45 第5話03:魔を操るもの




「いんびじ……、何だそれは?」


 恐らくはモンスターの名前であるということは想像に難くないが、それ以外は全く判らない。声量に気を配りつつ、ハークは続きを促した。


『インビジブルハウンドは不可視の魔物って呼ばれているッス。オイラも戦ったことは無いッスけど、知識だけは持っているッス。ヤツラは光を屈折だか、周囲の色を取り込むだかの魔法力を常に纏っていて、その姿形を他者から完全に隠す能力を持ってるッス』


「儂の目がおかしくなったワケではないということか」


 虎丸の説明は生憎とハークに全てを理解させてはくれなかったが、それでも今起こっている現象が幻覚の類ではないということ(正しくは幻術の類)と、己の不調が招いた現象でもない、という事だけは判った。


「そんなのいるのかよ……」


「あれが、インビジブルハウンド……」


「知っているのか、シア?」


 どちらもハークと同じように驚いてはいたが、シアの知っていそうな口ぶりにハークとしても尋ねずにはいられなかった。


「うん。ギルドの寄宿学校でね。相当危険度の高い厄介な魔物だって教わったよ。何らかの手段で姿や居場所を確定できないのなら、必ず逃げなさい、ともね」


 シンが横でごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。膨れ上がった気勢を完全に挫かれた形だ。

 一方、ハークはシアの話に感心していた。

 彼にとって、ギルドの寄宿学校への興味がまた一つランクアップした。


「それで? 何らかの手段、とは?」


 ハークのその言葉にシアはまるで試験に挑む最中に難問にぶつかった生徒の如く考え込み始めた。必死に記憶を呼び起こしているのである。


「んんん~~~、と。ちょっと待ってね。ええーと何だったかなぁ……。そっ……! ング……」


 こめかみをぐりぐりしながら必死に知識を呼び起こそうとしていた彼女は、ようやく思い出したまでは良かったがその所為で危うく大声を出しかけて隣のハークに「そうだ!」と言おうとした口を瞬時に塞がれる破目になった。

 目で「ゴメン」と謝ったシアを見て少年が強引な口封じから解放すると、一息ついて音量に配慮しつつ説明を始めた。


「確か、インビジブルハウンドと遭遇したら水辺に誘い込めというのが鉄則だった筈だよ。あと、当てずっぽうでもいいから兎に角傷をつけて血を流させること。不可視である透明化効果は表面の毛皮にしかないから血液で居場所が特定することができる」


 それを聞いてハークは口笛を吹きたい気持ちだった。

 水辺に誘い込む事、何とか血を流させること。この二つの事だけでもインビジブルハウンドなるモンスターに何が有効で何が有効でないのかが判るというものだ。

 ハークの中でギルド寄宿学校の評価が鰻上りとなっていく。本気で「寄宿学校に入ってみないか」というギルド長ジョゼフの提案に乗るかどうかも心の中で検討し始めたが、今はそれよりも決めねばならぬことがある。


『虎丸よ。その、いんびじぶるはうんど、とやらは全部で14匹、で合っているよな』


 疑問ではなく確認とも言えるような念話の発信に虎丸は眼を剥いたようだった。


『その通りッス! オイラは匂いや気配で正確な数が判るッスけど、ご主人はどうして判るッスか!?』


 それなりに驚いているようで念話内の音量がデカい。声に出しているのではないので問題は無いが。


『音と、お主と同じように気配と匂いで、が主だな。あと空気の流れでも、だ。大体だが正確な位置も掴めてきた。あの冒険者の正面に4匹固まって居るな』


『吃驚ッス、ご主人』


『そうでなければ真後ろのものまで正確に斬れはしないさ。何だ? もしかして儂が勘一つで感知して刀を振っていると思っていたのか?』


 ハークの言葉は昨日の朝稽古も含め虎丸に付き合ってもらっている剣の鍛錬のことを指している。ランダムに薪や鉄屑、瓦礫や岩などをハーク目掛けて投げさせるのだが、真後ろである背中側に飛んだとしても刃が届くならば彼は容易く飛来物を両断していた。にも拘らず虎丸は、ハークが8割方冗談で語った台詞が図星であるかのように気まず悪げに目を逸らしたのであった。


〈どうも深く考えぬ性質であるのかもしれんな〉


 そんなことを思いながらも話を進める。


『まあいい。ヤツラの他・・・・・にも少し離れたところに何かの気配はするが、敵だと決まったワケでもないしな。それで、あのいんびじ何ちゃらとやらのレベルはどのくらいだ?』


『低いので17、最も高いヤツで19ッス。ご主人やシア殿なら勿論、居場所さえ掴めればシン殿でさえ難無く倒せると思うッス』


『ほう? レベル自体はそれ程離れておらぬのにか?』


 ハークの疑問も当然である。シンのレベルは現在21。レベル17の個体ならば兎も角、19の個体が相手となればその差は僅か2しかない。

 数日前、虎丸とそしてハークの文字通り知恵袋たるエルザルドが教えてくれたが、レベルが5も離れると普通であれば勝てる見込みはほぼ無くなるらしい。余程SKILLを積み上げ、更には相性で勝り、時と運が味方してくれることで始めて逆転可能となる。

 だからこそ、レベルとステータスの概念に於いて『有り得ない』と言えるハークの刀を使用した剣撃近接戦闘能力は異常だ、という結論になるワケなのだが、レベル差が2~3程度であればSKILLや相性差によって、通常でも挽回可能であり、時と運が絡めばさらに勝敗の帰趨は不明となるという。


