44 第5話02:接敵
時は数時間前に巻き戻る。
モーデル王国旧王都、古都ソーディアンから北に40キロメートルの位置に形成されつつある新たな村落予定地で、虎丸が人を襲うモンスターの気配を捕捉したところである。
「襲われている? 数キロ先の戦闘が判るのか?」
ハークの質問に虎丸は自信を持って頷いた。
『複数の魔物の匂い、それよりずっと少ない人間の匂い、それに混じって僅かッスけどヒトの血の匂いを感じるッス!』
成程、それは確かに襲われているに違いない。十中八九どころか九以上はカタい。
そう確信し、ハークは先程虎丸が前足で指し示した方角に視線を向ける。
「虎丸、そのもんすたーに襲われているという人々の元までどのくらいだ?」
『少し急げば人の脚で15分位だと思うッス!』
「ふむ、近いな。街の方向からも僅かにずれているのみ、か」
ハークはしばし顎に手を当てて考えるが、くるりと振り返ってシアとシンに向かって尋ねた。
「行ってみるか?」
それは形式上の疑問形であったが判断を保留にした質問ではなく、確認の様なものだった。
「いいね。帰り道の途中みたいなモンだし」
「俺も賛成だよ。昨日今日と2戦したけど無傷だし、疲れてもないしね!」
シアが応えてシンがそれに威勢良く続く。
連続でレベルアップしてヤル気に逸る彼を、ほんの少し嗜めるようにハークは語る。
「先に言っておくが二人とも。現場に到着しても直ぐには飛び込まないでくれよ。」
「? なんでだ?」
続く連戦の予感に闘志を高ぶらせていた最中であったシンは、その勢いを急に遮られてやや不満そうに尋ねた。
「虎丸さんの話じゃあ襲われているんだろう!? 早く助けてやらないと!」
義憤に駆られたかのように声を張り上げる。
その様子を見てハークは、矢張り育ちが良いようだな、と思った。
「ハークの言う通りかもね。どんな相手かも判断せずに何でもかんでも助けに入ろうとするのは厄介事の元さ」
やや擦れた物言いでハークの言葉に同意を示したシアに、純朴なる少年は困惑と失望が入り混じった視線を向ける。
その視線をマトモに受け止めながらもシアは言葉を続けた。
「まぁ落ち着きなって。まず、行商人、ってことは有り得ないね。この近くには村や集落は無い。それに街と街を繋ぐ道の途上にあるわけでもない」
「じゃあきっと
「確かにそうかもね。けど今の時期、冒険者は西の魔物生息域に行っているだろうから、こんな場所にはまずいない。まあ、あたしらの様に特別な依頼でも受けてれば話は別だけどね」
少々意固地になってきているシンを宥めすかすようなシアに、女性独特の細やかさを感じつつ、ハークが口を挟んだ。
「ふうむ、そういった手合いだとして、シアよ、どうすれば良い?」
少し話題を逸らしてシンの気持ちを落ち着かせようという意図も無くは無かったが、今の内に聞いておいた方が良い重要な事項と判断しての言葉だった。
「窮地に陥っていそうなら一声掛けて、向こうから頼まれるようなら助太刀すればいいね。そうじゃない場合は、邪魔にならないように立ち去った方が賢明かな。ただ……、手伝ったからって報酬を分け合わなきゃいけないとかの明確な規定はないからねぇ。その辺りは相手パーティーの判断によるよ。最悪タダ働きに成りかねないかな」
「成程」
納得顔のハークに対して、話が脇道に逸れて彼の思惑通り気勢を削がれた格好のシンが尋ねた。
「ハークさんは、相手が冒険者だと考えてるのか?」
「だったらまだ良いのだがな。ここを追ン出された野盗かもしれん」
ハークの言葉にシンだけでなくシアも、あッ、となった。
「そっか……、成る程な。だったら慎重にいかないとな」
「ここで何人か喰われて、逃げた先でも魔物に襲われる、となると、ちょっと気の毒だけどね……」
