アビス・プラント2
常闇の時代、新たな脅威が現れたからといって、過去の脅威が、これまで続いてきた脅威がリセットされたわけではない。
むしろ、混沌を取り込みより巧妙に、より邪悪にと進化していった。
それが顕著に表れた一つに、麻薬ビジネスがある。
元より原材料の生産、精製、密輸に、小売り、中抜き防止の監視に、ライバルとの抗争、ビジネスのために強大な組織が必要とされ、同時に強大な組織を維持できるだけの利益をもたらした。
そこへ常闇が混ざれば、闇の帝国の完成となる。
生贄による原材料の増産、錬金術による精製、魔術転送による密輸、小売りは使い魔に任せ、監視は呪術でカバーする。ライバルとの抗争ともなれば、戦争だった。
そんな派手な麻薬の世界で、ひっそりと販売され、大ヒットとまではいかないまでも、コアなファンを獲得できた商品に『シャブホワイト』があった。
流通量は少なく、割高で、劣化しやすく、そこまでして快楽は他に比べて弱く、だけど依存性だけが他と同様に強い。
セールスポイントの乏しい麻薬だが、一つだけ、他の追随を許さない強みがあった。
それはあらゆる科学、魔術を用いても検出されないことだった。
血液、尿、頭髪、必要ならば内臓から取り出した細胞に至るまで、このシャブホワイトが体内から見つけ出される心配がない。だから単純保持でさえ捕まらなければ、裁判にかけられる恐れがないのだ。
加えて自分専用の無痛注射を用いれば感染症のリスクも少なく、何よりも売り手が歌う『オーガニック』『100%天然成分』『環境に優しい』といったワードから、セレブの間では爆発的なブームとなっていた。
……その原材料が生きた人間であると知るは、ごくわずかだった。
捕らえた人間から、余計な部分を斬り落とし、頭だけにして生命維持装置につなぐ。
頭蓋を割って脳に電極を指して激痛を与える。
脳はショック死しないように脳内麻薬を分泌する。
これを、チューブでかすめ取り、精製したものがシャブホワイトだった。
人体から作られた成分ならば人体から出てきても不思議ではない。
脳内麻薬にはDNAもなく、魔術的処置を一切施していないため、そちら方面からの追跡も不可能だった。
当然、一人からとれる量は少ない。
ましてや劣化しやすいと鳴れば、常時生産プラントを稼働させる必要がある。
輸送も劣化との勝負だ。
ならば、顧客のすぐ近くに大量生産できる施設をつくるのは、実に合理的だった。
◇
ヒニアには現実味がなかった。
ないからこそ、平然と歩けた。
知らない顔、知らない顔、知らない顔、見覚えのある顔、この顔は有名ソムリエの顔に似ている。
そんなのが、ずらりと、向こうまで、ぎっちりと、並んでいる。
かなり広い空間、個々の機械は最小限で、まるでネックレスやイヤリングを飾るディスプレイのようで、それが倉庫に積まれた在庫品のように、並んでいた。
そして奥までやっと宿り着いて、潜水艦のハッチのような扉を開いたら、また向こうも同じく、ずらりと、ぎっちりと並んでいた。
どれほどの人数が、どこまでいるのか、ヒニアには想像できなかった。
ただ、彼らがまだ生きているとは、想像してしまった。
そしてまた歩いて、歩いて、開けて、歩いて、たどり着いたのはこれまでとは違う区画だった。
大きな機械、いくつものドラム缶、建物のようなタンクに、ベルトコンベア、流れるのは小さなアンプルで、個包装されて箱詰めされていく。
そこで働いているのは、やはり普通ではない人たちだった。
青みかかった灰色の肌、頭髪のない頭に、尖った耳、こちらを向いた顔は人に見えて人でなく、裂けた口に黄色い大きな目、複数いるのに全員が同じ顔に見えた。
格好も同じ、紫色のぴったりとした服装、作業着に見えた。
彼らはクラクを見つけるやギャウギャウと聞きなれない言語で騒ぎ始め、どこからか同じ紫色の三つ又の槍を取り出し、先端をこちらに向けてきた。
クラクは拳銃を引き抜き、発砲した。
額、目玉、喉、次々に命中させていく。
だけどハズレも、数発、奥の機械や槍に当てていた。
疲労が見える。足元も弱弱しいし、発砲した銃もすぐに下ろして、それに反応も若干遅くて、先手を取られていた。
ここまで来て、撤退した方が良いんじゃないか、ヒニアはそんなようなことを考えているヒニアを置いてクラクは進み、機械の前へ、パネルの蓋を開くや舌打ちを大きく響き渡らせた。
「ハズレだ。糞」
言い捨てて、中へ弾丸を撃ち込んだ。
「構わんよ」
タイミングを見たかのように、男の声が響いた。
「どうせここはもう用済みだ。好きなだけ壊してくれたまえ」
気取った話し方、カツリカツリと靴を鳴らして、向こうの頭と頭との間から現れたのは、変な男だった。
青灰色の肌、薄水色の髪、口は裂けてて牙が見える。吊り上がった黄色い目に、
尖った耳からか狡猾なイメージがある。
服は紫、筋肉質な体にぴっちりとしたスーツ、背中には同じく紫のマントと、腰にはサーベルの柄が見えた。
「お噂はかねがね、いつかお手合わせできればと思ってたんだよ」
男からの言葉へ、クラクの返事は発砲だった。
三発発砲、だけど二発はハズレて、一発は抜き放たれたサーベルに弾かれた。
「どうした? ふらふらじゃないか。少し休むかい?」
余裕たっぷりの言葉に、クラクは唾を吐き捨ててから笑い返した。
「お前が最後だ。チョーワール」
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