50 第5話08終:Results
その後、直ぐにパーティーのレベルアップが起こった。
ハークは二度に渡って上昇し、合計でレベル18となった。一度目がインビジブルハウンドを倒した時のもの、2度目が恐らくラクニ族を倒した時の経験値だったのであろう。
シアとシンも仲良く1レベルずつ上がったようだ。シアはレベル25、シンは22である。
シアの喜びようは特に大きかった。レベル25といえば大台である。当然とも言えた。
驚いたことに今回は虎丸のレベルも上昇した。レベル38である。
恐らくトロールを倒した時点でほぼ上がる寸前だったのだろう、というのが虎丸自身の見解であった。
危ないところを助けた二人組の新米冒険者、テルセウスとアルテオからも祝福を受けつつ、一時の歓喜に一行が酔いしれたのも束の間、その後の話題はハークの刀についてのものが殆どとなった。
ハークとしては、「街に戻ってから安全な場所で一度ゆっくり考えろ」と言ったことで一度話は終わったものと考えていたのだが、図らずも、ハークの技術が刀の威力を次々証明してしまった結果、シンの中の熱意を再燃させてしまったのは否めない。
ハークにとってさらに災難だったのは、その熱意が伝染してしまった者がいたことだ。
テルセウスである。
元々、シアの店で作成風景を眺めていた時から興味はあったらしい。
二人して刀が欲しいと言い出し、談義の熱は一向に冷める気配が無い。事あるごとにハークに質問が飛んでくる有様だった。
双方が双方の熱意をミックスアップしている結果である。
ハークのレベルが低い、というのもその談義に拍車を掛けた。ハーク自身はあえて話す意図など無かったのだが、シンもシアも止める間も無くバラしてしまったのである。これは事前に口止めなどしていないのだから、責める様な謂れなどもない、が、ハークにとっては痛恨と言えた。
シンとテルセウスの議論は増々ヒートアップしていく。遂にはアルテオがテルセウスを諌め宥める側に回る結果となった。
刀の談義の前にこの場の戦闘痕をどうにかしよう、というハークの提案も僅かな時間しか効果をもたらさなかった。
3体のラクニ族の遺体は一先ず置いておいて、14体ものインビジブルハウンドの死体は本来なら非常に彼らを悩ます難題の筈であった。
というのも、インビジブルハウンドはこの辺りには全く生息していない未知の魔物だ。従って、透明化する特殊な魔力を宿した毛皮や魔石が非常に高価であろうことは想像に難くないが、骨や筋肉、爪や牙、臓器に至るまで高い価値を有している可能性は大いにある。
ハーク達パーティーにとって一度に持ち帰れる量は決まっている。シアの所有する『
つまりは何を捨てて何を持ち帰るか、その取捨選択をイチから考え直す必要がある、筈である。……本来なら。
流石は大商人の家柄出身である。テルセウスとアルテオのコンビもこちらと同じく『
しかも、シアのものよりも保有可能量が遥かに多い高級品であった。その量はシアの庶民用とは比較にもならぬものであり、14体ものインビジブルハウンドを解体することなくそのまま丸々積載し、その上で、この辺りに在住している筈の無いラクニ族とも遭遇の上戦闘を行ったことを説明する為の一体分、ハークが最後に斬ったラクニの遺体も一緒に収めることが出来る程であった。
残り2体のラクニの遺体は、その場に埋めることになったが、4人と虎丸であれば、シンより少し小さい程度の体格用の墓穴など直ぐに掘れる。瞬く間にその作業は完了し、刀談義が再開されることになったのである。
ハークは内心、辟易していたが、
「まあ、仕方ないと思うよ。あれだけ魅せられちゃあねぇ…」
というシアの言葉と、我が意を得たとばかりにしきりに頷く虎丸を見て観念するしかなかった。
魔力切れの影響によりテルセウスがダウンしなければ、その状況は街に帰り着くまで延々と続いたのではないかと思われた。
『MPが全くの0になってたッス。MPが0になると、回復するまで
ぶっ倒れるように突然眠り始めたテルセウスに皆が驚き、心配した上で虎丸に『鑑定』をさせた結果がコレである。
相当な倦怠感と眠気があったであろうに。大した根性だなぁ、と思ったのはハークだけではない筈である。
今はアルテオの背に負ぶわれて、安らかな寝息を立てていた。