シアの踏んだり蹴ったりな想像に、シンと共に顔を顰めたハークだったが、その心の内は微妙なモノだった。
〈確かにそれはそれで同情的な気分を誘うが、助けに入って後ろからブスリ……など御免こうむるからな〉
ハークは過去、つまりは前世のことに思いを馳せる。
野盗共に襲われていたらしき若い娘二人を、複数の刺客に追い立てられていた身分高げな侍を等々、見ず知らずの人間をその場の義憤と若干の下心ゆえに助太刀に入ったことは何度かあったが、半分ほどはその直後にヒドイ目にあっている。前者は自分を仇と付狙っていて、己自身の自業自得で危うく殺されそうになったし、後者は実は極悪商人で仲間と勘違いされてしまい誤解を解くのに10日近くかかった。
頭を振ってそれらの嫌な思い出を頭から追い出し、ハークは二人と一匹に語った。
「シアの言う通りだとも思うが、助けたところで寝首を掻かれてもつまらん。シンの言った通り慎重にいこう。よし、虎丸。案内を頼むぞ」
『了解ッス!』
こうして一行は街への帰路から少し外れた方向へと急ぐのだった。
◇ ◇ ◇
十数分の後、現場について
「あれ……か?」
が、些か戸惑いを含んだ雰囲気で横にいる虎丸に小声で確認をとる。
『そうッスね』
「「何(んだ)あれ…?」」
虎丸の応答に続いて、シン、シアもハークと同じく戸惑ったような声を同時に上げた。
それも無理はない。この状況では。
「……檻……?」
「木の……根っこ、かな……?」
一行からやや離れた地面に二人の人間が動かずに蹲っている。服装から男性の冒険者のようだ。体格は双方共に大きいとは言えない。特に向かって右の片手剣と小盾で武装している人物は背丈的には小柄なハークとほぼ変わらなく見える。
子供ではないだろうが大人でもない、そういう微妙な年頃のようだ。
だが問題はそこではない。3人を戸惑わせたのは、その冒険者らしき恰好をした二人を包み込むように地面から伸びた樹木らしき根、細い幹、枝が幾重にも彼らの周囲に張り巡らされ、まるで檻か何かのように展開しているという奇妙且つ奇天烈な光景であった。
ご丁寧にアーチ状に伸びた蔦の様なものが二人組の頭上にまで伸びて絡み合い、ドームを形成している。
傍目にはまるで意志を持った木に囚われてしまったかのようだ。
それだけであっても充分に奇怪な光景であるが、さらに異様極まることにその二人組を囲う樹木檻の周りから多数の獰猛な獣らしき息遣いと唸り声、そして足音がハーク達の元にもさっきから聞こえてくるのだがそれにも拘らず、それらしき姿が全く見当たらない。
〈何だ? 一体……〉
ハークの鋭敏な感覚は、生きた木の檻の周りに10を超える数の肉食獣らしきものの気配を捉えていた。しかしその発信元を見やっても何もいない。
不思議な感覚だった。視覚以外全ての感覚がそこに猛獣が存在していると訴えかけているのに、いくら目を凝らしてもその姿を視界におさめることが出来ないのだ。前世での若き頃、恐ろしい程の凄腕隠形使いの忍びに、相打ちも覚悟させられるほどの苦戦を強いられた記憶があるが、その
その内にガリガリと鋭利なものを木材に連続で突き立て削り立てようとする音が周囲に響き始める。耳障りな擦過音は冒険者風の二人を取り囲む木の檻から発生しているようであったが、目を凝らしてもやはり何もいないように見える。いよいよ幻聴の類を疑い出したが、音の発生源の周りを注意深く見詰めてみると樹木から削り取られたかのような細かな破片が飛散しているのが見えた。
何かが、いる。
何かが見えないが、確実に何かが檻に齧り付いているのだ。
思わず乱暴に両目をこすり出すハークに、虎丸からの念話が届いた。
『ご主人、インビジブルハウンド、ッス』
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