07 第1話05:Evolution




 視界の片隅で、少年が反りのある奇妙な剣を携え突進してくるのを幻視する。

 しかし、前方には自分とほぼ同レベルのフォレストタイガーがいるのだ。下手に剣で防御すれば、大きな隙を自ら作ることになる。そしてそれは致命傷にもつながりかねない。

 仕方なく左腕で防ぐ。諸肌であっても左腕を犠牲に、などするつもりはない。

 力を籠めさえすれば防ぎ切れると判断してのことだ。

 だが、少年の全体重を乗せた斬撃は、左腕を浅く傷つけた。


(こいつ!? 一体いくつレベルが上がりやがったんだ!?)


 わずかにダメージを受けたことに驚愕する巨漢。


 一方、少年も自らの攻撃が通じたことに驚きを感じていた。


〈入った!? あれ程、いとも容易く弾かれていたというのに。やはり何かの術? それの効果が切れかかっているのか? しかし…この、儂の身体の変わり様は一体…!?〉


 先程までもはや動くことも叶わぬ程精根尽き果てていたが、またも不可思議な感覚に襲われて動ける程に体力が戻った。

 そこまではまだいいとしよう。だがこの身体の感覚はおかしい。


〈何なんだこの感覚は? これは……全盛期の感覚!?〉


 刀を振るう力も、足の運びの速度も、前世での全盛期を彷彿とさせる。

 特注の厚重拵えの剛刀を無理せず片手で保持でき、何より、先程まで人外だと思っていた大男の速度に何とか追い縋っていられる。虎丸が上手く逃げ道を塞いでいるというのもあるのだろうが、大男の左半身に的確に刀を討ち込んで、次々と赤い刀傷を増やしているのがその証拠だ。

 急に自身の肉体が成長したのかとも思ったが、手足も短いままだし、目線の高さにも変化はない。袖から覗く右腕もか細いままで違和感がヒドい。

 こんな細腕でよくも…、と疑問に思うが、何かふわふわした暖かいものが身体を包んで、力を貸してくれているようにも思えた。


「小僧が! あいつらの経験値を喰らいやがって!」


 巨漢が何がしか叫んでいたが、聞き流した。それと同時に、己の中の結論の出ない疑問を一旦棚に上げる。

 状況は好転しつつあるが、相手は依然己の格上なのだ。そんな者との殺し合いという真剣勝負の最中で会話に興じる余裕などない。ましてや、己の答えの出ぬ疑問に意識を傾けている場合でもない。


 少年は一心不乱に、今現在発揮できる実力の全てでもって、巨漢に最後の戦いを挑む。



 少年と魔獣の息の合った連携攻撃によって、巨漢は追い詰められていた。

 もはや一か八かの賭けに出なければ、この状況は覆せぬと考え、フォレストタイガーを数瞬放置してでも、エルフの少年を殺そうと決心した。

 ここまで受けたダメージで、目の前のフォレストタイガーとのHP差は覆りようのないものとなっていた。しかし、背後の少年ならばレベル差もありまだまだ殺すことは容易な筈だ。殺せずとも致命傷さえ与えられれば、フォレストタイガーにも隙ができ、逃げることも可能だろうと考えた。


 それは、生き残ろうとする選択肢の中で、最も正解に近いものの一つを選びだしたのかもしれない。

 体を反転させた大男は、その勢いのまま少年に殺到し、突きを放つ。突然に攻撃目標となった少年は、恐慌し動きを止めるに違いない。

 だが、その一撃は虚しく空を切った。

 少年はいつかは大男が賭けにでて、自分に攻撃を切り替えてくるであろうことを正確に読んでいたのである。

 まさか躱されるとは思ってもいなかった大男はつんのめって大きく体勢を崩した。

 そこを正確に突かれた。いや、貫かれたというべきか。

 大虎の巨大な咢、その牙にて開けられた右腕の傷穴目がけて突きを穿たれたのだ。既に傷つけられた穴に、さらに剛刀を捻じ込まれ、その先端が反対側まで飛び出すと、そのまま背後の木の幹に刺さった。

