30 第3話08終:New Blade Swordsmith ③


 ハークと虎丸の表情が一変したことで、シアは漸く事態に気が付いた。

 先程のお客二人が店の端に追いやられて、店の出入り口を塞ぐように3人の男が立っている。そのうち二人の大男たちには見覚えが無かったが、中央の初老の男性は良く見知った人物、シアにとって恩人とも言える人物であった。


「モンド爺さん……」



 シアの呟きはズィモット兄弟に対してハークと虎丸が浴びせた殺気により、一瞬静まり返った店内でハークの耳にも届いた。


「主水?」


 まるで前世でよく耳にした名を聞いた気がしたが、それをとりあえず頭の片隅へと追い遣り、壁に立て掛けてあった自らの愛刀を手に取る。そのまま、虎丸と共に大柄な男二人の前に歩み出た。

 時間をかける気は無かった。


「何の用だ」


 言いながら、ズラリと刀を抜く。店の窓から注ぎ込む朝日を撥ね返して鋭い刃がギラリと光りを放った。

 その光景を見て、ズィモット兄弟も漸く我に返った。ハークが既に戦闘態勢なのを見て、慌てて各々の武器を抜き放つ。一人が先端にスパイクのついた鉄の棍棒で、もう一人は鉄剣であった。双方共に、その躰に見合った大きさの武器である。


「なんだテメエ!? 逆らおうってのか!?」


「痛い目を見てえのか、ガキ!」


 大男二人組の脅し文句にもエルフの少年は全く動じる様子はない。逆に更に一歩と歩を進めた。その行動を挑発と取ったのか、大男の片割れが少年の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。

 が、その手がハークに達する前に、虎丸が怒りを込めて吼えた。


「ガオッ!!」


 その咆哮は、ハーク以外の6人に、まるでハンマーで殴られたかのような衝撃をもたらした。

 虎丸が自らのSKILL『強烈咆哮ハウリング・ヒート』を発動したのである。このSKILLは大音響により耳を劈く効果とヘイトを集める効果があるが、格の高い魔獣種クラスになると一瞬相手を恐慌状態に陥らせることが出来る。恐慌状態に陥るのは時間にしてせいぜい1秒にも満たない僅かな間だけではあるものの、相当の精神力が無ければ無効化レジストすることはできない。


 ズィモット兄弟たちはレベル24ではあったが、この『強烈咆哮ハウリング・ヒート』に耐え得ることが出来る程の精神力を持ち合わせてはいなかった。当然、効果をモロに受けて、その身を硬直させる。

 ハークはそんな虎丸の援護による好機を見逃さなかった。

 動きの止まった大男二人の武器に、刀の刃を一閃、二閃と奔らせたのである。


 一拍遅れて硬直の解けたズィモット兄弟は攻撃されたと思いそれぞれの武器を振りかぶる。

 同時に自分達のすぐ右の足元で、鉄の様なものが床に落下した時の音が鳴ったが、気にせず各々が武器を振るった。

 だが、おかしい。兄弟が振った武器が届かない。手応えがまるで無いのだ。ここまで肉薄した距離にも拘らず。

 異常を感じて武器を持つそれぞれの右手を見ると、柄から先が消えている。


「「!?」」


 見ると彼らの足元には各々の武器の柄から先が転がっていた。しかも、棍棒と鉄剣の真ん中からも断たれており、手に持つ柄と合わせて3等分に斬り分けられている。


 ここに至ってもズィモット兄弟は自分たちの状況を正しく理解できていなかった。未だに右手に在りながらその先が無い柄と、店の床に落ちた本来武器として機能する筈の部分を、阿呆のように口をぽかんと開けながら交互に見比べている。


 そんな兄弟に向かってハークは刀の先端を突き付けて強い口調で言い放つ。


「次はその素っ首、叩き落とされたいか?」


 それは正に降伏勧告であった。

 漸く事態が呑み込めてきたズィモット兄弟は顔色を赤から青へと変化させる。

 そこへ追撃が来た。虎丸が吼えたのである。


「ガウッ!」


 今回の咆哮には『強烈咆哮ハウリング・ヒート』のSKILLを発動させてはいなかったが、彼らの戦意を刈り取るには充分だったらしい。


「うっ、うおわああああああ~~~!」


「ばっ、化け物だああああー!」


 それぞれ悲鳴を上げつつ店を飛び出して行った。いや、その後ろ姿は脱兎のごとく逃げ出したと言って良かった。強者×2の殺気を身に浴びて、突然に動きを止められ、動けるようになったら武器を破壊されていたのである。連続して何が起こったか分からず、兄弟揃って恐慌状態に陥り、逃走へと転じたのは無理も無かった。


 しかし、彼らの依頼主で、護衛対象でもあるモンド=トヴァリを置いてくるべきではなかった。後日彼らはその報いを受けることになるのだが、それはまた別の話である。


 一方で置き去りにされた形のモンドであったが、その眼は尋常ではない斬れ味を見せたエルフの少年の武器に釘付けとなっていた。反りを持った奇妙な形状、刀身に浮いた美しい刃紋、そして今見せた尋常ではない斬れ味。長年、鍛冶業界に携わってきた彼でも、知識にすらない。