人間種にとっての魔法力は、睡眠によってでしか本格的な回復は望めない。魔力回復への効果を持つ果物もあるようだし、時間経過でも少しは回復するが、両方とも本当に微々たるものでしかないという。寝れる状況であれば寝させてやる。それがこの世界で魔法力を使い尽くした者への常識的な対応であるらしかった。
因みに、14体ものインビジブルハウンドの遺体の所有権は、話し合いの結果、というよりテルセウスとアルテオ2人の申し出により、全てこちらの物ということになった。
それどころか、当初テルセウスとアルテオの2人組は、ハーク達に謝礼を払いたいとすら申し出ていた。流石にそこまでは、と結局全員同意の上、謝礼の件は固辞することにしたが、いの一番に断りの意思を表明したのはシンだった。
ハークとて謝礼に関しては流石に貰い過ぎと断ることにも至極同意であったから、その事自体に対して文句があるワケはない。しかし、シンのお金に対する欲の無さ、執着の無さは、ハークの方が見ていて心配になる程であった。
清廉潔白、無欲恬淡。どちらも良い言葉だが、庶民にとってがめつさとは、時にイザという時の粘り強さにも直結することがある。シンはこの国の隣に位置する帝国に滅ぼされた小国の村の住人であったらしいが、あの金銭への無頓着さにはハークも少し、ほんの少し大丈夫なのだろうか、と思ってしまう。まあ、シアもほんの少し考えた後、割とあっさりシンの意見に同調したのだから、この世界の若者はこんなものなのかもしれなかった。
アルテオは、未だ目覚めぬテルセウスを、随分長いこと背負ったままだ。
彼は自分の事をテルセウスの世話役兼護衛と語った。自分の主だから自分が背負うのは当然、といった風情だったが、そもそもステータス的に見ればシアが担ぐべきである。
この一行の内、人間種で最もレベルの高い彼女の能力値であれば、ハークと変わらぬ背丈の人間を運ぶことなど造作も無い。
重さによる負担を殆ど感じず、つまりはSPの消費も少なく、疲労もほぼ感じないだろう。
アルテオではそうはいかない。既に街への道程を半分程度は進んできている。その間に、シアは数回ほど交代を申し出ていたが、彼は首を縦には振らなかった。
〈まあ、昨日今日会ったばかりの人間に任せるワケにもいかん、という気持ちがあるのもわかるがな〉
それはハーク達を疑っているとか、悪い人間かもと警戒しているから、という問題ではない。会ってそれ程時間が経たぬうちから、完全に他人を信用することなど普通の人間には出来る筈がない、というだけだ。
しかし、徐々に日が傾いて来ている。日が沈めばソーディアンも城壁の門を閉めることだろう。明朝まで街の中に入ることが出来なくなってしまう。
もし、アルテオまで無理をした所為で倒れたりすれば完璧に間に合わなくなるに違いない。それをもあって、ハークは虎丸にアルテオのステータスを『鑑定』させていた。
『ああ、大丈夫みたいッス、ご主人。結構減ってはいるッスけど、まだ半分以上残っているッス。これなら街まで持たないことは無いと思うッス』
その言葉にハークは一先ず安心した。本日も野宿、というのは避けられそうだ。
食材も残り少ないし、素材のこともある。特にせっかくのジャイアントホーンボアの肉を腐らせてしまっては勿体無い。
そんなことを考えていると、ハークは突然自分が強烈な視線に晒されたような、微弱な波を背中から受けたような感覚に囚われた。思わず背後を振り返ってしまう。
一行の先頭は、往きと同じく先導するような形で虎丸、その直ぐ後をハーク、そしてシアにシンと続き、最後尾にテルセウスをその背に負ったアルテオが、という形で森の小道を進んでいた。
振り返れば当然の様に、虎丸以外の3人の顔が眼に飛び込んでくる。彼らの様子に特に変化はない。どうかしたのか? といった表情で見詰め返してくるのみである。もはや先程感じた奇妙な感覚もとっくに雲散霧消し、はて気のせいだったかと首を傾げかけるが、アルテオが片手で本を見開いているのが眼についた。
こんな森の中、人を負ぶさりながら読む本など恐らくは地図だろうとは思ったが、眼が合ったこともあり、何とはなしに聞いてみた。
「それは?」
「メモ書きだ。簡単な地図を確認している」
予想通りの答えが返ってきた。
