03:その名はアールグレイ


 自分を宇宙人と思い込んでいる美少女とわかっても、連の好きな気持ちは一ミリも変わらなかった。

「あのさー今度合コンがあるんだけど行かね?」

「行かない」

「即断言かよ、キモい」

「キモくない! っていうか俺達まだ高校生だろ。合コンとか早すぎる」

「頭固いなぁお前」

「何々? 合唱コンクールの話?」

「全然違うよ、いや、ある意味あってるけど」

 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。小谷は単語帳を片付けて、小テストの準備をしている。その一挙一動が美しい。

(小谷って無駄がないんだよな、はぁどうやったらお近づきになれるかなぁ)

 好きになってもう一年は経った、いまだに屋上ですれ違う時におぅと声をかけることしかできていない。

「好きだー! 好きなんだー!」

「何だ? 手越、そんなに英語のテスト好きか?」

「ちげーし!」

 丁度タイミングよく入ってきた英語の先生にからかわれ、連は全力で否定した。高校二年生の恋は、まだ始まってもいなかった。


 今日も小谷は可愛かったと思いながら帰っていると、全身黒スーツの二人組を見かけた。

(本当にあんな恰好した人いるんだ、テレビだけと思ってた)

 黒い帽子に黒スーツ、サングラス、黒手袋、黒マスク、黒の革靴。上から下まで黒ずくめで連は珍しそうにジロジロとみていると、男とばちっと目線があった。

(あ、やばい)

 慌てて目線をそらそうとしたが、男達はずんずんと近づいてくる。

(うわぁやだなぁ、絡まれたくない)

 男達は連の前で立ち止まり、がっと連の手首を掴んだ。

「手越連だな」

「え? そ、そうですけど」

「一緒に来てもらおう」

「は? 何で?」

 瞬時に頭を動かす。これはヤバイ、そしてこんな怪しい男達に連れていかれるような理由を自分は持ち合わせていないはずだ。連は手を振り払おうとしたが、男の力は強く逆に手首を痛めてしまった。

「いっつ!」

「無駄な抵抗はよせ、来い」

(え、嫌だよ、絶対やばいやつじゃんこれ)

 足腰のふんばって抵抗するが、ずるずると引きずられてしまう。

(あ、これ車に乗せられたらもう二度と生きて帰ってこれないやつだ、ひぃ、まだ小谷に挨拶すらしたことないのに)

 こんな所で死ぬ? 冗談じゃない! そう言いたいが、手は振り払えない。その時だった。

「はぁぁ!!」

「がっ」

 後ろから鉄パイプで男の頭を強打する青年が現れた。男はよろめき、連の手を離してしまう。

「こっちです!」

「え? え?」

 青年は連の手を掴んで走っていった。


「はぁはぁはぁはぁ」

 全力で疾走して、連は川の土手に倒れこんだ。

(一体全体、何だっていうんだ)

 ちらっとこれだけ走っても息一つ乱れていない少年を連はじっと観察した。

 ショートボブの銀髪に、長いまつげも銀髪。瞳の色は優しい鳶色で、少女に近い、かわいらしい顔立ちをしている。だが、ひょろっとした背丈や手を見ると連より年上に思える。連は起き上がって、彼に手を差し出した。

「あ、あの、ナイストゥーミートゥー、アイムレン」

 一瞬ぽかんとしたが、青年はすぐに笑顔で手を握り返す。

「僕は日本人ですよ」

「うそつけ、どう見ても外国人だろ」

「いいえ、僕の母方が宇宙人なのでそれで銀髪なんです」

(あ、小谷の仲間か)