「な……、なんじゃ、その剣は…?」


 思わず呆けるように語った言葉にエルフの少年が答えた。


「この剣は刀という。今、造っておる最中だ。邪魔せんでくれ」


 ハークは隣で、グルルルル…、と警戒心たっぷりに歯を剥きかけている虎丸を抑えながら男性を見た。


「な、なに? これ程のものを造っておる、じゃと? 造れるのか!?」


「ああ、造れる。シアの協力があればな。お主は何だ? 邪魔しに来たのではないのか?」


「わ……ワシは……」


 ハークからの冷たい口調での質問にモンドは言い淀む。そこにシアが口を挟んだ。


「この人はモンド=トヴァリ。ウチら古都武具職人街の顔役だよ。そして、あたしの恩人でもある」


「主水? 戸張?」


 ハークは思わず脳内で聞き覚えのある言葉に変換してしまう。


「シ……シア、お主、まだワシを恩人と……?」


 シアの紹介を聞いて、モンドは喘ぐように言った。

 シアは昔から物事に敏い娘であった。とっくにモンド訪問の意図を察している筈である。だが、向けられたその表情は温かかった。


「モンド爺さん、何しに来たの? あたしの様子でも見に来た?」


「む……むう……、シア、ワシはな……、その……お主の店を廃業に……」


 モンドは俯いて、シアの質問に今回の訪問目的を正直に語ろうとした。もはや実行不能なその行為を。その為に呼んだ裏稼業の連中はもういない。

 だが、その言葉は質問したシア自身が遮った。


「あたしの! あたしの店の様子を見に来て、ハークさんの刀見て、ビックリしたんでしょ? 凄いでしょ? 綺麗で強くて、とんでもない斬れ味だもんね!」


 モンドが顔を上げた。真っ直ぐにシアの瞳を見る。その光景を、ハークと虎丸は眺め、お互いに顔を見合わせていた。

 シアがさらに言葉を続ける。


「ねえ、モンド爺さん。爺さんは前に、この街がこのままじゃあいけないって言ってたよね。その為に、この古都に実戦でも使える武器を根付かせる為にあんなことしてたんだよね。あたしは今、自分の夢の為にハークさんに教わりながら、刀を造らせてもらっているんだけど、この武器がもし生産できるようになれば、この街もいい方向に変わると思うんだ。どうだい?」


 モンドは目を剥いた。殆どの古都職人街の人間が気付いてもいなかった彼の真意をシアは正確に見抜いていたのだ。


(なんと!? この娘はワシの意図を正確に読んでいたのか!?)


 涙が出そうだった。誰にも理解されなかった自分の真意をこの娘だけが正確に理解していたのだ。


 一方のハークは、シアの言う「あんなこと」がどのような事柄であるかは判らなかったが、シアの意図と、どういう流れにしたいのかは察しがついた。


 そして、モンドは言葉を詰まらせそうになりながらも、懸命に自身の言葉を紡ぐ。


「そうだな、シア……。その通りだ。お主は……」


 そこまでが限界だった。再び俯いたモンドの姿を見て、シアがハークに向き直る。


「なあ、ハークさん、このモンド爺さんも作業に加えることはできないかい? こう見えてもこの爺さん、この街一番の鍛冶職人なんだよ!」


「ほう! 街一番か! そうまでシアが太鼓判を押すのであれば、儂にも否はない。是非加わってくれ」


 言下に了承を下すハークに、弾かれるように顔を上げたモンドが聞く。


「よ、よいのか? この武器はエルフの特別なものではないのか?」


「構わん。この刀は門外不出の技術品とかではない。それに儂は本職ではないからな。早く職人同士が切磋琢磨して、更に良いモノを造ってくれた方が儂にとっても良いのだ。願ったり叶ったりというヤツよ。儂の名はハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーだ。クソ長いのでハークと呼んでくれ。よろしく頼む」


 躊躇の欠片も無いハークのその言葉に、モンドは膝から崩れ落ちると頭を下げ、手を地に着き、殆ど土下座のまま言った。


「ワシの名はモンド=ドヴァリ! どうかよろしくお願い致しまする師匠!」


「アンタまで師匠と呼ばないでくれ!」


 怒涛の展開について行けず、店の隅で状況の推移をただ見守っていたアルテオとテルセウスの二人であったが、刀作成の作業要員が一人増加したことだけは分かった。

 また一つ増えた槌打つ響きが再開され、店内を満たした。



 そして、それから4時間後、大太刀は完成したのである。




   ◇ ◇ ◇




 大太刀を手に、ハークはシアの店の中庭に立っていた。

 扱ったことの無い長さ故、危険なのでシアとモンドには店内から見てもらうことにしている。アルテオとテルセウスは既にいない。流石に再度作業が開始されて30分ほどで、用事があるとのことで見学の礼を言って去って行った。


