31 幕間④ ハークの手記②


 この世界に転生して明日でいよいよ一週間となる。

 とうに元の世界で命尽きておる筈のおのれが、こうして未だに人の世を闊歩していられるだけで僥倖極まりないものであるが、それにしても怒涛と言い表すしかない一週間であった。


 この都市で三強と言われる男を含めた三人組の刺客に襲われ、その後ヴィラデルディーチェなる女に因縁を付けられた。後で知ったことであるがこのヴィラデルディーチェも古都三強と呼ばれる内の一人であるらしい。

 この都市最強の内二人と初日から衝突する破目となるのも随分であるが、四日目にぶつかることとなったドラゴンこそ大概なる相手だった。


 ドラゴン。

 儂の前世と同じように龍と呼ばれることもあるようだが、巨大な体躯を強靭な鱗に包み、刃が通じず、火を吐けば山の形すら変形させる、紛う事無きこの世界の最強種であるらしい。


 この戦いは避けることも可能ではあったのだが、紆余曲折あり逃走も不可能な事態に追い込まれてしまった。

 儂自身も完全に理解しきっておる訳でもないのだが、この世界独特のしゅによって操られたドラゴンの肉体と精神とが剥離しておる状態であればこそ何とか切り抜けることが出来たものである。が、罷り間違えば我が相棒、虎丸を失うところであったのも事実。

 やはり、この世界で武によって身を立てようとするのであれば、前にも考えた通り『レベル上げ』は避けては通れぬ道であるのは明白だろう。


 ここ数日間、儂は虎丸と共に効率的な『レベル上げ』の方法を模索してきた。ここに新たにエルザルドという、先述のドラゴンの魂――厳密に本人の弁に従うと全く別物である知識のみを写した存在――が文字通りの知恵袋として加わって貰うこととなった。三人寄れば文殊の知恵、という訳でもないのであろうが、それでもこの世界に関して情報を殆ど持って無い己に対して、智者二人揃うというのは有り難い。


 その三人での話し合いの結果、現在の儂のレベル、十四より上のレベルから三十くらいまでの敵を相手にするのが効率が良いだろうという事になった。


 この世界に於いて、本来であれば、五レベル差があればほぼ勝てる見込みは無く、十差がつけば逃げることすら困難と考えるのが常識である。

 つまりは普通に考えるならば、儂のレベル十四から五以上高い十九から上は虎丸に戦闘を任せるのが常道ということになるのであろうが、虎丸の『鑑定』スキルで儂のステータスを詳しく見て貰ったのを紙に書き写してみたところ、ステータス上の数値で、我が愛刀を手に持った状態での攻撃力だけ・・が、レベル三十五の人間族の猛者達にも匹敵するらしいのだ。

 勿論、その他のステータスは常なるレベル十四並みであり、魔力や速度能力が多少突出している程度で、逆に最大HPと防御力に至っては壊滅的である。これはエルフの種族特性に準じているらしく、明け透けに言ってしまうならば先に当てた者勝ちと言えるだろう。


 当然危険が伴うであろうが、戦闘に於いて命の危機を感じないなどということがあろう筈が無い。レベル三十差以上の相手との戦闘も既に二度も経験済みであり、捌けないことも無いというのも証明している。この辺りは前世で培った剣技と、様々な流派との真剣勝負で身につけた体捌きのお蔭だ。ステータスとレベルが絶対的な強さの基準となっておるこの世界に於いても、無駄ではなかったといえるだろう。


 さらに先日、大太刀、改め『斬魔刀』が完成した。

 この武器は古都ソーディアンで文字通り一、二を争う鍛冶職人二人共の協力を得ることが最終的には出来たが故か、苦労した甲斐に見合う形で非常に良い出来であり、斬れ味だけで見れば我が愛刀に優るとも劣らないものとなった。虎丸にしっかりと『鑑定』してもらった結果でも剛刀を超える数値を見せてくれている。勿論、重さによる速度軽減値を考慮に入れれば、どちらが総合的に優るかは甲乙つけ難く、まさに条件によりけりだが、充分に広い場所で、一撃で敵を倒すことを狙うならば丈が長く攻撃力も高い『斬魔刀』に大きく分があることだろう。


 この『斬魔刀』を使えるならば、虎丸と組めばレベル三十までの魔物であれば、問題無く鎧袖一触で倒すことが出来るであろうというのが我ら三名での結論である。何しろ『斬魔刀』を装備した儂の攻撃力はレベル三十七の虎丸に肉薄する程にまで上昇するのだから。


