64 幕間⑤ 悪女と魔術師の化かし合い
「それで、私に訊きたいこととは、何かしら?」
洒脱な一人掛けソファに座りながら、古都3強の一人、いや、彼女自身は古都1強と確信しているヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクスは内心の不機嫌を隠すことなく目の前の男にそう問い掛けた。
ヴィラデルの目の前に腰掛けた男、それはこの古都ソーディアンの実質的な支配者にして先王ゼーラトゥースのお抱え魔術師でありながら彼の真なる腹心、ラウムであった。
もう時刻はすっかり夜である。
謎の襲撃直前に彼らが入店しようとしていた喫茶店は既に閉店となっており、二人は近くの高級バーに入り、会談を始めていた。
実はラウムはつい先程まで、不覚にもヴィラデルの色香に囚われて思考がピンクに染まっていたのだが、街が襲撃を受けるという緊急事態に悪い夢から醒めたようにすっかり覚醒していた。
もっとも、しっかりと脳みそが今の状態にまで覚醒したのは、目の前の女性が大魔法を3発も街中でぶっ放したことが原因だったが。
「一週間前のドラゴン襲来の件を訊きたいのだが……、まあ、その前に、この街を代表してお礼を申し上げねばならないな。街を襲った何者かを撃退してくれて、どうもありがとう」
そう言ってラウムは座りながらも頭を下げた。それを見ても、ヴィラデルは面倒臭そうに口を開くのみであった。
「別にお礼を言われてもねぇ……。私もこの古都を根城に生きる冒険者よ。侵入者を撃退するのは当然のことだわ」
並べられた言葉は殊勝なものであったが、口調は平坦で立て板に水を絵に書いたようなものである。ただ、機嫌は僅かに上向いたようであった。
因みに何故ヴィラデルがここまで非常に不機嫌であったかと言うと、街中で大魔法を3連発して大立ち回りさせられたことなどに原因があるのではなく、会話相手のラウムに自分の色香が全くと言っていい程急に通じなくなったことに不満を抱いているから、という子供っぽい理屈によるものであった。
「当然か。素晴らしい心がけだな。他にこの古都を根城としている冒険者達にも聞かせたい言葉だ。当然ということであれば、先王様からの報酬も辞退するかね?」
対して、ラウムの言葉も大して熱の籠っていないものであった。
ところがその内容を聞いて、物憂げであったヴィラデルの表情が変わる。急に眼を見開きラウムへと詰め寄った。
「お待ちなさいな! それとこれとは話が別よ。先王様からご褒美を頂ける栄誉、喜んで受けさせて頂きたいと思っているわ」
「ふむ、そうか。褒美は現金と宝石、どちらが良いかね?」
「宝石が良いわね!」
ヴィラデルは即座に答えた。
彼女の答えを聞いて、ラウムは密かに片眉を上げる。
実は、ラウムのこの質問は結構重要なものであった。
現金に比べて宝石はどうしてもかさばるものだ。にも関わらず宝石を選んだということは、ヴィラデルの宝石に対する価値感はそれを超えるモノであるらしい。
例えば、国を出ればモーデル王国の金貨はどうしても使い難いし、価値も変動してしまう。それに比べ、宝石は換金の一手間はどうしても必要だが、どの国、どの地域でも極端に価値が変わるということはない。
それはつまり、真の意味でこの国への帰属意識は無い、ということにもつながる。
「了解した。打診してみよう」
それだけで彼女を危険人物などと特定する事など出来る筈も無いが、美しいだけの女性であると思うことも出来なくなった。
「それしても、あの魔法は凄かったな。あそこまでの威力を持ちながらも街の被害を最小限に抑えたことに関しては、同じ魔法の徒として尊敬を覚えるよ」
そんな内心を悟られることを避けるためにも、ラウムは言葉を続けつつ話題を転換した。
「まあ、最初の爆破魔法で、周辺の窓ガラスを衝撃波で壊してしまったようだけどね」
「それに関する修理費に関しては我々が承ろう。依頼したのは元々こちらだ」
