04:再び廃ビルにて


(あれ? そういえば、アールグレイはミルクピースだけじゃなくてそれ以上の事をしようとしているみたいなことを言っていなかったか?)

 廃ビルに向かう途中、ふとい思い出した連はアールグレイに聞いた。すると彼はあぁ、言い忘れていたと口を開く。

「心は、パズルのピースによって形成されています。それぐらい脆く難解なんです。ひとたびピースがバラバラになってしまえば、心は死んで廃人になってしまうでしょう」

「……は?」

「小谷さんはきっといくら説得しても交信をやめてくれない。かといって小谷さんの存在自体を消すなんてハイリスクすぎることはさすがにできません。過去に生きる人物を殺すことは、自分の消去に繋がる可能性がありますからね。ならば、小谷さんが存在して、かつ交信ができない状態にすればいいという結論にいたったのです」

「そんな……!! 許せない!!」

「だから、僕は来たんです。正式な手続きを踏んで」

「ほ、他に仲間とかはいないのかよ!?」

 二人の歩く速度が自然と速くなる。

「残念ながら」

「なんでだよ! 未来が変わっちゃうかもなんだろ!?」

「未来の人間の大半の考え方は、自然の成り行きに任せろ、です。だから、過去が変わってもそれは仕方のないことなのだ、と。でも人為的に過去が変わりすぎるのはよろしくない、だから許可なくタイムスリップをすることは禁じられているんです」

「くそっ、信じたくないけど、小谷に危険が迫っているのなら許せない!!」

 人気のない廃ビルに到着すると、小谷がちょうど中へ入ろうとしていた。

「どうしたんです? 早く声をかけてください」

「は? いや、お前がかけろよ」

「いや、僕よりあなたの方が適任でしょう」

「いやいや、俺ダメだよ」

「何で?」

 じっとアールグレイが小谷に似た瞳で見つめてくる。連は恥ずかしそうにもじもじとするとぽっと頬を赤らめた。

「俺、小谷におはようすら言った事がないんだ……テヘペロ」

「……は?」

 想定外だったらしい、アールグレイは動揺している。

「え? 挨拶すらしたことない? え? だってもう高校生でしょ? なら同級生でしょ?」

「うん、でもまだなの」

「えぇぇ、それじゃぁただのストーカーさんですか?」

「ストーカー言うな」

 アールグレイはがくんと崩れ落ちそうだ。頭をがりがりと掻きむしり、眉間にしわを寄せている。

「どういうこと? 二人はもうすでに友達のはずなのに! それともおじいちゃんの妄想だったの!?」

「やめて、そんな未来情報知りたくない」

 その時だった。

「……悲鳴?」

「小谷!?」

 廃ビルから女性の悲鳴が聞こえた。連は血相を変えて走っていく。中に入ると、黒ずくめの男が小谷の手首を掴んでいる最中だった。

「あぁ! あの時の……か?」

 マスクとサングラスで顔が隠れているため同一人物かはわからなかった。

「手越連だな、お前も廃人にする」

「いやだし! そんな恐ろしい事簡単に口にするなっての!! ってか小谷の手を離せ!」

 その辺に置いてあった角材を取り、殴りかかる。振り下ろされた角材は男の頭に見事ヒットした、がまったく効いていない。

「ふっ、同じ轍は踏まないぜ」

 さっと帽子を脱ぎ、頭の上に分厚い鉄板を仕込んでいるのを見せつけてくる。

「く、くそ! おい、アールグレイ!! 何とかしてくれ!!」

「ぼ、僕護身術しかできない」

「お前は何しに過去へ来たんだ!!」

 男の一人が連の方へと手を伸ばす。それをすんででかわし、角材の積んである方へと飛びずさった。

「くそ、おいアールグレイ!」

 角材を一つアールグレイの方へと投げた。彼はそれをキャッチすると、瞬時に男の脛を角材で殴り飛ばした。

「いって! このクソガキ!!」

 殴りかかってきた男を、アールグレイは投げ飛ばす。

(あっちはアールグレイが何とかしてくれる……はず!)

 問題は小谷の手を掴んでいる男だ。男は小谷と自分を廃人にすると言っていた。ならば小谷の手首を折るくらいの手荒い事をしてくるかもしれない。

(ん? っていうかおかしくないか)

 ふとあの時の自分と同じ状況の小谷を見て思う。

(コイツら、俺達を廃人にしにきたんだよな。それにしては手首掴んで連れて行こうとしたりして、何でさっさと腹でも殴って縛り上げたりしないんだ?)

 もしかして、彼らはそういう事に対して素人なのだろうか。それともそういう展開はマンガの読みすぎなのだろうか。

(……っていうか、二人だけなのか? 他に仲間は?)

 いくら殺せないとはいえ、痛めつける事はできるだろうに。それに、宇宙人との交信をやめさせるのは地球の未来に大きく繋がる事だと思える。なのにそれをたった二人で阻止しにきたというのだろうか。

「お前ら、何で過去に来るなんて危険なマネしてまで俺達を廃人にしにきたんだ?」

「ふん、我らは崇高な思想によって生贄となったのだ」

(テロリストというより、宗教家か? ということは、対人戦闘とかは俺と同レベルかもしれないな。いずれにせよ、思い込みで何やらかすかわからん連中のようだ)

 男は聞いてもいないのにベラベラとその崇高な思想とやらを話している。

「え、何? 何なの? 手越君この人知り合いなの?」

「いや、違う。ただ言えることは、そいつらの狙いは俺達の心だ」

「いや、手越君の言ってる意味もわからないわ」

 小谷は怯え切っている。小谷の細い手首を掴み上げている男を連はきっと睨む。

(小谷の白い肌に跡がついたらどうしてくれるんだオッサン!)

 殴りかかりたいが、アールグレイのように体に当てる自信はない。相手がひとしきり話し終えたあとで、連は再度質問を試みた。

「あのさ、その崇高な思想はわかったからさ。生贄っていうのは何だよ」

「タイムスリップというのは危険なもの。未来から過去に行く、それはもはや一方通行のようなもの。少しでも過去が変わるだけでもう自分達が存在していた世界は失われるのだ」

「それって、もう自分が生きていた世界には戻れないってこと?」

「そうだ、それをわかったうえで我々は生贄になったのだ。宇宙人から尊い未来を守るため」

「人間二人を絶望の淵に追いやろうとしておいて、何が尊い未来だ!!」

 どさぁぁともう一人の黒服の男が地面に倒れて気絶した。

「な、なんだよお前。護身術しかって言うけどやるじゃん」

「これでも一応国の代表に選ばれた男ですから」

 にこっと笑うアールグレイに連は尊敬のまなざしを向けた。

「くそ!! 忌々しい手越家め!! 三代そろって邪魔しおって!!」

「きゃぁ!!」

「小谷!!」

 男が怒りで手を振り上げた瞬間、連は何も考えず全速力でタックルをした。男は来るとは思っていなかったようでそのまま尻もちをついて転んでしまった。

「おじいちゃん!!」

「痛っ……だからグランドファーザーって言え……」

 三人は絡まるように地面に倒れている。アールグレイは慌ててかけつけ、小谷を抱きかかえた。

「逃げますよ!!」

「えぇ、俺も抱きかかえてくれよ」

「無茶言わないでください」

 ほら、走って! そう言われて連はよろよろと起き上がり、廃ビルの階段を上がっていった。



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