アビス・プラント5

 クラクについて周知されていることは少ない。


 新参者の深淵ナラカ、経緯は不明、目的はとある一つ組織と、そこに属している男一人を見つけ出し、殺すことに絞られる。


 知能は高く、こちらの言語はもちろん、ハッキングなどの各種専門知識も有している。


 思想は極めて攻撃的、一度敵と認識した相手ならば交渉などというクッションを置かず、最短最速で命を奪いに行く。


 一方で、無差別に殺すわけではなく、殺人者のみを選んで殺している節が見受けられる。


 体は頑強、鋭い爪の生えた手で人体を紙粘土のように引きちぎれる。


 武装は銃器、妖刀を用い、それ以外にも青い炎の妖術と縮地も使う。


 そして持ち込んだ拳銃から射出される弾丸は、撃った相手を侵食する性質があり、ある程度コントロールすることが可能、これでゾンビのように連鎖させて被害を拡大させることもある。


 数多の脅威、危険、人類絶滅の切っ掛けが溢れる常闇の時代、その中にあってクラクは、特に危険な存在と捉えられていた。


 しかしその理由として、上記はその一端でしかない。


 少なくとも合衆国は、そんなことぐらいでクラクを危険視するほど弱くはなかった。


 本当のクラクの脅威は、その霊能力にあった。


 死霊使いネクロマンサー、その中で最上位の能力を有するクラクは、特別な儀式も無しにタバコの煙で任意の霊を呼び出し、会話し、情報を引き出す。


 更にそれらに魔力を分け与え、瞬間的に実体化させることで弾丸経由の侵食や斬撃の強化を実現していた。


 そして一番の脅威、危険性はその操る霊の数にある。クラクは桁違いに多かった。


 通常では百に届けば一流とされるところを、クラクは万を超え、億に届く可能性まで内包していた。


 しかもその全てが怨霊、この世に恨みつらみを抱えた凶暴な悪霊ばかりだった。


 怨霊は恨みを持ちながらそれを発散させる術を持たず、それをチラつかせる霊能力者に溜まったフラストレーションの全てをぶつけてくる。


 これに耐えきれず、心身ともに病んでいくのが普通なのに、クラクはまるでそよ風に吹かれてるかのように気にもせず、むしろより多くの怨霊を求めて曰く付きの地を渡り歩いていた。


