ワーカー・ビレッジ1
あとこの島で行ってないのはどこか?
クラクが残された軽食を、水とバナナとあと何かベトベトしたものを平らげれる間に考えて、ヒニアが思いついたのは、一箇所だけだった。
ワーカー・ビレッジ、島のほぼ中央、海から遠く、各施設に均等に近い場所にある、労働者専用の居住区画だった。
当然ヒニアの家もあるし、仕事仲間も友人もいる。何よりセレブが絶対に寄り付かない、ある意味で聖域のような場所、そこに部外者を案内することに、こんな状況であっても抵抗があった。
それでも、人質が集められる場所は、他に残っていなかった。
それをクラクに伝えると、バナナを頬張りながら部屋を出て、向かったのは緊急外来の方、まだ見てない奥へと進むと室内駐車場が、そして救急車が止まってあった。
緊急時にすぐ出られるようにか、鍵は刺さりっぱなしで、難なく乗り込むことができた。
それからのドライブ、簡単な道案内以外に会話がないのは同じ、道中ゴブリンを轢き殺すのも同じ、だけどもやはり疲労か消耗か、居眠り運転のような危うい場面がいくつかあった。
それでも、緑の丘に偽装した壁を抜け、ワーカー・ビレッジに到着した。
狭い間隔で並んでいるのは灰色の不格好なビル群、窓は最小、残りは配管と排熱と電線で埋まっていて、生物の静脈にも見えるこれらが、この島の労働者の住処だった。
中の間取りは大体一緒、一階は共有スペース、トイレにシャワー、それとテレビがあるだけの談話室、二階から上が居住スペースとなっていて、急な階段を昇れば暗くて狭い廊下で区切られた最低限の部屋、ベットとロッカーを置いたらほぼ埋まる寝るためだけの場所がぎっちりと詰まっている。
最低限のコストで最大限の人間を収容しようとした設計、そのくせ監視カメラはいくつも設置してあって、まるで刑務所、男女で別れているのが奇跡のような建物が。
そんなような建物が大半、それ以外にあるのはメニューが四種類しかない食堂と、制服と下着しか売ってない売店、コインランドリーに、島の歴史と資格の参考書しか置いてないプレハブの図書小屋、快適とは言い難い生活環境だった。
休みはほぼない。常にもっと上を求められ、できなければ首となり島を去る、過酷な職場で人の入れ替わりもかなり激しい。心身を病んで辞めていく人も少なくなかった。
そんな環境で働く理由、人それぞれだけど、その大半は給料のよさだった。
五年、十年耐えれば、残りの人生を引退できるほどの給与が出る。
当然、そのためにはそれに見合ったレベルが要求されるが、ここを終の職場と選び、がむしゃらに働くのがここでの風習だった。
……ヒニアは、ここが嫌いではなかった。
半強制的な共同生活、不自由が当たり前の環境、求められるものは大きく、だけど得られるものも大きくて、成功すれば夢や希望が待っている。
ヒニアにとってここでの生活は、学校生活の延長線上のような気持だった。
そんなワーカー・ビレッジ、最もリッチメンズアイランドらしくないこの場所が、今回の襲撃で最も変わってしまっていた。
◇
色は紫、半透明だけど曇りが強くて中まで見れない。大きさは縦横奥行き合わせて人がすっぽり入る程度、表面は平面が集まった多角形で、キラキラと輝いていた。
巨大な紫の結晶、それが其処彼処に置かれていた。
多くは道端、救いけれど出入り口付近にも、見上げれば屋上にもあって、数は数えきれないほどだった。電灯と僅な月明かりで綺麗に光って見えるのが逆に不気味だった。
加えて、バリケードの跡もあった。
食堂、積み上げられた椅子と机、割れたガラス瓶に焦げた跡から火炎瓶だろう。ナイフにフォークにスプーンに、ガラクタかおもちゃとしか言えないようなものも転がっている。
当然、弾痕も、血痕もあった。
島で唯一、ここだけが抵抗したかのようだった。
せめてもの救いは、死体がないことだった。
だったら生きているかもしれない、と思うと同時に、代わりのように並ぶ、あの結晶の正体がどうしても悪いものになってしまった。
思いを振り払いながら、ヒニアはクラクに続いて車を降りた。
当然、人の気配はない。
それを見渡しながらクラク、タバコに火を点ける。
一服、だけどすぐに舌打ち、苛立たし気に投げ捨てた。
そして歩き出す。
向かう方向はわかっているのか食堂の方へ、真っすぐだった。
ここの食堂は社員ならば二十四時間、無料で何かしらが食べられる。
ただしメニューはインスタントと缶詰とフリーズドライばかり、それらをセルフサービスで自分で取ってお湯入れて食べる。早い者勝ちだから大体激辛ラーメンばかりが残ることになる。
一時期、トレジャー・ボックスの消費期限切れ商品が流れてきて売買されてたこともあったけど、バッチリ見つかって連帯責任でここの人口が半分になったこともあった。
それでも、疲れて帰ってきて、セレブの目も気にせずがつがつ食べるジャンクフードは美味しかった。
……そんな食堂から、設置してあったバリケードを崩しながら現れたのは、明らかな、異形だった。
同時に危険なものだとヒニアは一目でわかった。
大柄な体格、軽く屈まなければドアを潜れないほど背は高く、バリケードの一部だった椅子を跨いで渡れるほどに足は長い。
服装はオシャレでカジュアル、紐の茶色い革靴に紺色のチノパン、灰色のタートルネックとここのセレブの男性みたいな恰好をしている。
ただし、その肌は結晶だった。
ごつごつと角ばった多角形、色は紫で、半透明な中に血管のように白い光が走っている。
頭部は完全に結晶、尖った先端を上に向けた塊に、正面部分に十字の傷、その間を白い光の点が一つ目のように動いていた。
結晶人間、作り物に見えるけれど、軽く透けて見える手がさも当然のように動いている。しかもその色は、そこかしこに落ちている結晶と同じに見えた。
友好的、と考えられるほどヒニアはおめでたくなかった。
そんな異形がのそりと現れて、そしてこちらに歩いてきた。
当然のように銃を抜き、狙うクラク、だけどもその顔には、今までにない焦りのようなものが、ありありと浮かんでいた。
「ふざけんな! Pがいるとか聞いてねぇぞ!」
怒鳴りながら四発ぶっ放すクラク、それでもその四発全てを結晶の頭に命中させた。
しかし、結晶は崩れず、歩みを止めることもできなかった。
「オチツキタマエ」
キンキンと響く、金属音のような声、同時にPと呼ばれた異形が右手をクラクへ差し向ける。
「キミノねがいモカナエヨウ」
そう言うのとほぼ同時に、クラクの動きが止まった。
……そこから、ヒニアの想像してたことが再現された。
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