 ただ『斬魔刀』についてなのだが、シアに握らせた際に不可思議なことが起こった。

 いや、逆に言えば儂が握った時のみ不可思議なことが起こっている、ということなのだろうか。


 シアが『斬魔刀』を握った際に、『鑑定』を行った虎丸が言うには『斬魔刀』の攻撃値が半分以下にまで下がったのである。それでもシアと主水の見立てによれば伝説級の素材を使った超れあな武器に匹敵するらしいが。因みに超れあとは物凄く希少との意味であるらしい。


 主水にも『斬魔刀』を装備してもらったので、例外はどうやら儂だけの可能性が高い。

 これは恐らく、儂がシアや主水と違って刀の特性を理解し、それを体現できる術を習得しているからであると、結論付けられるのではないかと思っている。


 刀というものは本来、武器の重さに頼った押し斬るという事をしない。狙った切断箇所に到達した刹那に滑らすように引き、断ち斬るものであるのだ。

 これにより日本刀は、主の斬りたい時に斬り、斬りたくない時は斬らずに済ます、という芸当をやってのけることが出来る。この世界の剣のように、勢いと重さに任せて打撃力を生み出すことも可能ではあるのだろうが、やはり刀の真骨頂と言えば鉄をも断つその斬れ味にある。その為に反りがあり、その為に刀技があるのだ。

 シアや主水はこの技術を知りもしないのだろう。構えを見れば判る。


 このことにより、一つの結論が導き出された。

 それはこの世界で絶対とされるステータスが、その人物の実力全てを表しているとは決して言い切れないという事である。少なくともその人物の特定の技術に関しての習熟度を表す表記が存在していないことだけは確かだ。

 ステータスやレベルを、この世界の一部の人間たちは神の御加護と呼び、神聖視していることもあるそうだが、儂が考えるに、あくまでもその人物の表面的な能力を数値化しているだけなのかもしれない。


 と、いう事は、レベルやステータスで大きく勝っていたとしても確実に勝てるとは限らないのだ。

 未知の技術に通じているならば、この世界で絶対視されているレベルやステータスでの差も、ひっくり返すことは決して不可能ではない。この儂のように。



 さて、夜も深けてきた。今日はこれぐらいにしておこう。


 明日は冒険者の本分、魔物の討伐依頼を受けに冒険者ギルドに行くことになっている。

 明日から我々の仲間となるシアも共に、だ。


 シアを仲間とすることに関して、虎丸が拒絶反応を起こすのではないかとも思っていたのだが、全くの杞憂であった。

 むしろ虎丸としては、「前からパーティーメンバーの増員は必要だと思ってたッス」とのことだ。


 元々冒険者は三人から五人の徒党を組むのが多いらしい。これは群れを成す複数の魔物と戦う必要があるのと同時に、近接攻撃役、遠距離攻撃役、そして援護に回復役と各々の役割を釣り合わせる狙いがあるという。

 少ない人数であればあるほどそれを補い合うのは困難となるため、時には十人を超える大所帯冒険者ぱーりぃーもいるらしい。

 なので、それが信頼できる人間であれば文句は無かったようだ。シアであれば、真面目で誠実そうであるし、こちらを欺いたりなどの策謀を巡らすことが得意そうには視えない。これは儂だけでなく、虎丸とエルザルドも一致した判断だ。


 レベルも儂より八も高く、二十二だった。

 レベル二十を超えると手練れの熟練者とのことだったので、礼を失するのを承知で歳も聞いてみたが、まだ十九歳という事で驚いた。大柄だという事も存分に関係しているのであろうが、この世界の人間は儂から見れば随分と大人びて、というか、老けて見える。主水も歳を聞いてみると五十八歳だという。前世で死んだ儂よりも年下だとは思わなかった。老け過ぎだ。


 話が脇道に逸れてしまったが、とはいえ、シアはその若さで鍛冶職人としても都市で一、二を争う腕を持ちながらも、冒険者としても熟練の地位に到達しているのは素直に賞賛すべきであろう。

 ギルド長のジョゼフ殿が目を掛ける訳である。本人は無駄に力が強いからだと苦笑していたが、自身の相当な努力の賜物であるに違いない。才能だけではないだろう。


 因みに、念の為、虎丸やシアのステータスやレベルも詳しく『鑑定』されたものを書き写すことにした。シアも現在の自分のステータスを詳しくは知らないらしく、レベル二十に達した際にギルドの『鑑定法器』で見せて貰った以来であるという。

 これで効率良く連携出来、作戦立案も組み立てられるようになるというものである。


 おっと。寝ようと考えてから随分とまた時が過ぎてしまった。

 詰め込み過ぎは逆効果であると理解しておるというのに、この悪癖に関しては前世から治らぬものだ。

 本当に、そろそろ寝るとしよう。


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