 こんなに美形なのに、もったいない。そう残念なものを見るような視線を向けると、彼はむぅっと頬を膨らませた。

「まぁ、無理ないですね。ここはまだ宇宙と交信する前の世界ですから」

「うわぁ、これが噂の中二病ってやつか?」

「違います!」

 助けてくれた男だから、むげにはしたくない。だが口から出る言葉は痛いものばかり。どうしたもんかと眉根を寄せていると、彼はこほんと咳ばらいをした。

「僕の名前は……そうですね、アールグレイです」

「へぇ、俺の好きな茶葉だ」

「僕も好きですよ、アールグレイ」

「おいしいよな、あれ。飲みやすい」

「はい、僕の大好きな祖父が好きな茶葉だったんです」

 ふわっと笑った顔を見て、ふと連はどこかで見たことがあるような気がした。

(どこでだ? すごくレア感があったような気がするんだが……)

 うーんと首を捻るが何も思い浮かばない。アールグレイは苦笑しながら話をつづけた。

「絶対信じてくれないとわかっていて話します。僕は未来から祖母のミルクピースを守るために来ました」

「へぇ、祖母って誰?」

「信じてくれるんですか?」

「いや、一応聞いておこうと思って」

「手越美亜さんです、今は小谷美亜さんか」

「……今、何て言った?」

「え、だから小谷美亜さん……」

「その前、その前だよ!!」

 がしっとアールグレイの両肩を手で掴む。するとぐわんと景色が揺らいで、気づくと地面に倒されていた。

「す、すみません。ついクセで護身術をかけてしまいました」

「い、いや俺が悪かった」

 いててと腰をさすりながら起き上がる。

「で、もう一度言ってくれ」

「手越美亜さんです」

「……まぢか」

 あの、ちゃんとした会話すらしていない小谷美亜の苗字が自分と同じ名前になる?

「俺に兄弟はいない、それか、俺以外の同姓の男と結婚するのか?」

「いえ、あなたです。手越連さん」

 ドドドドと心臓が激しく脈打つ。

(どうしよう、未来から来たなんてアホらしい言葉を信じちゃいそう)

 そしてはっとなる。

「お前、よくよく見たら小谷に似てるな」

「祖母にですか? よく言われます」

 そう、どこかで見覚えがあると思ったら、毎日見つめている小谷にどこか似ているのだ。

「へーふぇーほー、確かに小谷の親戚って感じするなぁ、うん、男にしては可愛い」

「祖父にもよく言われました、変わりませんね」

「んん? ってことは、俺はお前の祖父になるってことか?」

「はい、そうですね」

 こんな銀髪の綺麗な美形が自分の孫。とすると息子か娘はよほど美形が生まれるらしい。

「へぇ、で? 未来から何しにきたんだよ」

「信じてくれるんですか?」

「いや、信じてない。でも、信じた設定のほうがうまみはあるな」

 にっと笑いかけると、アールグレイはははっと苦笑した。

「あなたらしいですね」

「長所でもある」

「だからこそ、あなたに会いに来たんです。協力してください、美亜さんがミルクピースを失くしてしまうと未来がとんでもないことになるんです」

「……小谷に関することなら、聞きたい」

「僕の生きていた未来、それは宇宙人と交流のある近未来世界です。空には車が走っているし、車専用の空路だってある。宇宙人の恩恵を受けて、僕たちはとても早く進化した生活を送っています」

「へぇ、すごいな。青いたぬきの世界観って感じ?」

「簡単に言えばそうですね。その恩恵は美亜さんが宇宙人と交信に成功した事により始まります。記録によると、最初の言葉はジンルイミナキョウダイ、ないすつぅーみーつぅーだったそうです」

(小谷らしくないな)

 疑問には思ったが、口にはしなかった。

「宇宙との発展には、小谷美亜は欠かせない人物です。しかし、世の中には宇宙との発展をよしとしないグループも存在します。それが先ほどの黒服の男達です」

「まさにブラック〇ン」

「? とにかく、彼らの目的は小谷美亜が宇宙と交信しないようにすることなんです。おそらく、小谷さんを絶望させ、宇宙人を信じている純真から生まれているミルクピースを引き剥がし、交信させまいとしているのかと思います。そしておそらくそれ以上の事をしようとしていると思われます」