 これからこの完成したばかりの大太刀の斬れ味を試し、その完成度を確かめようというのである。

 構えは、両足を開き右足を後ろに引いて、右斜めに体を傾け、剣先をやや後方に下げる構え方、脇構えである。陽の構えとも言われる。

 長い刀身と柄を持つ大太刀を十分に活かすための構えでもあった。

 その刀身には何度も折り返しを行って鍛錬した証拠である刃紋が美しく、そして妖しく浮かび上がり、既に登り切った日の光を受けて硬質な光を放つ。


 相対するのは虎丸、そしてそのすぐ横にはサクラの木が葉を茂らせている。


「良し。ではやってくれ、虎丸」


「ガウッ」


 ハークの号令に虎丸は短く応えると、横のサクラの幹を右前脚で軽く叩いた。幹にダメージが無いように加減はしていたが、それは幹を、そして枝を震わせ、数枚の葉をひらひらと落下させた。

 そのうち3枚ほどがハークの眼前を通過する瞬間、彼は刀を横なぎに振るった。


 ぴっ。


 僅かな切断音がして、地に落ちた葉は6枚となっていた。綺麗に中程で分断されている。


 それを見て、モンドとシアの二人が、おお! と嘆声を上げた。今までの製法の剣ではこうはならない。葉や紙の様に軟らかいものは、何かに押し付けながらならともかく、中空上では刃に引っ付くだけで切断することなど叶わぬ筈であった。それを二人とも熟知していたのである。


「うむ。上出来だ!」


 ハークの太鼓判を聞いて、モンドとシアの二人が手を叩き合って喜んでいる。その姿は、年齢差は有っても、気心の知れた親友同士のもののようにハークには視えた。


 大仕事を終えた鍛冶職人二人の様子を眺める主人に近付きながら、虎丸は彼を労う。


『ご主人、お疲れ様ッス。完成して良かったッス!』


『うむ、虎丸のお蔭でもある。ありがとう』


『なんてことないッス! それよりご主人、その刀に名前は付けてはあげないンッスか?』


『ほう、銘のことか。……そうだな、特に考えてはいなかったのだが……、魔物用として造った刀だからな。魔を斬る刀、『斬魔刀』と名付けよう』


『ザンマトウッスか! カッコイイッスね!』


 主従が念話でそんな会話を続けている頃、鍛冶職人同士もまた2人で会話を行っていた。


「本当に、お前さんには借りが出来てしまったな」


「よしておくれよ。貸し借りの話をしたら、あたしはアンタに返し切れない程の負債抱えているんだ。言いっこ無しだよ」


「そうなのか? ワシには昔、少し声をかけたくらいしか記憶にないが…」


「それでもガキの時分にアンタの叱咤激励を受けていなかったら、今のあたしはいないよ。だからアンタには感謝しているし、尊敬もしているんだ」


「そうか。シア……、ありがとうよ……」


 そう言ってギュッと目を瞑ったモンドは、指の腹で目頭をぐりぐりと揉んだ。溢れそうになる涙を誤魔化す為であったが、シアはそっぽを向いて気付かぬふりをした。


 数秒して、元の調子に戻ったモンドが口を開く。


「それで、お前さんはこれからどうする気じゃい? 冒険者稼業は辞めて刀造りに打ち込むか?」


「いや、実は考えていることがあってね。刀造りの製法確立と普及はモンド爺さんに任せるよ。あたしがやると逆効果になりかねないしね」


 言ってることとは裏腹に、シアの表情は屈託がない。


「そんなもんワシが何とでもしてやるつもりじゃが……、何をするつもりじゃい?」


「あたしはまだ、刀がどういうモノで、どう使えばいいか、ってのも判ってないからね。あの人について行ってそれを学びたいんだ。どう扱うもので、そしてどう整備するのか……。どういう特性の武器かを完全に掴みたいんだよ。そしてそれを理解したら、ゼッタイあれより良いカタナを打ってみるつもりさ! それこそ最強無比な刀をね!」


「成る程のう。冒険者としての地位を活かしてトコトン勉強する、ということか。考えたのう。じゃが、随分と大きく出たな。最強無比の刀とはの! 早々引けは取らんぞ若造め!」


 そう言ってぎろりとシアをめ上げるモンド。だが、その口元は綻んでいた。


「負けないよ! 爺ちゃん!」


 にっ! っと笑ってシアが拳を掲げ、モンドもそれに拳を合わせた。


 そこへ話の聞こえていたハークが加わる。


「何だシア、お主、儂らと行動を共にするつもりか?」


「ああ。あたしがいれば旅先でも刀の整備に困ることはないよ。それに冒険者としても結構古株でね、いろいろとお役に立てる筈さ! と、いうワケで宜しく頼むよ、師匠!」


「まず師匠は止せ!」


「じゃあ旦那!」


「それも駄目だ!」


 などと和気藹々と言い合う二人を見て、モンドの笑い声が響き渡るのであった。


 その後、とりあえず虎丸とシアを会話をさせてみたら、きゃあ喋ったあああ!? とえらく驚かれてしまったのは全くの余談である。


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