14 第2話04:襲い来るもの


 怒りだ。彼はそう思った。

 怒りが自分を支配している。黒い感情が己を取り囲み、歩みを止めることなく、その先に存在するものを全て打ち砕かせる。そこに有形無形は関係ない。生命であるのかないのかすらも。


 邪魔だった。全てが。

 砕き、進む。砕き、進む。


 最強種たる彼を止める術などない。

 黒い靄に覆われたままの視界で、彼は天まで伸びる、己の身体の何倍もの大きさの建造物を見つけた。

 あれが怒りの源だ。


 彼は進む。それを砕ける歓喜に進む。

 何故あれは大きいのだ。我よりも。

 邪魔だ。

 邪魔だ。

 邪魔だ。

 邪魔ダ。


 邪魔な木をなぎ倒し、邪魔な岩を踏み砕き。

 そして彼は、邪魔な壁に爪を突き立てた。


 その瞬間、黒い靄が僅かに晴れ、視界に赤が戻った。




   ◇ ◇ ◇




 リードは焦っていた。

 リーダーであるジーナから先行の指示を受けてから、全力で馬を走らせた。

 だが、東門で門を守る衛兵たちと押し問答になったことが痛恨だった。


(チキショウ! 頭の固い役人どもめ!)


 心の中で毒づくが結果は変わらない。出来る事は全力で馬を走らせることだけだ。


 道行く人々が驚いたように自分を見ている。それはそうだ。街中では下馬しなければいけない。ましてや馬を全力疾走させているなど非常識極まりない行為だ。

 だが、今は本当に緊急事態なのだ。罰があるというなら、あとでいくらでも受けてやる。


 一瞬、視界の端に見えたアレ・・

 アレはリザード系とかヒュドラ系とか、そんな生半可な―――それでも自分に倒せる存在じゃないが―――ヤツらじゃあない。下手したら、…いや、もしかしたら…、ドラゴ……。


 何とか通行人にぶつからずにギルドまで戻ってこれた。

 ギルドの入り口は広い。普段なら絶対やらないし、考えもしないようなことをやった。

 馬に乗ったまま中に入ったのだ。

 入り口の警備兵たちもあまりの事態に止める暇も無かったのが幸いした。


 緊急事態をすぐに察してくれたのだろう。2階からギルドマスターのオッチャンが駆け下りてきた。食事中だったようで、しきりに口元を拭っている。そういえばもう昼だ。


「どうしたリード! お嬢さん方は!?」


「俺の方が早いから先行して来たんだ! 緊急事態だよオッチャン! こっから40キロぐらい東の森で阿呆みたいデッケエ龍脚種の足跡を見つけたんだ! 姉貴の探知だと、東からやや南に進路を取ってソーディアンに向かってる!」


「そいつのツラは見たか!?」


「遠目からチラッと見たよ! 確証はないけど、リザードとかヒュドラじゃあない!」


 それだけ言うと、どれだけ差し迫った状況かギルドマスターはすぐに理解してくれた。

 何事かと周りに集まった、野次馬冒険者たちに言い放つ。


「よし、わかった! オイ、お前ら! 住民の避難を手伝え!! 強制依頼だ!! あと、そのモンスターとは交戦するな! 遭遇したら、どんな種類のヤツだったか報告しろ、いいな!? よし、急げ!!」


 強制依頼とは、ギルドが緊急事態に行う文字通り強制された任務である。冒険者である限り、これを断ることは出来ない。束縛されることを嫌う冒険者にとっては不満が出るだろうが、マスターの剣幕の前にその時点ではだれも逆らえなかった。


「オッチャン、戦わないんだな!?」


 リードの言葉は半ば確認のようなものである。


「ああ! 主力は西の領域に皆行っちまってるだろうからな! 見事に反対側だぜ、チキショウ! まずは住民の避難! どんなクソモンスターか確認して、主力組が帰ってきたら、それから討伐のことを考える! リード! お前はそのままウマで領主様にご報告しろ! 俺のギルドマスターの証を持って行って、事情を話して衛兵を出してもらえ! とにかく人手だ! あと、警報も鳴らしてもらえ! いいな!? 行け!!」


