ワーカー・ビレッジ3

 …………気がつけば遠い過去になってしまった。


 物心ついた頃から、クラクは難民だった。


 鬼という種族が迫害されてて、どこにも居場所がなく、だから厳しい旅を強いられているとまでは、幼いながらにも理解していた。


 身内は一人、姉だけだった。


 優しくて、綺麗で、口数は少ないけれど、頭が良くて、産まれながらに何も持ってないクラクの、唯一の自慢だった。


 思えば姉もまだ子供だった。それでもより幼く、周りが全て敵に見えたクラクには、唯一にして絶対の家族、そして今現在に至るまで、愛していると呼べるただ一人の存在だった。


 ……途中の経緯など覚えていない。ただ二人は、砂漠の最果てのような村に流れ着いていた。


 そこは食べ物どころか飲み水さえまともに手に入らないような場所で、ここでの長居はできないと幼いクラクでもわかった。


 移動はバスか、他の難民と一緒に運ばれるか、あるいは日雇い労働に参加するか、どちらにしろそろそろ甘えてばかりいないで、姉を守る方に回らなければ、クラクはそれぐらいの成長をしていたころだった。


 あの男が現れた。


 細く尖った顎、男のくせにやたら長い黒髪を後ろで束ねて、いやらしい笑みを浮かべて、当時のクラクからも悪人であると一目でわかった。


 そいつは、二人を買ったと言った。だから連れて行く。バスに乗れと、命令してきた。


 それが真実なのか、あるいは隙を見て逃げる算段なのか、姉は従い、クラクも従った。


 乗せられたバス、姉の横に座る男、周囲の迷惑も考えずに買ってきたばかりという二丁の銃の自慢話で姉を苦しませる。


 耐えてる姉に、何もできないクラクは、静かな怒りを蓄えていた。


 襲撃されたのは程なくしてからだった。


 巨大ロボット、大砲のような銃口を向け、バスを止め、降りるように言ってきた。


 狙いは、男だった。


 思っていた通りの悪人、だけど殺さなくても、と甘い考えだったのを、クラクは未だに覚えてる。


 男は、姉とクラクを人質にした。


 そして撃てない巨大ロボットの、その銃口に、一瞬の隙をついて、男は、


 冗談のような、前にチラリと見たアニメのワンシーンのような、ゆめのような、悪夢のような光景、クラクは何もできなかった。


 一方の男は、全身から白いひも状のものを出して紡いで、こちらも悪夢のようだった。


 ……爆発がした。


 向けられてた銃口が破裂していた。


 嫌な臭いがした。


 煙が目に沁みた。


 辺り一面に、姉がバラバラになって撒き散らされた。


 ……後のことは良く覚えてない。


 ただ目覚めたら砂漠に一人、寝ていた。


 残されたのは、半壊のロボットと、いくつかの死体と、男が自慢してた銃の片方と、飛び散った姉だけだった。


 その瞬間、クラクは憎悪に染まった。


 …………残りの人生はどうでもいい。


 半壊のロボットから、罪滅ぼしにと銃と機械の手ほどきを受け、ロボットが壊れたのをきっかけに旅に出て、片っ端からあの男と関連ありそうな、あるいは似ている連中を穴だらけにし、そうこうしてると残されてた銃のもう片方を持つ妖狐を見つけて襲って、敗北し、その妖狐も実はあの男の敵だとわかり、取引で弟子入りし、魔術を覚え、そしてまた旅に出た。


 あの瞬間から、憎悪を忘れたのは二回だけ、ロボットが動かなくなったあの刹那と、妖狐の元から旅立った刹那、合わせても一秒に満たない時間、残りは全て憎悪に染めて過ごしてきた。


 全てはあの男、姉を殺した寄生虫使い、安田ヒロシを殺すために、クラクの人生はあった。


 ……この島に来たのも、ヒロシが所属する『コーポレーション』が関わっていると聞いたからに過ぎない。


 残りを殺したのは、ただの八つ当たりとでしかなかった。


「ねがいハナンダ?」


 声がする。


「やつを、安田ヒロシを殺すことだ」


「ナラココデスレバイイ。ノゾメバイクラデモソイツヲツクリダセルゾ」


「全部偽物だろ? やつはこうしてる間もののうのうと生きている。ちがうか? それ以外はいらない。ヒロシさえ殺せるのなら、俺はどんな地獄の責め苦も喜んで受けてやる」


 ヒビが入った。


 これでやり方はわかった。あとは、脱出するだけだった。


 壊れゆく理想とされた世界、最後にチラリと、姉の姿を見せて、崩壊した。


 クラクに一切の未練もなかった。


 ◇


 結晶は現れた時のように消え去った。


 復活したクラクに驚きも戸惑いもなく再び発砲した。


 命中、Pの十字の傷、目の部分、だけども弾かれ、ダメージは見られない。


「キカナイヨ」


 Pが言う。


「キミノジュウモカタナモコブシモホノオモ、モ、ワタシヲコロスコトハデキナイ」


 言うや同時にまたもクラクを結晶に変える。


 だが今度も元どおり、前よりも早い。


 それでも変え続けるPへ、クラクは一歩一歩、近寄っていく。


 そして何度目かの結晶から復活すると、その手でPの頭らしい部分を掴んだ。


「デ、ドウスル?」


 問いかけに、クラクは無視して夜空を見上げた。


「ア、ナルホド」


 言うや、Pの体が光に包まれ、そして消えた。


 ……残されたクラクが、どさりと倒れた。


 ヒニア、思わず駆け寄る。


 うつ伏せで、それでも刀を杖に、震えながら立ち上がるクラク、限界近くまで消耗してるのがわかった。


 それでもヒニアは訊かずにはいられなかった。


「あいつは、どうなったのー」


 これに、クラクは夜空を指差した。


 見上げた先には、ほとんど糸のような、存在も忘れれてた月があった。


「どの、世界の、月にも、魔力がある。あるなら、流れも、当然ある。月光として、降り注ぐもの、逆に、大地から立ち、上るものも。その流れに、押し込んで、乗せてやった。縮地、外道法、月流し。今頃、やつは月面だ」


 切れ切れに言い終わるやクラク、盛大に吐き戻した。


 これほどまでに胃に入っていたのかという量、ドロドロのペーストから未消化の生肉、そして吐血となって、やっと止まった。


 醸し出される臭いは、ほとんど血だった。


「あの異形、真空状態程度じゃしなねぇが、まぁ、後回しにはなった」


 吐いてスッキリしたのか、それでも消耗は隠せず、むしろ悪化した顔色で、クラクは立ち上がった。


「で、あれはなんだ?」


 クラクが目線で指し示した先には、プラントがあった。

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