47 第5話05:魔を操るもの③




 すぐ横で、ばたりと魔物が地に伏した音を聞き、既に死に体であったインビジブルハウンドが鉄槌8撃目を受け、シアにトドメを刺されたことをハークは悟った。


 魔物達にとっては正しく悪夢に囚われているかのようであったろう。数で言えば当初は3倍以上の戦力差があったにも拘らず、短時間でいとも容易く逆転されているのだから。

 しかも、かろうじて生き残った3匹も無事なものはいなかった。

 3匹中2匹は虎丸の爪に掛かり半身を自らの血で朱に染め、そして1匹はハークの初撃、奥義・『大日輪』にまき込まれて既に虫の息であった。


 事ここに至り、彼らには逃走するという選択肢以外持ちえなかったと言っても過言ではない状況だった。

 だからこそ瀕死の1匹を見捨てても脱兎の如き敗走を選択するのは正しい行動であった。


「待ちやがれ!」「ガウッ!」


「待て。追わんで良い」


 その背を追おうと飛び出しかけたシンと虎丸をハークが止める。

 シンは一瞬抵抗の意を見せたが、自身の何倍もの実力者である虎丸が当然の如く唯々諾々と従う様子を見て抗弁することも無く留まった。


「まずは襲われていた者達の安全を確保しよう」


 この一言でシンも、今回、自分達は魔物退治もしくは討伐の為に戦闘を行ったワケではなく、モンスターに襲われていた冒険者風の人物2人を助けに入ったのだと思い出し、肯いた。

 しかし、ハークの視線は森の奥に消えていく2匹のインビジブルハウンドの背を追い駆けるでもなく、シアに向けられていた。

 他の者達と同じく掠り傷すらも負ってはいない彼女ではあるが、何故か表情には出さない程度での憔悴がハークには見て取れた。

 不思議に思う彼の視線にも気付かず、シンが問いかける。


「じゃあ、俺がトドメ刺しちまっていいかな?」


 彼が申し出ているものは、戦闘が始まってすぐに戦闘不能にさせられたインビジブルハウンドに対することである。

 当然の如くハークは首是する。


「ああ、頼む」


「あいよ。あのさ、今回は突いても良いよな?」


 シンのこの言葉はハークの先刻の注意に対する確認の様なものであった。聞き様によっては嫌味とも感じ取れる会話の中身であったが、ハークは苦笑のような表情を浮かべるのみで返答とした。


 言葉通りシンの片手剣が、肩を割られて息も絶え絶えで最早動くことも叶わぬ哀れなインビジブルハウンドの脳天に、まるで墓標のように突き刺さった。


 それを見て、漸く戦闘の終了を確信したシアが「ふうっ」と息を吐いて全身の緊張を解いた。


『虎丸、シアのえむぴい・・・・、とやらは現在どうなっておる?』


 ハークがこう念話で虎丸に問いただしたのは、シアがたったあれだけの戦闘で疲れを見せているのを訝しんだからである。

 今回の戦闘でシアが振るった鎚撃は10に満たない。勿論昨日からの連戦での疲れもあるだろうかとも思えるが、それでも今の彼女の消耗度は急過ぎる。それにシアとは現在ハークが背に負う大太刀作成の際に一晩中金槌を打ちつけ合った仲である。この程度で音を上げる性質でも、そもそもそのようなことになる程ヤワな体力の持ち主である筈が無いと確信していたし、シアの症状にハーク自身覚えがあった。魔力値が枯渇状態になった時とそっくりなのである。


『シア殿のMP値ッスか? えっと、…ああ、半分以下まで減ってるッスね』


『半分以下? シアは『剛撃』と『連撃』のスキルを使用したようだがそんなに疲弊するものなのか?』


『『剛撃』と『連撃』ッスか? どちらも1回ならMP消費量は僅かの筈ッス。けど、『連撃』は1回1回の発動で魔力を使用していくッスから、連続で使用すれば使用するだけ消費は増えていくッス』


『1回1回毎にか。つまりは8回攻撃すれば消費魔力も8倍という事だな』


 それを聞いて、先程まで『連撃』SKILLに抱いていた興味がハークの中で急速に薄れていく。

 魔力の残量は集中力の残量と同義だ。何度も魔力枯渇状態に陥ったハークならばわかる。魔力が減れば減る程注意力は散漫になり、判断力も鈍る。実戦の場でそれらは非常に大切な要素だ。それらを失うのは命をも失う致命的な要因に成りかねない。


〈あのような魔力の使い方は参考になると思ったのだがな。そのまま・・・・では使えんか〉


 改善の余地あり。これがハークの評価であった。


『シア殿は特別、最大MP値が低いッスからね。ご主人は勿論、シン殿よりも低いッス。とはいえご主人が使ったとしても半分近くまで消費するッスから、効率は良くないッスね』