 合衆国は、彼が死ぬことを恐れている。


 引き連れた膨大な数の怨霊、その楔が外れて暴走すれば、いかなる厄災が巻き起こるのか、合衆国軍部ペンタゴンは、最低でも核兵器相当と算出していた。


 ◇


 やはり自分はまだ死んでないとヒニアは思う。


 死んで、幽霊というのはあぁいうのを言うのだと、ヒニアは思う。


 クラクは燃やした大量の煙の中から、沢山の黒いタールが溢れ出るや、這いずるように、飛び出るように、不恰好に盛り上がると、それらは黒い黒い人の姿となった。


 骨しかないように細い手足、服も突起もないのに、顔だけが皮を剥がされたように、髑髏で、口から黒い煙を吐いていた。


 燻る髑髏たち、それが沢山、次から次に現れて、まるで満員電車のラッシュ、終わりの見えない人の波が、次々に現れ立ち上がった。


報復乃宴ほうふくのうたげ怨行列えんぎょうれつ』さぁ待ちに待った復讐の時間だ。存分に殺してこい」


 クラクの言葉に押されて向かう先は首なしの兵隊、デュラハンは手の銃を一斉に上げ、発砲し始める。


 重なり並んで弾幕、密集してる髑髏からは外す方が難しく、次々命中していく。


 穴が空き、頭が欠け、指が飛び、体が砕けていく。


 だけど止まらない。


 穴が空こうが、頭が欠けようが、指が飛ぼうが、体が砕けようが、止まらず襲いかかる。


 接近されたデュラハンたちは銃撃から斬撃へ、銃から刀へと武器を変え、一斉に斬りかかった。


 素人目にもわかる、キレのある動き、それでも結果は同じだった。


 穴が抉られようが、頭が破られようが、指が詰められようが、体が割けようが、止まらず、摑みかかる。


 拳で殴り、湯でえぐり、歯で噛む。


 まさに魂なき死霊の攻撃に、首のない兵隊がまた一体、また一体と群衆に引き摺り込まれ、念入りにすり潰されていく。


「馬鹿な! 闇の力がこのような亡者にまけるものか!」


 悲痛なチョーワールの声に被せてクラクが笑う。


「なんだお前、人の不幸でパワーアップしてるくせに、場の空気読めないのかよ」


 タタンと何かを駆け上がり、クラクが一段高く出る。


「こいつらは、今、幸せ一杯なんだ。積もり積もった怨み、妬み、だが霊体にその機会はない。せいぜいが悪夢か、心霊写真、金縛りまでいければ奇跡だ。だが今はどうだ!」


 クラクが両手を広げてくるりと回る。


 ……気がつけば、周囲は、彼らに覆われていた。


「実態を得て、破壊ができる。力を得て、復讐ができる。これほどの歓喜! 闇の力など出るわけないだろうが」


 クラクの嬉しそうな声をかき消すように向こうから水槽が破られる音が聞こえてくる。同時に、新たな悲鳴も、おそらくはまだ生きていた紫色の誰かだろう。チラリと視界に映っただけなのに、生きながらに食い千切られてるとわかってしまう。


 燻る髑髏が溢れて暴れ、壊し、壊れ、燻る世界、ここは地獄だとヒニアは思った。


 そして向こう、チョーワールが、まさに飲み込まれるところだった。


「邪魔だ亡者ども!」


 一声、そして一閃、黒色の靄が球体を形作ったかと思えば爆発し、周囲取り囲んでた髑髏を一掃した。


 揺れる部屋、ひらけた空間、クラクとチョーワール、間にあった全てが外へと押し出された。


 その間合いをチョーワールが疾走する。


「ならば貴様も亡者の一部にしてくれる!」


 絶叫、そして一刀、信じられない速度で駆け、振るわれた斬撃に、だけどクラクは笑って呪文を唱えた。


報復乃宴ほうふくのうたげ『|黒手慰《こくてなぐさみ』痛いが使ってやるよ」


 途端にクラクの体が跳ね、刀を振るい、打ち合った。


 激突、火花、打ち勝ったのはクラク、相手の突撃を弾き、さらに連撃で畳み掛ける。


 その動きは、デタラメだった。


 明らかにおかしい物理運動、ありえない足運びで飛び回ると、起こるはずのない角度、タイミングで、絶対ない威力の一撃を放つ。


 その秘密を、ヒニアは見ていた。


 手首、肘、肩、腰に背中に足に首、クラクの体中に半透明な、黒い手があった。


 数は数え切れないほど、それも重なり合ってどこまでが一本なのかもわからない。そんな腕はどれもが指が食い込むほどの力でクラクを掴み、引っ張り、持ち上げ、体を弄んでいた。


 例えるなら、幼い子供がオモチャで遊ぶように。夢中で右手の人形と左手の人形とをぶつけあわせてるような、そんな動かされ方だった。


 それは、子供が人形の痛みを考えないように、それらの腕もクラクの痛みを考えていなかった。


 強烈な一撃に壁まで吹き飛ぶチョーワール、だけど同時にクラクから何かが千切れる音がした。


 笑うクラク、だけどその身を掴む指の間からは血が、漏れ出ていた。


「ふざけるな! 俺はチョーワール! 世界の闇の支配者だぞ!」


 絶叫するやサーベルを掲げ、その切っ先に、黒い球体を作り出す。


 初めは小さくだけどミルミル大きくなって、ついにはヒニアの身長を超える直径となった。


 そこからほとばしるエネルギーは、ヒニアだけでなくその場の全てを震わせ、軋ませた。


「喰らえ我が最終奥義! 極ワール・デス!」


 放たれた球体は、見てるだけのヒニアにも危険だとわかった。


 触れたくない、当たりたくな


「いいね、こちらもせっかくだ。技名を言っておこう」


 どさりと腕々から解放されたクラク、右手の刀を横へ、後ろへ、引き絞る。


報復乃宴ほうふくのうたげ怨大刀うらみたち』俺の大技だ」


 球と線、激突に、ヒニアは吹き飛ばされた。




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