驚くであろう速度でひたすらに走っていたのだ。そして、これだけの距離を移動していても、ただの一度も魔物に遭遇していないことも一種の異様と言えた。


 その集団を走る人影に、その直ぐ後2番手につけていた男が近づく。


「若、……若」


「何ですか? じい」


 若と呼ばれた人影は、ソーディアンの街での戦闘にてギルド長ジョゼフを後ろから襲撃し、彼に重傷を負わせた女であった。


「そろそろ皆を休ませ、休憩させては如何かと。かなりの傷を負った者もおりますれば。……それに、ご相談したいこともございます」


 若と呼ばれた女性は一瞬、訝しげな表情になる。

 隊を分割した際の決定に、今まで自分がかかわることはこれまでなかった。特に今回のようにお頭から直々に指揮権を委譲されたような場合には特に。

 その事実に嫌な予感を覚えながらも、自分よりも数倍の実戦経験を重ねている『じい』をもってして今回の状況には流石に判断を決めかねているのかと思い、自分を納得させた。


「あの精霊獣の索敵範囲を越えたのですね?」


「もう10キロ近く距離を稼いでおります。精霊獣の索敵限界までは存じておりませぬが、流石に充分ではなかろうかと思います。とは言え、ゆっくりとはしていられませんが……」


「そうですか。なら、じいの判断に任せます」


「はっ。お前達、五分の休憩だ」


 そう、じいがさほど強くない声で命じると、彼らの動きがまたも無言で止まる。それもまた異様としか表せない光景であった。


「それで、相談したいこととは、何です?」


「はい……こちらです」


 じいはそう言うと、懐から何本もの縄が連なって縛り付けられた板を取り出した。その内の頂点の一本が、まるで焼け焦げたように千切れているのを見て、女の表情が青ざめる。


「そ、そんな!? ち……父上……!?」


「残念です。お頭は……お父上はお亡くなりになりました…」


 それまで無言で息を整えていたり、傷の応急処置を行っていた者達が一斉にザワつく。

 口々に、「あのお頭が」や「信じられん」、「そんな馬鹿な」などといった台詞が発せられた。

 じい、と呼ばれた男が懐から取り出した板、それは彼ら一族の秘技にして秘法ともいえる『命呪の縄』を縛り付けたものであった。

 彼らは元々、特異な特殊能力を持って生まれた一族であった。

 それは己の生が終わりし時、自分が自らの火と決めた蝋燭の炎を消す能力であった。この縄はその『命の灯』を応用したものである。

 即ち、自分の命が尽きた時、この『命呪の縄』も千切れるのだ。そして、板の一番上に縛り付けられていた縄は、彼女の父、頭領の命を表す縄であった。


「父上が……死ぬなんて……」


「この千切れ方は……恐らくあの魔法・・・・を使用したのでございましょう」


 若と呼ばれた女性は懸命に涙をこらえているようであった。対して、じいは努めて冷静に語り続ける。この二人の温度差の違いは、肉親であるかないか、の違いというよりも、事前に彼の死を覚悟していたかそうでないかの違いであった。

 じい、の方はゲンバが殿しんがりを務めると宣言した時既にこうなること予期し、覚悟していた。対してゲンバの娘である彼女にとっては頭領である父が敗北し、死ぬなどということはある意味想像の埒外であり、信じられぬことであったのだ。

 彼女自身も自分達を追ってきた白き魔獣と頭領とのレベル差は知っていた。だが、例えそうであったとしても、彼女の父であれば逃げるぐらいの事は出来るだろうと考えていた。それは正に覚悟が足りなかったと同義であった。


「お……おのれ……白き魔獣、そしてその主め! 必ず……! 必ずこの仇は取ってくれる。どんな手を使ったとしても……!」


「若……、若! ……いいえ、お頭!!」


 復讐の昏い思考に沈もうとする彼女に向かって、じいは強い口調で止めるべく、彼女をお頭と呼んだ。その言葉が耳に届き、彼女は弾かれたかのように顔を上げ、じいを見た。


「じい。私を……この私をお頭と呼ぶのですか? 女であるこの私を」


「勿論です。女であるなどということは問題ではありません。先代もそう申しておりました」


「先代……。父上がそんなことを……。ですが、あなたを含め、私よりも強い者がいます。経験もあなたの方が遥かに上です。それでも、私でよろしいのですか?」


 じい、と呼ばれた男は一族の重鎮である。彼の言葉はゲンバの次に影響力があった。その彼が次の頭領を彼女に認めたということは、非常に重要な意味を持っていた。


「私ももう歳ですよ。これ以上のレベルアップは見込めんでしょう。若であれば、簡単に私など超えていけます。もしかすれば、先代も……。それにこれは、既に先代とも何度か話し合いを重ねたもしもの時の事、なのです」


 そう言って目の前の男は片膝を着き、左胸に右手を当ててこうべを垂れた。その行動を見て、彼の後ろに控えていた男たちが同様の行動を執る。今ここにいる男たちは一族の戦闘要員で能力の高い者達ばかりだ。彼らが認める、ということは最早決まった様なものであった。


 新しく頭領となった彼女は、一息吐くと覚悟を決めたように口を開いた。


「分かりました。あなた方の総意、受け取りましょう。では、最初の命です。お立ちなさい」


「「「「「はっ!!」」」」」


 新頭領の命令で屈強な男たちが一斉に起立する。


「指し当たって最初の問題は、謁見の儀でしょうね」


「はっ。先代とも話しましたが、我らに非が無いと主張するのは簡単ですが、それだけでは不安な面もあるかと」


「そうでしょうね。早晩、雪辱を命ぜられることになるでしょう。里にそれを成すだけの戦力がありますか?」


 この言葉は確認というよりも、ここにいる全員に意識共通を促すためのものであった。


「残念ながらありませぬ。総出で攻めたとしても今日の倍が関の山でしょう」


 だからこそ、彼も包み隠さず言う他なかった。


「ならば『戦力補充』をします。考え得る全ての手段・・・・・を使って、です」


 だが、この発言で彼の顔色が変わった。


「全ての手段……で、ございますか」


「ええ、二代目が禁じた、あの方法も、です」


 態々の確認にも、新頭領はハッキリと明言した。二代目の禁じた方法、それは正に人を人とも思わぬ、外道の法、まさしく禁じ手だった。世間に知られれば悪逆無道残忍酷薄の徒との誹りを受けること確実であろう。

 男は一瞬、まだ流石にこの娘では時期尚早であったかとも思った。が、賽は投げられてしまったのだ。しかもこの状況に於いて鑑みればそれしか道はないかもしれない。それ程追い込まれた、一族の趨勢に関わりかねない問題なのだ。長い目で見れば、一族の名声を地に落とすかもしれないが、明日が無ければ長い目で見る時間すら得られなくなる。


「そうでなければ、……我々はあの王に切られるかもしれません」


 この言葉がトドメであった。そして、その可能性は決して低くないと男の経験と直感が伝えていた。何しろ他ならぬ彼自身が先代に懸念を示していた問題だ。

 彼女の言葉が現実になった場合、自分達に生きる居場所は無い。

 血塗られし帝国内に。


「わかりました……。全ての補充手段を検討致しましょう。ですが、今は……」


「ええ、今は里に帰るのが先決です。皆さん、休憩は終わりです。出発しましょう」


 新しきお頭の号令の元、異様なる集団がまた走り出す。目的地はこの国の辺境の遥か先、国境すら越えた彼らの本拠地である。



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