『そうなんッスけどね、ヤツラのステータス値まで見たところ、ヤツラ基本戦闘能力がとても低いッス。きっと、不可視化っていう便利すぎる能力を獲得したせいで能力値が著しく偏ったのだと思うッス。ステータス的にはレベル3から4低く見積もっても問題無いッス!』


『要は眼に見えぬという異能をどう攻略するか、というところか。しかしあの木でできた檻は何だ? あれもいんびじ・・・・の能力なのか?』


『? ああ、あれは違うッス。インビジブルハウンドの能力ではないッスよ。アレは魔法ッス。あの二人組の人間の方が使ったと思うッス。ステータスから察するに小さい方の、盾を持った人間が使ったと思うッス。オイラは魔法には詳しくは無いッスけど、あの魔法は良く知ってるッス。ご主人の故郷でよくウッドエルフ族が使ってた魔法ッス』


『どんな魔法なのだ?』


『土系統の中級魔法で植物をある程度意のままに急速成長させたり、操作したり、枯らしたりする魔法ッス。あの人間たちは敵が見えないので自分たちの周りを覆う様に展開させて、防御しているんだと思うッス』


『成程な。一見檻に見えたあの樹木は、実は防壁柵であったのか』


『でも急速に、しかも密度濃く張った所為で魔法力が尽きかけているッスね。早く介入した方が良いと……んん?』


 そこまで言いかけて虎丸が改めて鼻をひくつかせる仕草をした。


『どうした、虎丸?』


 何か急を要する状況の変化でも起こったのかとハークは尋ねたが、虎丸から返ってきた返答は全く予想外のものだった。


『ご主人、今気付いたッスけど、オイラあの人間たちの匂いに覚えがあるッス』


『何? 儂も知っている者か?』


『多分ここ数日に会っているッス。ご主人は見憶えないッスか?』


 そう言われてハークは増々目を凝らして冒険者風の二人組を観察する。

 とはいえハークは古都ソーディアンどころかこの世界自体に知り合いなぞまだまだ数える程しかいない。冒険者と言えばギルドだが、ギルドですれ違った程度ならいちいち憶えている筈も無い。そもそもあんな小奇麗な男物の冒険者服に身を包みながら、まだまだこの世界では大人に成りきれていない体躯の中性的で些か華奢な男性冒険者などギルドの建物内で見た記憶は無……。


 そこまで考えを巡らせて彼はある記憶を思い起こし、隣のシアにぐるりと振り向いた。

 真正面から目があったシアは瞳で「何?」と問う。


「シア、あの冒険者二人に見覚えはないか? 具体的に言うならば、お主の客として」


 ハークのその言葉で改めてまじまじと木の檻に囚われた格好の二人組に目を凝らした。


「え、ええーーっと、あれは……、あ…ああ、あ~~~~~!」


 言われてシアも漸く気が付いた。彼らはハークと共にシアが初めて刀、即ち『斬魔刀』を創り上げたあの日、客として訪れて刀の作成風景を見学し、幾つかの品を購入して更にはシアに激励めいたことまでしてくれた言わば上客であった。

 遠目で今まで気付かなかったが、彼らがそれぞれ手に持つ剛直剣と片手剣はシアが鍛えたもので、あの日彼らが購入していってくれたものであった。

 いくらなんでも自分の作品に今の今まで気が付かなかったのか、という想いもあり、今度の大声は抑えることが出来なかったし、ハークにも間に合わなかった。間に合わせようとも思わなかったかもしれないが。


 当然の如く、眼下に居たインビジブルハウンドたちは残らずハーク達一行の存在に気が付いた。

 ハーク達は小高い丘のようになった場所から見下ろすように状況を眺めていたが、彼の感覚はハウンドたちが新たに表れた邪魔者を排除し、その肉を味わおうと一匹残らず丘を駆け上ってくるのを感知していた。


「あ、コレ来てるよな!? 来てるよな!?」


「ゴ……ゴメンっ!」


 シンとシアはハークと虎丸のようにハウンドたちを視覚以外で知覚するような能力は無い。が、14匹が一斉に丘を駆け上ろうとする地響きは、流石に自分たちが標的となったことを自覚しない訳にはいかなかった。

 狼狽するシンの一言で、事態を把握したシアは全員に頭を下げようとするもそれをハークが押し留めた。


「問題無いさ。どうせ介入する以外無い状況であったし、あの時の二人組ならば助太刀に対して変な因縁を付けてくることも無いだろう」


「いや、それはそうかもだけどっ、インビジブルハウンドをどうすんだよ!? 俺、全く敵の位置が解らねえぜ!?」


「落ち着け。儂と虎丸で見得るようにしてやる・・・・・・・・・・。それに虎丸が鑑定してくれたが奴等のレベル自体は大したことないぞ」


「そ、そうなのか!?」


 取り乱し気味であったシンもハークの言葉で幾分平静を取り戻す。特に最後の台詞が効いた。この世界の常識ではレベルとステータスはやはり絶対なのだ。


「ハーク! どうするの!?」


 確実に近付いてきている地響きに負けぬようシアがハークに向かって吠えるように作戦を訪ねた。


「まず儂と虎丸が先陣を切る! 見えた敵からシンと共に各個撃破してくれ!」


「了解!」「おうよ!」


「よおし! いくぞお虎丸ぅ!!」


「ガウアアーー!!」


 一人と一匹の主従は、姿は見えずとも眼下に迫り来ている魔物たちに向かい、風を巻いて突撃を開始した。


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