 巨漢はまるで右腕を縫い付けられた形となった。


 激痛に目を見開き、呻き声を上げる瞬間、大男の瞳にはフォレストタイガーの咢が視界いっぱいに映し出されていた。

 そして左目の視界が消える。左顔面に噛み付いた虎丸の犬歯が左目を潰していたのだ。


「あんぎゃああああああああ~~!!」


 更なる激痛に絶叫を上げる大男であったが、武器を持つ右腕は木に刀で縫い付けられ動かせない。左手で下あごを掴み最後の抵抗をしようとするも既に遅かった。


 ボキョッ! 、という何かが派手に潰れる音を聞いた気がした。

 それが自分の頭蓋の砕けた音だと気が付く前に、彼の意識は闇へと溶けた。




 命の火が燃え尽きて崩れ落ちる巨躯と共に少年もガクリと倒れ込む。2度戻った体力も再び尽きる寸前であった。

 大事な刀を苦労して何とか引き抜くと、足を投げ出し、天を仰ぐように座り込んだ。

 ふと視線だけ送ると、虎丸も荒い息で腰を下ろし、お座りの体勢になっている。

 大きなダメージこそ受けはしなかったものの、虎丸にとっても全力を出し切ってこその勝利であったのだ。


「お前のお蔭だよ、虎丸」


 こちらを見つめる虎丸に一言告げるのが限界だった。もはや上半身を支えるのも億劫と、ばたりと後ろに倒れる。

 地面に大の字になって寝転がると、体力回復に努めた。




   ◇ ◇ ◇




 どのくらいそうしていたであろうか。ふと目を開けると、目の前に色とりどりの光が舞っているのが見えた。何事かと思うと同時に、三度あの不可思議な体力回復に見舞われる。

 今回は前の2度ほどよりもよほど顕著に回復した。

 がばり、と上体を起こす。何かまた身体能力が向上している気がする。

 腕の力だけで、簡単に立ち上がることが出来そうな気さえする。


 ふと、虎丸を見る。


「虎丸。お前もか」


 視界には自分と同じく、小さな光群に集られている虎丸の姿が映った。音も無く、自分と虎丸を包み込んでいたそれらは、やがてふわりと浮かび上がると泡沫のように消えた。


 しばしその幻想的な光景に時を忘れて見入っていた少年は、自分のすぐ隣でどさりという何かが落下したような音を聞いた気がした。

 音がした方面に振り返ってみると、何と虎丸が地に倒れていた。


「どうした、虎丸!?」


 慌てて駆け寄るが全く反応が無い。

 急に眠り込んだわけでもなく、揺すってみても目を覚ます気配は無かった。

 先程の戦いで致命傷を負っていたのかもしれないと全身をくまなく探したが、大きな傷は勿論無く、小さな切り傷すら発見できない。むしろ、戦闘中に少年から見ても、躱し切れずマトモに貰っていたと思っていた幾つかの傷すらなかった。


 少年が心臓の鼓動を聞くことを思いついた時、驚くべきことが起こった。


 倒れ込んだ虎丸の大きな体が突然、背中からぴしり、と割れ、中から強烈な光と共に一回り小さくなった虎が飛び出てきたのである。


「うおっ!? とっ…、虎丸!?」


 予期など出来る筈も無い事態に慄く少年であったが、飛び出してきた虎にすぐ虎丸の面影を見つけた。目や鼻や耳の特徴がほぼそのまんまだし、何よりその知性を感じるまなざしと落ち着いた雰囲気が瓜二つであったのだ。

 が、一つだけ違うのは今までの黄色に緑を混ぜ込んだような色の虎縞毛皮ではなく、美しい白色の毛皮、伝説の四聖獣たる白虎の姿へと変貌していたことだった。

 一回り小さくなったとはいえ、威風辺りを払わんばかりの堂々たる体躯に、白き毛皮が木漏れ日からの陽光を弾き返して、きらきらと自らが光るかのような様は神々しささえ醸し出していた。


『やったッス! やっと進化したッス! これでご主人と念話ができるッス!』


 突然、頭の中に妙な下っ端言葉が流れ込んでこなければ、だが。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る