ワーカー・ビレッジ2

 常闇の時代、最も混乱を呼んだのが、深淵ナラカと呼ばれる存在だった。


 解析不能、魔法や宇宙人の実在が証明されてなおよくわからない存在、由来は外宇宙からとも異世界からとも言われているが、具体的なことは何もわかっていなかった。


 ただわかっているのは、その多くが人に害をなし、そして途轍もなく強いということだけだった。


 そんな中で『P』と呼称された個体は、かなり特殊だった。


 名前の由来は『プリズムprism』その体を構成するクリスタル状の物質からだった。観測した限りかなりの高硬度、だけども柔軟に曲がり、成分は不明だった。体の形は限りなく人型に近く、高い知性を伺わせ、何よりも行動がよく見られた。


 周りが服を着ているのを見るや自身も服を着るようになり、ドアをノックするのを見れば自身もそのようにした。飲食する機能は有していないが、それをマネする行動は見せ、チェスも十数局見ただけでおおよそのルールを覚え、CPU相手に圧勝する実力となった。


 会話も可能である程度のコミュニケーションもとることができた。


 これらのことから、えらい研究者たちはPを『人を理解するために送り込まれた観測機』と考え、特使として、大切に扱うべきだとした。


 しかし、やはり深淵ナラカ、危険な存在だった。


 アメリカ、ラスベガスに現れてから、民間、軍人、わかっているだけで五千六十八人が、Pの体を構成するクリスタルと同じ成分に変えられた。


 それも回避不能、原理不明、防御不可の即死攻撃、敵対する全てを触れもせずに無力化し、収容所を崩壊させると姿を消した。


 ……崩壊した収容所には、一つのインタビューが残っていた。


「人間をクリスタルに変えたのはなぜか?」


「カエテハイナイ。ユメヲカナエテルダケダ」


「それはどういう?」


「ナカデ、ノゾムユメヲミテイル。キズツケテナイ」


「なら解放してくれ」


「ソトカラハムリ、ナカカラホンニンガノゾメバスグニデラレル」


「つまり、彼らは望んでクリスタルでいると?」


「ソウダ。キミモタメシテミレバワカル」


「いや待ってくれ」


「キミノねがいモカナエヨウ」


 ……以上がインタビューだった。


 ◇


 止めることも逃げることも瞬きすることもできなかった。


 一瞬で、あっという間で、一秒もかからなかった。


 クラクは、結晶の塊となった。


 銃を向けてる両腕や刀なんかはちゃんとその形に出っ張っていて、何となくこうなる前の面影が残っている。


 強くてやばいクラク、それがなすすべもなく、こうなった。


 それは同時に、他の結晶も同じように人が変化したものだということでもあり、次はヒニアだということだった。


 ……どうしていいかわからなかった。


 あの一瞬、このPはただ手を向けただけだった。


 何かを飛ばした風には見えなかったし、当たった様子もなかった。


 それってつまり、そういう次元の攻撃ではなかったということ、ヒニアが逆立ちしても叶わない相手ということだった。


 ……だから、クラクを助けられない。


 義理も何もない危険人物だが、それでもこの島のために戦ってきた男、それを見捨てるのは、何故だかヒニアには引っかかってできなかった。


 それが、逃げるタイミングを奪った。


「サテ、ツギハアナタダオジョウサン」


 結晶の顔がヒニアを見る。


 思えばここまで色々見てきたけれど、相手に直接話しかけられるのは初めてで、それもあってか、声が出ない。


「オソレルヒツヨウハナイ。アノナカハゾンガイカイテキ、デナケレバハンエイキュウテキニシアワセヲエラレル。異世界転生ヲシッテルカネ?」


 声の代わりにヒニアは首を横に降る。


「ショウセツノイチジャンルダヨ。コチラノニンゲンガヒョンナコトカラファンタジーナセカイニオクリコマレ、スキカッテヤル、ソレダトモッテクレタライイ」


 結晶に表情などない。だけどヒニアには、そこに微笑みがあるように見えた。


 慈愛と、嘲り、どちらかまでは判別できない。


「ジブンヨリスグレタソンザイハナク、ヤルコトスベテガセイコウシ、ジャマスルモノハカンタンニケセル。サビシケレバソコラヲアルケバビナンビジョガヨッテクル。ジョセイハドレイジュウジンロリニキョウミガナイノダッタナ」


 何言ってるかわからない。ただでさえ聞き取りにくい音声、加えて早口で専門用語たっぷりで、だけどそれを指摘しても良くは転ばないと黙って聞く。


「マァ、ミタラワカル。キニイラナケレバカンタンニデラレルカラ」


 話が終わっていた。


「キミノねがいモカナエヨウ」


 Pがまた、クラクの時のように手をヒニアに向ける。


 それに、何もできなかった。


 願いは生きてこの島から出ること、叫びたいのにやはり声が出なかった。


 …………だけど、変化は訪れなかった。


「……オドロイタナ。コノジゲンデハハジメテダヨ」


 そう言って見た先、クラクの結晶に、ヒビが走った。

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