06:さよなら


 意識がぼぉっとする。小谷と抱き合った瞬間、ぷつりと映像が切れたように真っ白になった。

「ここはどこだ……ジンルイミナキョウダイ」

「何故片言……」

 アールグレイの声にはっと連の意識は定まった。目を開けると、心配そうにしている二人がいた。

「気が付いたんですね、よかった! 突然倒れたから」

「廃人になったのかと……思ったじゃないの……!」

 二人はほっとしたのかへなへなと座り込んだ。

「はは、ごめんな」

 連は小谷の方へと手を伸ばした。

「小谷、お前の居場所は俺が作る。俺と一緒にいてくれないか」

「……え?」

 突然の告白に、小谷は動揺している。

「え、あの、私たち、初対面に近いよね?」

「毎日屋上ですれ違ってるけど」

「でも喋った事ないし」

「ソウデスネ」

 ははっと泣きそうになる心を強く持ちながら、連は小谷から目をそらした。

「……ありがとう」

「え?」

「じゃぁ、二度と私の目の前で眠ったまま目が覚めないっていうの、やめてね」

「ま、まじか」

 嬉しさのあまり、全身が甘く痺れた。その時、ぷつっと何かが切れるような小さな音がした。

「あぁ、彼らの運命の糸は切れたようだ。本当の生贄になってしまったようだな」

 ミルクが芝居がかったような口調で言う。

 連はゆっくりと起き上がって、ミルクに視線を向けた。

「残念だったな、小谷のミルクピースは戻してやったぜ」

「おめでとう。ふふ、だいたいの人間は大事な人の葬式の時に落とす。その時のピースに触れると、死んだ人間の思い出が美しくよみがえるのさ。なぁ、アールグレイ」

「……そうですね」

 アールグレイは見たことがあるのだろうか、葬式で誰かがミルクピースを回収されるところを。

「さて、人の心は移りにけりな。この世界線の美亜はもうミルクピースを失うことは、死が二人を別つまでないだろう、だから、アールグレイ。お前がここにいる意味はもはやないな?」

 きゅっとアールグレイは下唇を噛んだ。だが何も言い返さない。おそらくこういう結果をすでに予想していたのだろう。

「未来が少し速まった、もしくは宇宙人との未来がなくなったか、言えることはこの世界線はもう宇宙人との近未来もなければタイムスリップで孫がジジイに会いに来ることが可能な輝かしい科学が発展した未来も存在しないということだ。お前はこれから絶望を味わうことになる、お前が帰る世界はない。運よくたどり着けたとしても、もうそこにお前の居場所などないかもしれない。お前の新しいミルクピースを手に入れるのが、楽しみだよ」

 ではな、と言ってミルクはどこかへと消えていった。


 廃ビルの中を探しても、黒ずくめの男達はいなかった。どこかへ行ってしまったのでは? とも考えられたが、自分達が廃ビルにいることがわかっているのにどこかへ行くのは考えにくい。

「彼らは、存在しない未来の人間だから、存在自体消されたのでしょう」

 それが、タイムスリップの代償だったんですよ、たぶん。そう告げるアールグレイの顔は暗い。

「なら、お前もじゃないのか?」

「……消えずにいますね、何故でしょう」

 男達が消えて、アールグレイが消えない理由は一体何なのだろう。考えても連にはわからなかった。

「おそらく、正規の方法で帰っても、僕が存在していた世界線はないでしょう。わかっていてやったことです、それでもあなたを守りたかった」

 どうせなら、ついてきてくださいとアールグレイは振り返りもせず歩き出した。連と小谷は顔を見合わせて、仕方なくついて行く。

 広い原っぱのような場所に出る。

「ここは、未来ではタイムスリップの研究所でした。でも、もうないんですね」

「……なぁ、お前帰るのやめろよ。俺の家に来いよ、一人ぐらいなら、養えるぞ」

「……いるべきではない人間が存在すると、二人にまた何か危害が加えられたら嫌です。その方が耐えられない」

 ぽろっとアールグレイの目から大粒の涙が零れ落ちた。正しいと己でわかっている、だが本心ではないのだ。

(帰る場所があるかわからないのに、帰らねばならないのはどれほどの苦痛なのだろう)

 思わず、連はアールグレイをぎゅっと抱きしめ、頭を撫でてやった。

「う、うぅ、グランドファーザァ……!!」

「泣くなよ、そしてそこはおじいちゃんだろ」

 よしよしと背中を撫でてやると、アールグレイはぐしぐしと手で涙をふき取った。

「一緒にいると、いつまでも別れがつらいです。もう行きますね」

 アールグレイはポケットから何かスイッチのようなものを取り出す。

「アールグレイ」

「何ですか?」

 ぽちっとアールグレイがボタンを押すと、足元から徐々に姿が消え始める。

「未来で、待ってるからな!!」

 連がそう叫ぶと、アールグレイは涙をこぼしながら頷いて、消えた。




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