ラウムの言葉にヴィラデルが「頼むわね」といった感じで頷く。それを見てラウムは言葉を続けた。
「それにしても素晴らしい魔法のコントロールだけでなく、魔法の選択も見事なものだったよ。最初を爆破魔法にしたのは彼らの耳を潰す意味もあったのだろう?」
またしてもヴィラデルは無言のまま「まあね」といった風情で頷く。
「その後、大規模な氷魔法で確実なダメージを与え、それを逃れた者達を雷撃魔法で一瞬にして黒焦げにする。堅実かつ着実な大規模魔法の使い方だ。お手本にしたいくらいだよ」
ラウムのこの感想は彼の心情を素直に表したものであったのだが、ヴィラデルは退屈し始めて来たのか、誉めちぎられるのがこそばゆいのか再度の話題変換を求めた。
「そんなことより、侵入者達は本当にあれだけだったのか確認はしたの? 今頃、先王様が襲われていた、なんて間抜けな話は御免よ?」
「ああ、それなら心配ない。確かに別働隊は在ったようだが、現場に居合わせた冒険者と衛兵隊のチームが追い返したらしい。それに、先王様には現在、衛兵長のあの男についてもらっている」
「衛兵長……、古都3強のマルカイッグね」
「そうだ。まあ、周辺調査はまだまだ続けているがね。中間報告では最早街中に潜む武力集団は一人もいないそうだ。もっとも見つかっていない、というだけかもしれん。もう数日は今の警戒態勢を維持するつもりさ」
「襲撃して来たものの正体は判明したの?」
「いや、まだ何とも言えんな。調査中だ」
ヴィラデルはこくりと頷くと、今度は沈黙を守るでもなく口を開いた。
「そう……。なら、この時点で私がやるべきことはもう無いわね。じゃあそろそろ本題に入ったらいいんじゃないかしら?」
「まあ、私にとってはどちらも本題なのだがな。とは言え、君の言う通りか。では次の話題に移らせてもらおうか」
そこで部屋の扉がノックされる。
返事をすれば頼んだ酒とツマミを持ったウェイターが扉を開け部屋に入ってくる。
このバーは完全個室制の高防音室仕様の店なのだ。こういった周りの目や耳にもある程度の注意を払わなければいけない会談にはもってこいの店で、ラウムは良く利用することが多かった。
ウェイターは慣れた手つきでグラスと軽食の乗った皿を並べ、静かに退出していった。
ラウムはグラスを片手取り、一口飲んで喉を湿らすと再び話しを始めた。
「それでは、お言葉に甘えて本題に入らせていただこう。……一週間前のドラゴン襲来の際の話だ。単刀直入に訊く。あのヒュージドラゴンを退散させたのは君だね?」
ラウムはソファから身を起こす形で上半身を少し前に傾けながら訊いた。
「ええ、私よ」
ヴィラデルはラウムの質問に対し、気負いも緊張も感じさせない口調で返答した。まるで当然のことを語っているかのように。
「やはりか。実は我々も以前からそう考えていた。この古都の中でヒュージドラゴンを退散させられるほどの実力を持つ者など限られているからな。だが、一つ疑問がある。何故、何処かに報告しなかった? 冒険者である君は、ギルドを始め、衛兵の詰所、領主の館など、何処でも良かっただろう? 何故今の今まで黙っていたんだ?」
そこでヴィラデルもグラスを取り、ぐいっと呷る。ヴィラデルとしては勿体付けているワケでもないが、喉を湿らすという分には量が多すぎた。
「別に黙っていたワケじゃあないわ。先にドラゴンと戦っていた者がいてね。横からそいつの手柄を横取りするような真似はしたくなかっただけなのよ」
「ほう」
ラウムは更に前傾姿勢となって訊く。
「その人物の名は?」
「ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー。最近街にやって来た、白い魔獣を連れたエルフの少年よ」
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