サウス・ホスピタル4

 クラクの刀は当然、妖刀である。


 名を『屠豚』と言い、ほんの数十年前にに打たれた新しい刀だった。


 持ち主は歴史家かぶれのボンボン、暇とロマンにほだされ、特注させた刀だった。


 切れ味抜群、手にも馴染み、ボンボンは大満足だった。


 当然、ボンボンは辻斬りを行うようになった。


 貧困国へ遊びに出かけては、電気も通っていないような村を襲い、皆殺しにし、その刃を鮮血に染めた。


 しかしその段階では何も起こらず、ボンボンも惨殺に飽きて、大人になって、身を固め、過去を忘れ去ったころに常闇の時代が襲来した。


 そして訪れたのがクラク、これまでの臓器ビジネスを台無しにし、部下六人衆を血祭りにあげ、それでも止まらない進撃に、ボンボンは最後の武器としてしまっておいた刀を久しぶりに引き抜いた。


 ……その時も妖刀に放っておらず、ただの刀として、手にあった。


 その程度の武装、クラクの脅威にはならない。


 絶望に染まったボンボンが腹を斬って、ようやく刀は妖刀となった。


 以後、触れたものを操り、より多くを殺す呪われた刀として、クラクの手にあった。


 ◇


 止まった人形を押し倒し、進むクラク、その前に刀を持った人形が立ち塞がる。


 斬り合い、襲われる、予感に身構えるヒニアの前で、人形は膝をつき、そして刀を差しだした。


 それを当然のように受け取り納刀するクラクの姿は、一つ納得させた。


 きっとあの刀は呪われている。経緯は知らないけれど、使う人を乗っ取って多くの命を奪おうとする。そういう邪悪な刀だ。


 だとするならば、下手に操ったり、殺したりするよりも、クラクの手にあって手助けした方が多くが死ぬんじゃないか、そうあの刀は判断したのではないか、何も知らないヒニアの予測だったが、それでも納得させる説得力があった。


 懐からタバコを取り出しながらクラクは歩いて行って、転がるモルチオの頭にたどり着く。


 ぞっとすることに、頭は瞬きした。


 生きていた。


 喋れない様子だけそ、口を開け閉めしてる。頭で動く筋肉はそこと瞼だけ、なんとか転がろうともがくけど上手くいかないようで、ただゴロリと転がる、見せた切断面は白色でコーティングされていた。


 そんな頭を見下ろしながら、クラクはタバコに火を点けた。


 一服、それから声を上げた。


「あーそうか、アレ、ドアノブ殺してたな」


 忘れてたのを思い出し、一人納得した声で呟くと、転がる頭をサッカーボールのように思い切り蹴り飛ばした。


 モルチオの頭は、壁に反射し、天井で跳ねて、床に落ちて潰れて、今度こそ死んだ。


「……で、あと残るはどこだ?」


 疑問形、訊かれたのが自分だと、ヒニアは気がつけなかった。


「個人宅はない。港もドローンだけ、あの商業ビルもあの森も劇場もいなかった。それで病院も……」


 言葉を止めてクラクが足元を見る。


 足首、掴むのは手、切り倒されて動かなくなった人形の一体だった。


 同時に人形たちが騒めきだす。


 人よりも獣、獣よりも虫に近い動き、二重三重に重なり合い、一気にクラクを囲い。押さえ込む。


 物量による圧迫、刀に手を伸ばす隙も、タバコを吐き捨てる間もなく人形に覆い尽くされた。


 出来上がった人の山、それを背景に、モルチオの首のない身体が立ち上がった。


 そして転がる人形の一体から男の頭をもぎ取ると、無くした頭の代わりに乗せる。


 シュルリと白が溢れて接着、首を鳴らしたらもう繋がっていた。


「魔女って、首を刎ねなきゃいけないって決まりでもあるの?」


 声は男性、だけど話していく内に女性に、元のモルチオの声に戻っていった。


「確かに、頭は、脳は生物にとって最も重要な臓器の一つ、それがなんで首から先についてるか知ってる? 心臓とかと一緒で胴体にしまった方が安全でしょ? でもそれだと冷やせないの、わかる?」


 声が戻ると今度は骨の軋む音、背後からでもわかる、骨格が、まるで粘土をこねるみたいに変化していった。


「脳は人体で最もエネルギーを使うの。その分熱もたまりやすくなる。パソコンみたいにね。だから頭だけ飛び出てる。頭蓋骨で守りながらでも空気に触れさせて冷やしてるわけ。だけど脂肪を循環させてその熱さえクリアしちゃえば、お腹に頭が入るのよ」


 もう、完全に元どおりだった。


「私、失敗しないからね」


 そして人形の山に、また一体、燃えてるのが迫り、飛び込み、燃え移って、巨大な炎となった。


 熱風、天井が焦げ、電灯が割れ、なのにスプリンクラーは発動しない。


「これだけ熱いと首もお腹もないけどね」


 mDrモルチオ、チャーミングな言い方、これで始めてヒニアは、彼女が本当に血の貴族の一員なんだとわかった。


 この人も危険だ。


 逃げよう、思い一歩引いたヒニア、身の危険を感じてたからか、なんとも言えない第六感が、炎の山から、ぞっとするものを感じさせた。


 気がつけば壁際へと跳んでいた。


 シン!


 耳に刺さる静寂、耳にしたのは二度目、目にしたのは初めてだった。


 妖刀より発せられる過大な斬撃は、人形の山を、壁を、天井を、斬り裂き、間にいた再生モルチオを縦に割った。


 遅れて吹く釜風が青い炎をかき消した。


 今度こそ崩れる人形の中から、振り抜かれた黒刀、手に持つは煤と焦げ跡で真っ黒なクラク、言葉なく、代わりにまたも盛大に吐血して黒に赤を重ねた。


 それでも止まらず、刀を手放し飛び出るや、割れたモルチオの身体左右を右手左手で同時に捉えた。


「私、失敗しないからね」


 クラクがしゃがれた声で言い放つや両手より青い炎、燃え上がらせ、左右半身、同時に黒焦げにした。


 これで、モルチオは、身体も死んで、本当に死んだ。


「それで」


 燃えかすを捨てながらクラクが訪ねる。


「あとこの島で行ってないのはどこだ?」

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