「よくわからんな。っていうかさ、ミルクピースって何?」

 連がそう言うと、アールグレイは人差し指で眉間を抑えた。

「……ミルクピースとは、人の心にあるパズルの一つ。それは純真から生まれ、心の形成に欠かせないものです」

「ふんふん」

「人が純黒より深い絶望を感じた時、ミルクピースは純真から剥がれ落ち、ミルクによって回収されます。一度そのピースを失うと、もうその時の純真には戻れません、ミルクからピースを奪い返さない限り」

「へぇ、そのミルクピースってまた作れないの? ってかミルクって誰?」

「人間の心は強い。長い時間をかけて、再び純真からミルクピースは作り出されます。ですが、一度失った純真はもうその時の純真ではないんです。確かミルクは白いマフラーをした少女でした」

「でした? お前はその姿を見たのか?」

「……えぇ、まぁ」

「ふーん……」

 連はじっとアールグレイの目を見た。小谷と同じ鳶色の瞳は嘘をついているようには見えない。

(設定が凝りすぎていないか? 作り話にしては説得力がないし、何より不確定すぎて信じられる要素が一つもない)

 腕を組みじっと考える、どう動くべきかを。そうですかと信じないで放置するのも手だ。だが、彼は連の愛する小谷にかかわる人物だ。放置すれば、必ず小谷に何かしら災難が降りかかるだろう。

(……彼がいなかったら、俺はあの男達に消されていたかもしれない)

 あの男達は無差別に連を選んで連れて行こうとしていたようには思えない。

「……で? 俺は一体何をすればいい?」

「信じて……くれるんですか……?」

 アールグレイが目を見開き、信じられないものを見るように連を見つめている。連はにっと笑って改めてアールグレイに手を差し出した。

「お前は命の恩人だ、だから信じる設定のままでいってやる」

「……おじいちゃん……!!」

「おじいちゃんって言うな、せめてグランドファーザーといえ」

「一緒じゃないですか」

 ぷっと二人で噴き出して、手をがっしりと握り合ったのだった。


「一つ気になったんだけどさ、お前どうやって過去に来たんだ? 未来はそんな簡単に過去へタイムスリップできるようになってるの?」

 連の疑問に、アールグレイは表情を暗くする。

「いいえ、ちゃんと免許と許可がなければタイムスリップをしてはいけません」

「へぇ、じゃぁアールグレイは免許あるの?」

「はい、死に物狂いで取りました。この免許は車の免許のように普通に取れるものじゃないんです。まず国家試験を受けなければいけない。国の代表となり、世界選抜を受けて、ようやく試験が始まるんです」

「はぇ~オリンピックみたい」

「真面目に聞いてください」

「これでも真面目なんだけど」

 むぅと頬を膨らませるが、アールグレイはすぐにまた口を開く。

「ですが、免許も許可も持たずにタイムスリップをするやつらもいます」

「そいつらが小谷を狙っているって言うのか? その、ミルクピースっていうの? 絶望とか言うけど具体的にどうやって取り外すわけ?」

「深い悲しみに溺れる、とかですかね」

「深い悲しみか」

 ふと、空を睨む小谷を思い出す。彼女はいつか宇宙人が仲間である自分を迎えに来てくれると信じている。その純真さがミルクピースを育てているというのか。そんな彼女が絶望を感じるのはいつだろう?

(今の独りぼっちで宇宙人を信じている状態じゃ、近い未来交信なんてできないとわかって絶望するな……たぶん)

 だが、アールグレイの話では宇宙人との交信は成功すると言っていた。なら、やつらが狙うのは交信が成功する前の時代だろう。

「ん、ってことは小谷めちゃくちゃやばいんじゃ」

「はい、たぶん」

「たぶんじゃないよ!! 様子見に行こう!!」

「居場所わかるんですか?」

「この時間は廃ビルだ! 一人で交信してる!!」

「何で知ってるんですか?」

「え、だって毎日後ろを追いかけてるから」

「えー……なんて堂々としたストーキング告白」




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