 虎丸も同じような評価であるようだ。


『やはりそうか。ところで虎丸よ、逃げた2匹のいんびじ共が何処に向かうか知りたい。お主の嗅覚で追尾出来るところまでで構わん。探知を頼む』


『了解ッス。何なら気付かれないように追い駆けるッスか?』


『そこまでは必要ない。あの2匹が単に逃げるだけであるならば行かせてやれば良い。ただ、何かしらそれ以外の動きを取るようなことがあれば知らせてくれ』


『ご主人は、あいつらが逆襲してくると思ってるッスか?』


『野生ならばあり得んだろうがな。まあ、そんなところだ』



 一方で、絶賛念話会話中の主従には気付かず、シアは樹木が折り重なるように生えることで形成された檻(本当は防御柵)に近付き、腰を屈めるようにして顔を近付け、中の二人を覗き込んだ。


「やあ、お客人。2人共無事かい?」


 そう言って、にこりと笑い掛ける。

 二人組の内、やや長身の方はしっかりした様子である。だが、小柄な方は怯えているのか顔色が悪い。


「あんたは……。あの時の鍛冶職人か? 助かったよ、礼を言う」


「ありがとうございます。……しかし、その恰好は? 冒険者に転職なされたのですか?」


「ああ、兼業なんだよ。乏しい売り上げを冒険者活動でやりくりしているのさ。あたしはスウェシアってんだ。長ったらしいからシアでいいよ。よろしくね」


 名乗りを上げたシアに対し、二人組も応える。


「私の名はアルテオ。テルセウス様の従者をしている。こちらが我が主テルセウス様だ」


「テルセウスです。よろしくお願いします」


 やや長身の方が名乗りつつ隣の青い顔をした人物を紹介し、その小柄な人物も長身の後に続き名乗り上げると頭を下げた。その頃にはハークと虎丸、そしてシンも会話に参加できるほどに近寄ってきていた。


「アルテオさんにテルセウスさんか。こちらこそ、だよ。んでこっちがシン。真っ白な魔獣が虎丸ちゃん。その虎丸ちゃんの主でエルフなのが、……ええっと」


 気を利かせてシアが仲間たちを紹介していく。名を呼ばれる毎にシンが、虎丸が片手を上げて応えるが、ハークを紹介するところで詰まってしまう。ハークのフルネームが長い為、憶え切れていないのであろう。


「ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーだ。儂も兎に角長ったらしいからな。ハークと呼んでくれて結構だ」


 即座にハークが台詞を引き継いだ。


「やはりあの時のエルフの方か」


「白い精霊獣のお姿が見えたのでいらっしゃるとは思いましたが、やはりお仲間だったのですね」


「まあな、冒険者仲間となったのは昨日からだがね。さて、こちらも話さねばならぬこともあるし、そちらも聞きたいことがあろう。そのためにはまず、この生きた樹で出来た檻だか柵だがを排除する必要があると思う。これはそちらの、テルセウス殿だったかな? 君が魔法で創り出したもので合っているか?」


 ハークの質問に、問われたテルセウスはこくこくと頷きながら答える。


「ええ、そうです。流石はエルフですね。この土魔法をご存知でしたか」


 本当は直前に虎丸から教わった知識であるが、ハークはあえて訂正することなく話を進めた。


「ならば、この樹木を枯らすことも出来るのではないかな?」


「それが……残念ながら今のわ……僕には出来ません。魔力が枯渇してしまって……」


 テルセウスの答えは、ハークの半ば予想通りであった。


「そうか。では儂が破ろう。出来るだけ下がっていてくれ」


 得物で考えれば打撃武器であるシアの大槌の方が打ち壊しには向いてはいるのだろうが、若干とはいえ疲れを見せている彼女にやらせるつもりはなかった。

 テルセウスとアルテオの二人が身を寄せ合ってハーク達とは反対の隅へと移動すると、ハークは背の大太刀ではなく腰の剛刀の柄に手を掛けた。

 そのまま抜き打ち、さらに一閃、二閃と刀を振るうと、切断された木々が地面へと落下して人1人分が通り抜けられる出口が出現した。


 一瞬で破られたことでテルセウスとアルテオは多少驚きを隠せなかったようだが、テルセウス、アルテオの順に木の囲いを脱出した。


「……本当に、先程の戦闘でも拝見させて貰いましたが、凄まじい斬れ味なんですね。改めて、助けていただき有難うございます、シア様、シン様、虎丸様、そしてハーク様」


「我が主の命を救ってくれて感謝に堪えない。勿論私のこともではあるが、とにかく助かった。礼を言わせていただく」


「よしとくれよ、そこまで大したことはしちゃあいないさ。それに閑古鳥なウチの店に初めての上客かも知れないような方たちをみすみす見逃す手は無いしね」


「そうだぜ、そこまで感謝されるほどのことじゃあないぜ。とりあえず様付けはやめてくれよ」


 深々とお辞儀をしながら感謝の意を示す二人に、シアは偽悪的なセリフを吐いて誤魔化し、シンは照れて、ハークは苦笑を見せた。


「ところでアンタら、何でこんなところに? その恰好から見るに冒険者のようだが」


 シアのこの質問に二人は顔を見合わせると、テルセウスから口を開いた。


「ええ。実は先日やっと冒険者として認められまして、僕らは漸く街の外に出る許可を貰えたんです。それでこの間、シア様のお店でご購入させて頂いた武器を試し振りに来ていたら……」


