アビス・プラント4

 ヒニアはこれと散って特別でもなく、だからといってどこにでもいるとは言い難い人生を送ってきた。


 SM女王の母と、コンビニバイトの父の間に産まれ、下に妹と弟が一人ずつ、そこそこ裕福で、だけども家庭的ではなく、それでも愛されて育った。


 高校時代はチアリーディング部に、万年補欠で、本番に出れたのは予選で一軍に怪我が出た時の一回きり、そこそこの成績にそこそこの恋愛にそこそこその青春で卒業した。


 そこからファッションの世界へ、作る方は早々に諦めて売る方に、コーディネートする方を目指した。


 有名店での下っ端としての修行、税金なんかの資格も取って、正社員に、そこからお店を任せられるようになって、そこでの売り上げと顧客からの推薦でこの島、リッチメンズアイランドにやって来た。


 失敗は許されないけれど、そのための準備もたっぷりとできるこの島での仕事は、ヒニアにとって最高の修行の場で、ここで成長し、いずれは自分のお店を、と夢見ていた。


 概ね順風満帆なキャリアを築いていたヒニア、これまでで一番の事件と言えば父が二度、シリアルキラーとして逮捕されたこと、それも冤罪とわかって平和に終わった。


 何も悪いことの起こらない人生、事件など遠くの世界のこと、ヒニアはあの瞬間までそう思っていた。


 ◇


 あの瞬間、ヒニアは休日だった。


 洗濯を終え、食事を終え、部屋に戻って、日課となっている最新トレンドのチェック、ここで時代遅れになれば仕事にはならないと真剣に、新たなムーブやスタイルを研究し、それを実際のお客様に合わせてどうするか、シミュレーションしてた。


 警報が鳴った。


 緊急事態、過去に鳴ったのは二回、避難訓練とどこかでの地震の時だけ、それもさして被害もなかったため、危機感はなかった。


 だけども銃声が響いて一転した。


 恐怖、パニック、流れるご近所さん、様々な情報が飛び交って、訳が分からず、ただこの島が襲われてるとはわかった。


 逃げる、隠れる、戦う、選択肢の間を堂々巡りしてるヒニアを引っ張ったのは隣に住んでる女性だった。


「プラントの中にシェルターがあるらしい」


 又聞きの又聞き、各省の薄い情報、それでも他に行く当てのないヒニアは、そこに行くしかなった。


 同じく何人もの男女が付いてきて、プラント前は人だかりになっていて、だけど出入り口が開くと中へと誘導された。


 それで、多分駐車場まで行ったところでまたされて、どこからかガスが漏れるような音がして、そこまでしか覚えてなかった。


 ◇


 その後どうなったのかは知らない。


 目が覚めたらあそこにいて、クラクに話しかけていた。


 どうなったか、何をされたかは知らない。


 だけどこうしてここにいるんだから、これは間違いのはずだった。


 目の前、水槽、浮かんでる顔、半開きの目、半開きの口、間抜けな顔、寝起きの、ヒニアの顔が、そこに浮かんでいた。


「ねぇ!」


「うるせぇ!」


 怒鳴り返される。だけどこればっかりは引けない。


「これは何? どうしてあたしの顔があるの? あたしは、あたしは!」


 感情が高ぶってる。


 なのに息は乱れない。鼓動も聞こえない。喉もならない。


 これは、これではまるで。


「そいつはお前の体だよ」


 クラクが、言った。


「心臓動いて、脳に反応があって、だけども魂打だけが抜け落ちて、死んでる。いわゆる脳死ってやつだ。まぁまだ魂云々での判定はこの世界じゃやってないがな」


「じゃあ、あたしは何? 幽霊」


「わかってんじゃねぇか」


「嘘よ」


「あ?」


「じゃあ何で、あたしは、クラクと会話できてるんですか? それに、見えてますよね?」


「あぁあぁそうだな。だがその前に、あれを相手にしないと俺が死ぬ」


 そう言ってクラクが顎で指した先に、新たな人影が沢山あった。


 紫色のボディースーツ、体のラインから男女が混じっている。


 スレンダーなのセクシーなの、混ざって痩せすぎ太りすぎ、まちまちだった。


 彼らは共通して拳銃と刀を持っていて、首から上がなかった。


 説明されるまでもない、水槽の中の頭の、それ以外だった。


「デュラハン、アンデットの最上位種だよ」


 忘れてた相手、確かチョーアークだったか、その中で頭一つ分出ていた。


「副業として作ってみたんだがね、これがなかなか良いのができたよ」


「いいのか? そんなことしてっと、引っ越しが間に合わなくなるぜ?」


 クラクのあざ笑う声に、チョーワールがギョッとしたのがわかった。


「全部割れてる。この島、放棄すんだろ?」


 言いながらクラク、ふらつきながら立ち上がる。


「施設モロモロの老朽化にセキュリティーの陳腐化、それ以上に住民が飽きた。だから引っ越すことになった。が、だとするとここが、プラントが邪魔になる。何せ隠しようもない犯罪の証拠だからな」


 クラクが大げさに両手を広げて見せる。


「住民が消えればここの維持は無理、やつらにとってみれば用無しを守る義理はないからな。それに捕まるとすれば建てた連中だけ、上は知らぬ存ぜぬで逃げ通す。ならば解体となるが、見たところ動かないよう、メガフロートに溶接してあって簡単には動かせない。下手すれば沈む」


 ガインと一台、蹴飛ばす。


「かといって爆破解体も自然保護区が邪魔でできない。ならどうするか、大きな子がやってきて壊して出て行ったの」


 子供みたいな口調のクラク、笑いは邪悪だった。


「島はテロリストに襲撃され、その自爆によって沈む。上に残ってるのは何も知らされてない従業員と悪人ども、その悪人もどうせここの建設やらなにやらにかかわっての口封じもあんだろ? 一斉大掃除ってわけだ」


「……そこまで知ってて、クラク、あなたは何をしにここまで?」


「何、このプラントの発注先、コーポレーション狙いだったんだが、こいつが旧型、この分だと中古だろ? 辿るには遠すぎる」


 ゲラリと笑うと、クラクは刀をしまった。


「まさか、逃げる気ですか?」


 チョーワールの言葉に、首のない兵隊たちが一歩前に出る。


「まさか! ただ疲れたからな、後はこいつらに任せるんだよ」


 言ってクラク、懐からタバコの箱を取り出すと、まとめて手の中で燃やした。


 吹き出る煙、噎せる空気、その向こうに、ヒニアは、黒い影を見た。

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