サウス・ホスピタル3

 血の貴族の魔術には癖があった。


 血脈を大切にし、主に血と肉と虫と汚物を操るが、中でも血肉は特別で、より優れたものを喰らえばより力を増すと考え、実行し、実際に力を増していた。


 彼らの術を、モルチオは一端しか知らなかった。


 NPOを隠れ蓑にした彼らの狩り、弱者を狩る非道な行い、その中で生き残り、かつ彼らを観察し、その基礎を習得したタイミングで、抜け出した。


 わかったのは基礎だけ、だけど基礎さえ理解できれば応用は可能だった。彼らが嫌う柔軟で効率的な発想から、血の貴族とは異なる、亜流とも呼べる魔術を作り出していた。


 先ず魔力の増強のため、人を喰らう。


 しかしこれは必ずしも死肉である必要はなく、むしろ新鮮ならば生きたままの方が栄養価が高かった。


 その事実と、医者としての自分とを重ね合わせた結果、彼女がたどり着いたのが整形外科医、医療廃棄物、脂肪吸引だった。


 美しくはないが健康で、たっぷりのぜい肉、それらを生きたまま取り出し、捨てずに食べる。


 脂100%なので太る以前に消化しきれず、全部がトイレに流れ出るが、儀式的には問題なく、さほど禁忌を犯さずに力を蓄え、同時に手術の中で人体実験も行った。


 彼女が操れるようになったのは、やはり脂肪だった。


 体内に有り余っているぜい肉を操り、整形し、時には谷間に、時には腹筋に、形を整えるだけで馬鹿みたいに金が入った。


 ある程度技術が固まったところに税務署の介入、これを好機ととらえて次のステップへ、普通の外科医としても活動を開始する。


 血を手に入れるため、より多くの血液検査が必要な難病患者を対象とし、多くを呼び寄せるために価格を低くし、手広く多く、診察した。


 それから悪性腫瘍、摘出した臓器、メスにこびりついたくず肉、色々と食べれた。


 それとは別に、善人として感謝されるのも心地よかった。


 絶好調の人生、だけど下手を打った。


 血を飲むところを誰かに見られたのだ。


 そこからの襲撃、付け焼刃の魔術で撃退できたけどそれまでで、逃亡は悲惨だった。


 血の貴族からの助けは考えられない。裏に知り合いもいない。


 とにかく味方を、と魔術で人を操れるようになったのは偶然だった。


 ホームレス、殺して下水道に集めて、一個兵団、ぶつけることで三度の襲撃を生き延びた。


 ……リッチメンズアイランドにたどり着いたのは偶然、以前の患者と出会えたから、そいつの紹介で何とか潜り込めた。


 平和な暮らし、壊す必要もない。


 だけども不十分だった。


 まだ正式には住民としては認めらてはいない。


 だから


 こうして病院に篭れるから良いものの、下手をしたら死んでいた。


 ……いや、死んででもいいのだ。


 まだその程度、本物のセレブには届いていない。


 死ぬつもりはない。生き残る。


 そのためならば、相手が何者であっても容赦する気はなかった。


 ◇


 やはり、脂肪は良く燃える。


 青い炎、顔に叩きこまれただけなのに、一気に燃え広がって青い人型となる。


 バチバチと泡立ち滴る油、香ばしい香りにはヒニアも嗅いだお覚えがあった。


 それでも止まらない人形を、今度は蹴りでクラクが吹き飛ばす。


 先は談話室、出入り口に殺到してた塊にぶつかり、持ち直す前に燃え広がって、青い炎の壁となった。


 それに目もくれず、今度のクラクは拳銃を引き抜き、発砲した。


 狙いはモルチオの両隣、新たに表れた人形の二人の眉間だった。


「な!」


 余裕だったモルチオの表情に焦りが現れた。


 それを察したか、人形二体に他の人形が殺到し、眉間に穴の開いた首を力任せにもぎ取ると、誰もいない廊下の端へと投げ捨てた。


 そのすぐあと、弾痕からあの黒いのが這い出た。


「まぁ、ばれるか」


 愚痴るクラク、それでも発砲を続ける。


 これに今度は、人形が変化した。


 口、目、耳、穴から白い靄のようなものが広がり、弾丸を受けると、からめとって床へと落とした。


 摩擦か火薬の熱か、その白もジュクジュクと泡立っている。脂肪だった。


 脂肪は次々に現れては、クラクの弾丸を絡めて落として無力化し、あの侵食を押さえていた。


 そうこうしている間に背後に迫られる。


 クラクは躊躇なく拳銃を手放すと、空になった拳に炎を灯し、拳を振るった。


 吹き飛ばされる人形たち、燃えて、崩れて、だけども止まらない。


 消耗戦、スプリンクラーも動かない。このままでは、いずれ尽きる。


 焦りを感じながらも何もできないヒニアの前で、クラクは抜刀した。


 黒い刀、低い位置での一薙ぎで、燃える人形たちは足を失い転がった。


 開けた視界、だけど這いずる人形は止まってなくて、状況は変わってない。


 そんな中で、クラクは刀をモルチオ目掛けて投げつけた。


 真っすぐ、矢のように飛んでく刀、切っ先は違わず喉に、だけど、届かなかった。


 すぐ傍の人形、存外早い動き、手を伸ばし、刀身ではなく持ち手をもって、キャッチしていた。


「残念。だけど私の人形は失敗しないので」


 言い終わると同時に人形が刀を振るう。


 様になった動きで、周囲にいた他の人形を、真っ二つに薙ぎ切った。


 派手なアピール、思ってたヒニアの目の前で、刀を手にした人形が振り返ると、同時にモルチオの首を刎ねた。


 ……吹き出る鮮血が天井に当たり、滴り落ちて、それを合図に人形たちが動きを止めた。

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