48 第5話06:魔を操るもの④




 それをハークに最初に伝えたのは虎丸だった。


『ご主人、逃げて行ったインビジブルハウンドが動きを止めたッス』


 無論念話である。


『なに? 何処でだ?』


『ご主人も感知していたヤツラの他・・・・・のところッス。あ! そいつらも伴ってこっちに来るッス! ご主人、こうなるのを分かってたッスか?』


『いや、そんなことは無い。ヤツラの他・・・・・が近くもなく遠くもない場所にいつまでも動き無く留まっているのに嫌な予感がしただけだ』


 根拠は無い、もしくは薄いとしても状況、或いは経験から何がしかの情報を取得する。だからこその『予感』である。


 その予感から発せられた警告に、テルセウスとアルテオを加えた4人が身構える。だが、直ぐに気が抜けたようにシンが言い放った。


「戻って来る、と言ったってあの手負いのインビジブルハウンド2匹だろう? 今度こそ全滅させてやるぜ」


 少年が意気揚揚と語っているが、まずその勘違いを正してやらねばならない。


「油断するな。何かを連れて来てやがる。魔物だか何だかはまだ判らないが何かしらと合流したらしい」


「増援かい!?」


「まだ何とも言えん。虎丸、匂いで何かわからんか?」


『魔物……の匂いには思えないッス。恐らくは人型の亜人……、それも、オイラが出会ったことの無い亜人種ッス。匂いが記憶に無いッス』


 今度の念話はパーティー全体、更にはテルセウスとアルテオにも虎丸が繋いで発信していた。2人はシアの店で一度、虎丸との念話を経験しており取り乱したりもしない。


「虎丸ちゃんでも出会ったことない亜人種……」


 シアがうわ言の様に呟く。ハークほど知っているワケでもないが、この中で断トツに生きた年数が長く、それ故に経験豊富である筈の虎丸が出会った経験が無いという亜人種に対して、シアも若干の不安感を抱いたようであった。


〈この辺りでは生息しておらぬといういんびじ・・・・に加え、虎丸ですら正体のわからぬ亜人らしきものの匂い……か。もしかしたら、何者かの侵攻、あるいは侵略なのではあるまいな……〉



 悪い予感を覚えたところで視界奥の木々の影から先程のインビジブルハウンドが現れ出る。それに続いて3体の人影が目に入った。

 まだ遠い所為でシルエットでしか確認できない。ただ、躰や足に比べて腕部が異様に長く、猿のような印象を受ける。


 血に濡れた魔物2匹に先導される形で近付いてくる3体の亜人種たち。それで漸くハークにも全体像が掴めた。


〈亜……人? 魔物ではないのか?〉


 まず全体を覆う肌が異様だった。まるで鞣した皮を竹に巻きそれに漆を塗った、晩年に江戸で大流行おおはやりだったという新陰流の稽古具『ひきはだ竹刀』を思い出すような肌。薄い頭髪、さかしまに吊り上った両目と口。そして口の中に覗く鋭い牙の乱立。

 更に手の爪はどう見てもヒトのものではない。明らかに獣のそれが鋭く尖っていた。一本一本が小刀並みの長さをもって鈍い光を放っている。


「虎丸、見えているか? あれが何だか判るか?」


『判るッス。ご主人、オイラも実際に見るのは今日が初めてッスけど知識はあるッス。あれは、ラクニ族ッス』


「ラクニ族? 何処かで聞いた覚えがあるな」


 意外にも虎丸はすぐに答えを導き出してくれた。その答えに記憶が僅かに刺激されるハークだったが、それを呼び起こす時間もなく虎丸とは別のところから解答が示された。


「あれが、ラクニ族……。ヒト族に敵対的な亜人族の一種。そして、あらゆる魔物を操り、従属させることの出来る能力を持つ種族です」


「テルセウス殿、会ったことがあるのか?」


「いえ、知識としてあるだけです……。彼らは岩山や荒れ地といった、我が国から遠い地域に住まうものと聞いております。虎丸様でもお会いした経験が無いのも無理はないでしょう」


 ハークの期待は外れたが、先程抱いた悪い予感は増々現実味を帯びてきた。


『随分博識ッスね! けど、あらゆるってのは語弊があるッス。オイラみたいに強い自我を持っているものは操れないし、奴らより高レベルのモンスターも不可能ッス!』


「……それにしても、アレも亜人種なのかよ。モンスターと言われても納得するぜ」


 シンの意見にはハークも賛成だった。どう見ても清潔そうには見えぬ布で股間だけはグルグル巻きにして隠しており、やや体格の良い1体だけがその腰布に短刀の様なものを挟みこむ形で携帯していた。彼らが文化的に見えるところはそこだけである。

 そしてハークはその短刀に見覚えがあった。


「虎丸、シア、シン、あの短刀に見覚えはないか? あの中央の、少し大柄なヤツが腰に佩いているモノだ」


「……どれだよ? あんな距離じゃあまだ俺らの眼じゃ見えやしねえって」


 シンの言う通り、彼らとの距離はまだ遠い。人間の眼には漸くどんな様相をした生物か捉えられる位だ。

 だが、武器に関しては流石シアであった。


「いや、あの形……あの独特な鉤爪のような形状は……もしかして……?」


「うむ、シア、お主が先程『括り』に見た目が近いと言っていた武器と、恐らく同じモノであろう」


 答えを急かすようにハークが先んじて語るが、シアも頷いた。


「何か発音が別の言葉みたいに聞こえたけど……、確かにあの村予定地で落ちていた『ククリ』っぽい武器とソックリだね。……ってことは、アレの持ち主はこいつ等の仲間?」


 その頃にはシンにも腰の武器が視認出来得るほどまで、ラクニ族らしき亜人種達が近づいて来ていた。


「あ、ホントだ。俺も見えた。するってえと何か? アイツ等の仲間がトロールに余計な手ぇ出した所為で逆に喰われちまって、だから結局、ギルドの調査よりもレベルが上がってたって事かい? まあ確かに、凶暴そうなツラしてるな」