ヤケにしっかりとした造りの本であった。表紙、背、そして背表紙と、本の外装が木目調、ではなく本物の木材で出来ているようだ。大きさとしてはアルテオの手の平より少し余る程度だ。
それだけなら前世の本とも大した違いはないが、一つだけ奇妙な点があった。表紙と思われる個所の真ん中部分が丸く切り取られたかのように、縦に伸びた楕円型の穴がぽっかりと開いているのだ。
〈珍しい形の本だな〉
とは思ったが、
〈この世界ではごく一般的なモノかもしれん〉
と思い直し、その事に関しては話を広げることなく止めた。
藪をつついて妙な疑いを持たれても困る。そんな事よりもハーク自身がアルテオとテルセウスに聞かなければと思うことがあった。
実は最初からずっと、であったのだが、刀談義が予想以上に盛り上がり、それに応えねばならぬべき立場の自分が急にこの話題を持ち出したとして、露骨な話題転換だと思われかねないかと懸念した上で、一先ず刀談義が収束するまでと控えていたのだ。だが、その談義が収束する前に、テルセウスが話の途中で魔力枯渇の影響により突然倒れてしまい、今も一向に起きる様子を見せない。
本当はテルセウスとアルテオの両名ともに話しておきたかったのだが、ソーディアンまでの距離も、もうそれ程残っているワケでもない。
今ここで話すことに決めた。
「ところでアルテオ殿」
「ん? なんだい?」
アルテオは未だ疲れを感じさせぬ声で応えた。とはいっても、額に玉の汗を浮かべていては台無しだが。
「疲れているところに済まぬな。どうしても街に着く前に話しておきたいのだ。本当はテルセウス殿にも聞いておいて欲しかったのだが仕方あるまい」
「「「?」」」
ハークの勿体つけるような前置きに、アルテオだけでなく、シアとシンの表情も怪訝なものへと変わる。
「先程のインビジブルハウンドとラクニ族の襲撃……、あれは恐らく…ではなく十中八九、お主ら主従を狙ったものであったようだ」
「なに!?」「え!?」「そんな!?」
三者が三様の驚きを示す。突然の過激な事実暴露に彼らは二の句が告げられない中、シアが最初に復帰した。
「それがハークの言う通りだとして、どうしてそのことが判ったんだい?」
その言葉にハークはシア、そしてシンへと視線を送る。どちらも同じような表情をしていることからも考えは同じのようだ。
「シアとシンは気が付かなかったか? 一度逃走したインビジブルハウンドがラクニ族を伴って戻って来た時だ。あの時、儂と虎丸だけが前に出たであろう」
「ああ、その後ハークさんにインビジブルハウンドの相手を頼まれたよな」
シンが頷きながら答えた。
「うむ。だが、おかしいと思わなんだか? 普通、あの状況であればラクニ族といんびじ共はまず総掛りで儂らを排除したと思わんかね?」
「ああ、そうか!」
「うん、確かにそうだね。あのインビジブルハウンドたちは、まずあたしらの方へ向かってきた」
「数的有利をアッサリ捨てたのも解せん。儂と虎丸に対し3人のラクニが残ったのは、数の有利を理解していない愚者の動きではなかった。と、なると、あの時ワシらの後ろにいたシアとシン、或いはアルテオ殿達を、何が何でもいんびじに襲わせたかった、としか思えん。仲間の仇ということで、シアとシンを狙うのであれば、増々儂らを狙わぬ理由が無い。そうなると、儂にはどうしても標的がアルテオ殿達であるとしか思えんのだ」
態々強調するようにハークが言うと、シアもその時の状況を思い出したようであった。
「そういえば……、襲い掛かってきた魔物の注意はあたしらじゃなく、後ろのアルテオさん達に向いていたのかもしれない……!」
シアに続き、シンもその時の状況を頭に思い浮かべて言った。
「そうだよ。俺、あの時インビジブルハウンドをまず一人で倒そうとしたんだ。けど、アイツ、とにかく俺の後ろに回ろうとばかりしやがって、面倒な動きばかりするヤツだと焦って突っ込んじまったら、逆に一撃貰っちまった。けど、そこにテルセウスさんが雷の矢で援護してくれたお蔭で、アルテオさんと一緒に一気にカタをつけられたんだよ。そうか、アイツあの時、俺の裏を取ろうとしていたんじゃあなくて、俺の後ろにいたテルセウスさんたちを狙っていやがったのか」
ハークもその現場を見てはいないが、背中で感じていた。ちなみに、テルセウスはその『雷の矢』の魔法を使ったことで、完全にMPを使い尽くしていたのだ。