「突然奴らに襲われた、という訳さ。姿の見えぬ敵にイキナリだからな。攻撃されるまで気づかなかった…」


 そう言ってアルテオは自らの両足を見下ろす。そこは真新しい服が裂かれ破かれ膝や太腿、くるぶし等が血で染まっていた。骨が見える程ではないが浅くはない怪我のようである。この血の匂いに虎丸が反応したのだろう。

 テルセウスも大同小異の惨状だ。二人共最早出血は止まっているのか、血も乾きかけている。相当長い時間防戦を強いられたのかもしれない。


〈それにしても、まず足を攻撃して逃げられなくするとは……。随分と組織だった攻撃をするものだな〉


 対象を動けなくして包囲の後、殲滅、というのは暗殺集団が万が一にも取り逃したりせぬように万全を期す際によく使う手順である。人数差にもよるが2段階目の包囲まで押し込まれた場合、やられた方が取り得る手段は玉砕覚悟の突撃含めそう多くは無い。前世でも何度かハマりかけ、そこから抜けるのには苦労したものだ。奴らいんびじ共にそこまでの知恵があったとも思えないが、本能、又は経験によるものであろうか。


「結構ヒドイ傷みたいだね。回復薬は持っているかい?」


「ああ、モチロンさ。この中にある」


 シアの質問にそう答えたアルテオが懐から小奇麗な袋を取り出し、その中から2本の陶器で出来た瓶を取り出す。明らかに容積比がおかしい。どうやら『魔法袋マジックバッグ』のようだ。それも新品の。

 取り出した瓶の蓋を開けるとテルセウスの脚に服の上から振り掛け、そのまま彼に渡した。テルセウスが受け取った瓶をぐいっと呷る様に一気飲みすると、服の裂け目から覗く傷がみるみる塞がっていった。アルテオ自身も傷の箇所へともう片方の瓶の中身を振りかけ飲み乾す。彼の傷もテルセウス同様にすぐに完治したようだ。


「おお、すげえ。もう治っちまうとは、高級回復薬か。いいなあ」


 シンがその様子を見て心底羨ましそうに言う。

 確かに早い。自分の『回復ヒール』よりも何倍も早い回復力だとハークは思った。


 回復薬は冒険者にとっては必需品であり、ごくありふれた物でもあるが値段はピンキリだ。そして性能もその値段に見合ったものが多い。高名な調合師が超高価な素材を惜しみなくつぎ込み作成した最上級回復薬ともなると致命傷を受けた状態からでも瞬時に回復することが出来るが、国のトップに近い貴族や、大富豪、上から5本以内の指に入る冒険者ぐらいでないと手に出来る金額ではないらしい。

 今見た回復薬は、それ程までのモノではないのであろうが、少なくとも庶民がお目にかかることも無いような高級品であるのは確実であった。


「ホントだねえ。どこかのお貴族様みたいだ」


 シアのこの台詞は意図したものではなかったにせよ2人組に渋面を作らせるには充分な一言だった。

 テルセウスとアルテオは一度顔を見合わせると、アルテオが口を開いた。


「実はテルセウス様はさる王都の大商人家のお生まれなのだ」


「どの商人家かはご勘弁ください。僕は三男坊なので家を継ぐような立場ではないのですよ」


「普通は長男が継ぐから、かい?」


 アルテオを引き継いだテルセウスの言葉に、シンがそう訊いた。


 シンの言う通り通常家と言うものは長男が継ぐ、二男はその補佐、或いは長男に何かあった場合の予備となる。

 だが三男以下は予備の予備、そして補佐の補佐だ。

 余裕があれば置いて貰えるが、そうでなければ家を出なければならない。それは商家だろうが農家だろうが貴族家だろうが変わらなかった。


「ああ、そうだ。まあ、その代わり、結構な援助を頂いたがな」


「どうせ家を出るなら早い方が良いと、冒険者になる為にこの都市に来たんです。ここはギルドの寄宿学校がありますから。アルテオは元々昔から僕の世話役兼護衛だったのですが、態々一緒に家を出てついて来てくれたんです」


 興味津々の態で聞き入るシアとシンに対し、この何処かで聞いたような主従話をハークは正直あまり聞いていなかった。耳には入っていても、意識には残っていない。

 自分にはあまり関係のある話ではないことであると興味が薄かったという事もあるが、実際のところ、他のことに大きく注意を引かれていたのである。


「4 人共そこまでだ。ヤツラ・・・が戻って来たぞ」




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