 この言葉にはハークも賛成だった。彼らラクニ族は3人が3人共鋭い歯を剥き、こちらを威嚇するかのような表情で依然近寄って来ている。友好を求めてきているようには間違っても思えなかった。


「もしかして……、というか、あくまであたしの推測だけどさ。コイツ等、あのトロールをあの場で操ろうとしたんじゃないか? 捕獲して従属させようとかしてさ」


 成程、とハークは思った。シアの推察は、的を射たものである可能性は充分にある。些か大胆ではあるが。


『虎丸、奴等のレベルは判るか?』


 念話を飛ばすと虎丸は瞬時に応えた。


『中央のヤツがレベル22、それ以外は20ッス。ステータスとかはまだ見えないッス』


『そうか。虎丸よ、シアの仮説をどう思う?』


『有り得るッス。トロールは強力なモンスターッスけど個体数はそれほど多くないので、見つけたら是が非でも配下にしておきたかったのかもしれないッス。頭が弱く自我も低いのでレベルさえ何とかなればきっと操れたッスね』


 恐らくレベルだけが足りなかった、虎丸の予測は、どうやらそういうことらしい。


『ふむ、では次に、あの2人組のレベルはどうだ? 戦えそうか?』


『小さい方はレベル15、大きい方が17ッス。どちらも傷は治っているッスからHPは大丈夫ッス。けど、小さい方はMP切れ寸前ッスね。あと1発魔法が撃てれば良い方ッス!』


 虎丸の答えは淀みない。これらの質問の答えを準備していたかのようだった。


『ならば彼らは戦力として考えん。あの3人組のラクニ族とやらは儂らで対応しよう。襲ってくるようならば、な』


『ご主人はアイツ等と話し合うつもりッスか?』


『さて、どうだろうな。向こうの対応次第だ。ところで確認するが、お主は本当に大丈夫なのだな? 操られたりせんな?』


 その念話を聞いて、ハークには虎丸がほんの少し嬉しげに笑った気がした。


『大丈夫ッス! オイラには効かないッス。例え相手のレベルが上であっても、精霊獣であるオイラを操る術は無いッス!』


『そうか。だが何かされた気配があったら言え。それを開戦の合図とする』


『了解ッス!』


 念話は通常の会話よりも遥かに高速な意思のやり取りが出来る。今の主従間の会話も3、4秒しか経過していなかった。



 手負いの2匹のインビジブルハウンドから先導を受けながら、3体のラクニ族が漸くハーク達の目の前に到達していた。


 ハークはシンとシアを、まるで押さえるような仕草でこの場を動かぬよう手真似で指示し、虎丸と共に一歩前に進み出た。

 そちらが交渉する気があるなら我々が受け持つ、そういった態度を明確にしたつもりだった。


 ハークは相手があくまでも人間(種)であるならば、問答無用で斬るようなつもりは無い。

 結果的に争うしかないと判っても、何故こちらを襲ってくるのかという理由如何や、相手の立場くらいは知っておいておきたかった。


 だが、彼らラクニ族の口から発せられたのは、


「ギィルルオオ、ギィイアア!」


 という吠え声だけだった。


『虎丸、まさかとは思うが、今のは奴らの言語か何かか?』


『いえ、違うッス。今のは単に吠えただけッス。オイラも奴らの言語とかは知らないッスけど、意味ある意思は全く感じ取れなかったッス』


 虎丸のSKILL『念話』は相手の伝えたい意思を受信し、また、相手へと伝えたい意思を送信する能力である。そこに言語の違いは関係無い。だが、相手にこちらへ伝えるべき意思が一切籠められていなければ、『念話』SKILLとて無用の長物と化す。


『仕方がない。こちらから意思を伝えよう。まずは、我らに何の用だ、からいこう』


『待って下さいッス、ご主人! 奴らのインビジブルハウンドがオイラ達の裏に回ろうとしているッス! それに今、中央のヤツからオイラを操ろうとした魔力の波動を感じたッス!』


 下手に出ていたワケでもないが、ハークが一応平和的対応をみせたことは全くの無駄な心遣いであったらしい。


 ハークは内心徒労感が拭えなかったが、それを表に出すようなことは無い。

 この状況では、先程ハーク達が葬った個体も含めて、インビジブルハウンド達は彼らラクニ族の被使役物であることは明らかであった。

 魔物を操る特殊能力を持つという情報、一度は退散したいんびじ共を従え非友好的な態度での接近、そしてその魔犬共をあらかた自分達が狩り尽したという状況を鑑みても穏便に事態が進むとはハークも思っていなかったのである。


 だが、やれやれ、と内心呟かずにはいられなかったが。


「シア! シン! 2体のいんびじ共を頼めるな!?」


 ハークのこの言葉は質問ではなく確認だった。


「モチロンさ!」


「任せろ!」


 その言葉にシアとシンは気勢の如き頼もしい応答を上げる。


「よし! ラクニ族とやらは儂らが相手をする! 虎丸、やるぞ!」


「ガウッ!」


 そして先刻の打ち合わせ通り、ハークと虎丸は己のすべきことを開始した。


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