 言いながら胸に付けたバッジをむしり取ると、リードに向かって放り投げた。


「了解だ!」


 バッジを空中で受け取ると、踵を返してリードは走った。ギルド本部と領主の城はすぐ近くだ。

 ただ、街の中心部であるだけに人通りが多い。

 巧みに馬を操作して、人混みをすり抜けるかのように進んで行く。もどかしいが、すぐに城が見えてきた。


 衛兵に当然のごとく止められたが、マスターの証を見せて事情を話すとすぐに衛兵長が出てきてくれた。今の領主様は先代の王様だ。故にお年であろうし、すぐには合わせてなど貰えない。だが、目の前の衛兵長に対処できる権限と能力があれば問題無い。


 幸い、この時の衛兵長は優秀な男だった。

 ぎろりとリードの眼を見つめながら言う。


「本当か?」


「本当さ。さっさと衛兵を出して避難誘導と、あと警報だ! 間に合わなくなっちまう!」


 衛兵長の落ち着いた雰囲気に一瞬落ち着いたリードだが、まるで後ろから巨大な獣に追いかけられているような感覚にまたも気持ちに焦りが出てしまう。ケツに火が着くとはこのことか。

 その眼を見て、衛兵長が頷いた。


「わかった。信じよう」


 衛兵長が後ろに控えていた部下たちに指示を飛ばすと、彼らも有機的に動き出した。リードもその姿を見て幾分かホッとする。


「実は、先程、南東の見張り塔から森が騒がしいとの報告を受けていてな。もしかしたらお主の言うモンスターかもしれん」


「そっか。アネ…いや、俺のパーティーメンバーが街の南東付近に到着するかもって言ってたんだ」


「ほう…、辻褄は合うな。だとすれば、城壁を壊されて侵入されたとしても、少しは余裕があるのかもしれん。あそこには昔は資材置き場があったぐらいで、今は何もないからな。いや…、スラムがあったか?」


「何!? スラムだって!?」


「おい!? どこへ行く!?」


 衛兵長の質問にも答えず、リードは馬で駆け出した。

 ここまで走り通しの馬には悪いが現場に向かわざるを得なかった。

 リードはここのスラムの出身とかではないし、知り合いなども勿論いない。

 だが、自分たちと同じような境遇の者達を知らんぷり出来る程、リードは冷徹な人間ではなかった。


 全力で南東端の城壁に向かうリードの耳が、低く重い笛の音と、鐘を連続で打ち鳴らす警戒音と、何かが砕ける音を聞いたのはほとんど同時だった。




   ◇ ◇ ◇




「何事だ、一体!?」


 轟音と共に砕けた城壁が土煙を巻き上げて辺りを包み込んだ。ほとんど視界はゼロである。


『大丈夫ッスか、ご主人!?』


『儂は大丈夫だ。怪我もない。虎丸はどうだ?』


『オイラも平気ッス!』


 互いの無事を念話で確認しつつ、ハークは虎丸が先程、何か来ると言っていた方角を見つめていた。

 ここまで来て漸くハークにもわかった。この先の土煙の中に何かいる。何か巨大なものが蠢いているのを感じる。


 土煙が邪魔で姿が見えない。

 その時、丁度都合よく南風がほんの少しだが吹いた。砂塵のカーテンが少しずつ北へと移動していく。覆い隠していたものを露わにしていく。


「……は!?」


 爪が見えた。大きな、巨大な鉤爪だった。だがその大きさがまるで冗談の様に馬鹿げていた。計4本見えるそれは一本一本が自分どころか虎丸並みに大きい。

 そして、それが生えているのは青みがかった鱗の生えた蜥蜴の脚を只管ひたすらに大きくしたような脚。


 次第に露わになっていく全身像。馬鹿デカい蛇? 蜥蜴? いや、まさか、もしかして、あれは。


「龍!?」


『ドッ……!ドドドドドドォドドドッ……ドラゴンッスーーーーー!!!』


 前世でよく屏風や天井に描かれた存在。神仏とも伝えられる存在。それが今、己の目の前に現実を生きる存在となって現れていた。

 細部まで見れば多少の違いはあるが、蛇に似た巨躯に、頭部に生える角、強靭そうな四肢に太い尾と大まかに見れば絵画からそのまま抜け出したかのようだ。違うのは竜玉を持っていないことと、胴体が蜥蜴のように膨らんでいることぐらいか。

 晴天の如き、とまでは言えないがその身を包む青き鱗が、虎丸の姿とよく似た白虎と対になる四聖獣、青龍を否が応にも想起させる。

 だが、深き知性を感じさせると教わったその瞳は、怒りに濁っていた。


〈やれやれ。まさか異なる世で、龍虎相打つ! を拝見できるとはな〉



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