アビス・プラント1
この島の電力は潮の流れで賄われていることになっている。
島の土地のほとんどをメガフロート、金属製の浮きでできているため、下には海水が流れており、そこに風車のような水車をいくつも設置して、エコな発電を行なっている。
その元締めであるプラント、実査は原子力発電あると、ヒニアの周囲ではもっぱらの噂だった。
理由はいくつかあるが、一番はその水車へ降りられるプラント入り口が、表側ではなく、隠すようにワーカー・ビレッジ横にあることだった。当然セレブが見にくることもない。
それと作業員たち、彼らはヒニアたちとは異なり、ほぼプラントの中で生活している。物資はコンテナでまとめて運び込まれ、他の従業員との交流もなく、何人いるのかさえもわかってない。
それら事実を踏まえても、ヒニアは原子力懐疑派だった。
大金払ってこんな島に引きこもるような連中が、わざわざ手元に爆弾を持ち込むとは思えなかったからだ。
だから、プラントにも興味はなかった。
なのに、入ることになって、ヒニアの足は、初めて竦んだ。
ただ足を動かす、歩くという行為を忘れてしまったかのように、その場を動けなかった。
目線の先にはクラクが、立ち止まっている。
ヒニアを待っての行動ではない。疲労、疲弊、消耗、吐瀉、自身の身が祟って動けないだけだ。あの縮地とやらでボロボロになって、それでもタバコをふかして、咳き込んでいる。
そこから回復して、また歩き出すクラクへ、ヒニアは必死の思いで続いた。
不安、恐怖、これまでの戦い、殺し合いにも感じなかった、心を締め上げる何か、それに耐えてでも続くべきだと、ヒニアの中の何かが促した。
……白色の建物、太いパイプといくつものマンホール、鍵のかかったドアをクラクが引きちぎり、入ったプラントの中は思ったより普通だった。
受付、タイムカードを通す端末、トイレ、ロッカー、人が入れそうな太いパイプが縦に並んで、よくわからないメーター、さらに奥には屋内駐車場、荷物積み下ろしのためか小型のクレーンにフォークリフトと色々ある。
その中で、クラクはクレーン横のパイプの前に立った。
タバコをもう一度、深く吸って、吐いて、捨てて、そしてパイプの裏へ手を入れ、何かを動かした。
ガコン。
音がして、反対側の壁が動き、部屋が現れた。
隠し部屋、怪しい仕掛け、だけどもこれまでの怪異に比べればまだ現実的、なのにヒニアは、怖かった。
クラクは迷わず中へ、振り返り、入り口横を見て舌打ち、その動きからそこがエレベーターだとわかった。
だけどもボタンをいくら押しても動かない。
だからクラクは、刀をゆっくりと抜くと、床へと突き立てた。
◇
長い長い長いワイヤーを伝って降りる。
底の見えない深淵は、死の国へ通じているようで、見てるだけで魂を抜かれるような気持ちになった。
それでも底があって、たどり着き、横の扉にクラクはまたも刀を突き立てる。
テコの原理でこじ開けた先からは白い灯りが、向こうは死の国とは程遠い真っ白い部屋に続いていた。
広い部屋、高い天井、錆びついた臭い、周囲からはお腹の底に響くような低音が鳴っていて、ここが海底だと感じさせた。
歩く度ベコベコとなる床を進むと、左右にダンボールが並んでいた。普通にインスタント食品とかを入れる箱、上は開きっぱなしで、雑に積み重ねてあった。
その前を進む二人、好奇心でもないがチラリとヒニアが中を覗くと、靴が見えた。男物のシューズ、それとズボンに上着に靴下に、衣服一式がまとめて放り込まれているようだった。
他の箱も同じような、だけども男性用女性用、作業着にシェフのエプロン、メイド服にヒニアが仕事で着る制服もあった。
ここで、着替えた?
疑問、だけどそれから先を考えることができない。
無心でクラクの後を追う。
また両開きの扉、だけどこちらは自動で開いた。続くのは廊下、突き進むと左右の小部屋に分かれてる。
そこへクラクは迷いなく真っ直ぐ進む。
漂う臭いは消毒液、そこにタバコの臭いが混ざる。
そしてたどり着いた一番奥、ヒニアが絶対に入りたくないと思った部屋へ、クラクはドアを蹴破り乗り込んでいった。
……中には、顔があった。
見知らぬ顔、見知らぬ顔、見覚えのある顔、そして名前も知ってる顔、ズラリと、並んでいる。
白い部屋、たっぷりの照明、水槽の中、頭だけ浮かぶ。その姿は仮面のようだった。
そう見えるのは彼らみな、髪の生え際にそって頭を開かれていて、むき出しになった脳に、いくつものワイヤーとチューブが繋げてあって、それだけしか残ってないからだった。
「やっと見つけた」
クラクが嬉しそうに呟く。
「シャブホワイト生産プラント、コーポレーション製のクソ商品が」
クラクの言葉が、衝撃すぎるヒニアには届かなかった。
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