07:自分の居場所


 連には言わなかった事がある。それは、ミルクピースをアールグレイ自身、ミルクに奪われていた事だ。忘れはしない、大好きな祖父が死んだ時だ。宇宙人との交信に成功した手越夫婦は、宇宙事業で発展していき、巨万の富を得た。しかし、宇宙に行き過ぎて足腰が悪くなり、最後の方は車いすの生活をしていたのを覚えている。アールグレイが中学生に上がる前に死んでしまい、泣き崩れた。自分には祖父しか居場所がなかったというのに。祖母も後を追うように死んでしまった。

 祖父は祖母と一緒にいる時が心底幸せだと言っていた、なのに黒ずくめが祖母を廃人にしょうとしていると聞いていてもたってもいられなくて、必死でタイムスリップの免許を取り、過去へとやってきたのだ。

(自分を待ち受ける未来はどうなっているのだろう)

 もしかしたら自分すら生まれていないかもしれない。過去に留まるべきだった? 

「あ」

 祈るように目を開けると、そこは原っぱのままだった。

(あぁ、やはり宇宙人との交信はされなかったのだ)

 なら二人はどうなったのだろう、あれから別れたのだろうか?

(きっと、美亜さんの居場所になれたんだ。だから、宇宙に自分の存在を見出すこともなくなった)

 ならば結婚して、子供を産んで。その子供は誰と結ばれたのだろう。宇宙人と交信がないのなら、父は誰と結婚したのだろう。

(やはり僕は存在しないのか?)

 だが自分は消されなかった。考えながら歩いていると、自然と祖父の家があった場所に来てしまった。

(……普通の一軒家だ)

 宇宙事業でその名を馳せた豪邸ではなくなっている。

(どうする? でもお前誰? とか言われたら生きていけない)

 ドアの前で躊躇していると、がちゃっとドアが開いた。

「夕刊まだ来ないのか」

 出てきたのは、記憶にあるより年老いた祖父の姿だった。

(中学生の時に、死ななかったんだ……!!)

 祖父が生きている、生きて目の前にいる。それだけで感動に震えそうだった。

「ん? 誰だお前」

 立ち尽くしているアールグレイを連はじっと見つめた。

「俺の孫に似ているな、死んだ孫に……」

「死んだ?」

「車の事故で、先月死んだんだ。お前、名前は?」

 本名を告げるべきか否か。逡巡した末、アールグレイはごくりと唾を飲み込んだ。

「アールグレイと言えば、わかってもらえるでしょうか?」

「アールグレイ……?」

 そう口にすると、連ははっと目を見開いた。そしてあ、あ、と小さく嗚咽を漏らすような声を上げてアールグレイを指さした。

「お、おま、おまぁぁ!!」

「どうしたのよ?」

 大声を出したため、年老いた祖母がドアから顔を覗かせている。

 そしてアールグレイの顔を見て、固まっていた。

「どういうこと? あの子が生き返った?」

 わけがわからないといった感じで祖母は祖父の肩を掴んで揺らした。

「覚えてないか? アールグレイだよ」

「アールグレイ……? あ、あぁ!!」

 ぱぁぁと二人の顔が輝く。そしてコホンと連は咳ばらいをしてにっとアールグレイに微笑みかけた。

「おかえり、アールグレイ。過去からお前を待っていたよ」

 やはり自分の居場所は祖父なのだ。そう実感すると涙が溢れて止まらなかった。

「……ただいま、おじいちゃん」

涙をぐいっと指先で拭い、アールグレイは二人に抱き着いたのだった。


(おわり)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る