02:廃ビルでの交信




 小谷美亜は宇宙人である。否、正しくは己を宇宙人だと信じている美少女である。というのが、一年間ストーキングしてわかったことだった。

「連、お前また小谷見てるのかよ」

「あぁ、今日も美少女だ」

「そうかぁ? 俺は所沢の方が可愛いと思うけどな」

 教室の隅からじっと小谷を見つめる連を、友人がからかう。彼女は長いまつげを伏して、英単語の勉強をしていた。

「小谷って不良って噂じゃん?」

「どこから出たんだその噂、ひねりつぶしてやる」

「だってさ、毎日立ち入り禁止の屋上に行ってるって」

「あぁ、それか」

「タバコとか吸ってるんじゃないのかな」

「アホか」

 最初、連も何もしているんだろうと思っていた。空を見上げてため息を吐くばかりで、何もしない。声をかける勇気もなくて、ただ見つめているだけの連にその理由がわかるはずもなかった。が、ある日街中で小谷を見つけ、気づくと後をつけていた。

(どこに行くんだ? 制服以外の小谷も可愛い)

 つばのついたキャップを目深にかぶり、パーカーを着て廃ビルに入っていく。そしてそこの屋上のドアを開けると同じような恰好をした若者が数人いた。

(何かのサークルか? え、まさか自殺クラブとかじゃないよな?)

 心配だが声をかける勇気もない。仕方なくドアの隙間からじっと見ていると、彼らは手をつなぎ、円形になった。

「宇宙人さん、いらっしゃったら返答お願いします」

(……は?)

 一人がそう言うと口々に皆言いながら目をつむり、ただひたすら顔を上に向けている。

(何この集団、怖)

 今すぐ小谷を連れ去りたい衝動にかかるが、小谷も真剣に唱えている。

(……小谷は、宇宙人と交信がしたくて毎日屋上にいたのか)

 あの、祈りにも見える行為は交信がしたかったからなのか。そう思うと少し切なくなる。

(宇宙人なんているはずが、そもそもいたとしても何で自分達小規模の人間グループと交信してくれると思うんだ……)

 してくれるとしても、国家規模のグループだろう、彼ら一般人としても何のうまみもないではないか。

 彼らは二時間ほど粘っていた。が、同時にはぁと長く重いため息を吐くと手を離した。

「今日もだめだったね」

「来週こそはいけるかな」

(毎週してるのか……かわいそうに、純真なんだな)

 思わずうっと何かが込み上げた。

「これからどうする? 寒いし、カフェいかない?」

「行く行くー小谷さんはどうする?」

「……私は、やめとく」

 そっかぁと言って集団は特に落胆したようすもなく楽しそうに和気あいあいとドアの方へと向かってくる。連はとっさにドアの裏に隠れ、彼らをやりすごした。

(小谷、まだ空を見つめてる……そんなに宇宙人と交信したいのか……何を聞きだしたいんだ?)

 キャップのつばを掴んで、空を睨んでいる。その視線は諦めや憧れといったものではなく、殺意に近いような気がした。

「……ここは、私の居場所じゃない。いつになったら、迎えに来てくれるの?」

 一瞬、聞き間違いかと思った。だが小谷はチッと舌打ちをしてドアに向かって歩いてくる。ドアの裏でやり過ごし、階段を降りていく小谷を見つめながら、連は冷や汗が止まらない。

(なんてこった、小谷は交信がしたんじゃない。自分を宇宙人と思い込んでいる美少女だったんだ……!!)

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