「でもさ、一番弱い、っていうか、レベルが低い者を狙ったって可能性は無いかい? 倒せるものから狙っていくような、さ」
「それならば増々『儂』を狙ってくるだろう?」
「あ、そか」
言下に否定されてシアも失念していたことに気が付いた。確かにこの面子で今一番低レベルなのはテルセウスの15なのだが、ハークもレベル16だったのである。ハークの戦績がとてもではないがパーティー内で最低レベルのものとは思えないので、ついついシアも忘れがちになっていたのだ。
シアの言う通り弱い者から、レベルが低い者からであるならば、3人のラクニと2匹のインビジブルハウンドはまずハークから狙って、襲い掛かっていた筈だ。
野生ならば、シアの言うことも一理ある。野生の獣は確かに弱い者、傷を負って弱った者に集中して攻勢をかけるものだ。だが、あの魔犬共に野生らしさなど、今考えれば微塵も感じられなかった。
ここでアルテオがやっと口を開く。
「……しかし、何故だ!? 我らにはあんな亜人族に狙われるような理由など無いぞ!?」
「本当にそうかね? 儂には大商人の三男というだけでも、充分狙われる理由になると思うがね」
「!?」
ハークの指摘に、アルテオはハッとなった。
「将来、自分の脅威にならないように、今の内にテルセウスさんの兄弟達が二人を始末しようと狙わせた。そういうことか?」
シンの言葉にハークが頷いて首肯する。
「たかが金の為に自分の兄弟を殺させるっていうのかい!?」
シアが心底驚いて言った。どうもこういう事情に免疫が無いようだ。
「儂も家の跡目を継ぐだけの為にそんなことをする奴の気持ちなど全く判らん。が、地位や名声、そして報酬の為に簡単に他人と争い合うことが出来るのが人間という生き物だ。良いか悪いかは別にして、な。この程度、珍しくもあるまいよ」
「……そうだな。俺もそういう話なら、実際何度か聞いたことはあるよ」
シンが何か嫌なことでも思い出したように、項垂れて言った。
「待ってくれ!? 我々がこのソーディアンにいるのを知る者なんていない! 家の者達は我々が冒険者を目指したことも、もちろん何処に向かったのかも知らぬ筈なのだ!」
「ふむ、ということはお主ら二人の命を狙って、刺客を送ってきそうな人物の心当たりは有る、ということだな?」
「!? ……たしかに、そうだが……」
理論の逃げ道を塞がれ、再びアルテオが絶句する。
行き先を告げずとも、後を追う方法など幾らでもある。簡単に考えるならば尾行。それ以外で今すぐ考え着くのは匂いを辿って追いかけてきた、ということだ。
先程のインビジブルハウンドは身体のデカい狼型の魔物だった。持ちえた身体能力までは知らないが、狼型であれば嗅覚も優れている可能性もある。案外、あのラクニ族は追っ手兼刺客であったのかもしれない。
『標的が人気の少ないところに移動したところを見計らって襲い掛かる。』……辻褄は合っている。かなり、これ以上は無い程に。
だが、ハークはこの事をアルテオに伝える気は無かった。要は彼らが自分自身で、狙われている可能性があると自覚する必要があると思ったのだ。
それ以上の仮定を話すことは、お節介にもなる。
警告はした。これ以上追い込む必要は無い。
「まあ、身辺には注意を払った方が良い、ということだ。呉々もお気を付け召されよ」
それだけ言って、ハークは向き直ると虎丸と共に歩き出した。
そう。彼ら一行は今まで立ち止まっていた。それだけの衝撃的事実だったのだ。
虎丸とハークに続き、シア達3人も歩き進むのを再開する。
それからしばらくは無言だった。
重苦しい雰囲気の中、誰かが言った。
「やけに南の空が明るいな……?」
日は既に西の空に掛かり始めていた。もうすぐ夕暮れだ。だから向かって右側の空が明るいのは良くわかる。朱の色に染まるのも。しかし正面の南側が理由も無く
南側の空、その下にあるもの。
「街の方角が明るい、のか?」
また誰かが言った。
やがて近付くにつれ、明るさは強くなり、朱は赤く染まっていく。
今度は誰が言ったか判った。シンである。
「街が……、燃えていやがる!!」
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