ライアン・シアター4

 普通、人質は殺されない。


 逃げようとしたり逆らったりでもしない限り、犯人側は出来るだけ殺さないようにしている。


 そもそも人質を取る目的は、殺されるかもしれない可能性をちらつかせることで影響力を得ことにある。


 そこで殺してしまえば、可能性が消え、人質は減り、危機感が増して突入される危険性が高まる。


 それは救出側も同じで、迂闊なことをして人質の身に何かあれば、後で民事裁判で搾り取られることになる。


 だからどちらも、人質は殺さないようにする。


 だがクラクは違った。


 ただ殺す。


 人質など柔らかい壁でしかなく、攻撃を止める理由にはならない。


 むしろそれで攻撃が止まっているのならば、説教的に人質を殺すことさえあった。


 クラクはただ殺すだけだった。


 ◇


 バニーテロリストはヒニアの予想通り過激派だった。


 ロジャーヘアーの虐殺を女性の怒りと呼び、逃亡を聖戦と呼んで自分に溺れる思想犯だった。


 思想犯、と言えば聞こえが良いが、実際はオシャレ思想犯、暇を弄んだ大学生とかだった。


 彼らは声高に権利を叫ぶ一方、小金は持っていても、荒事の経験はなく、戦闘訓練など受けてない、ただネットで勉強しただけの素人だった。


 彼らの予定では人質で可能な限り時間を稼ぎ、言いたいこと言った後、投降して執行猶予を得ようと画策していた。


 そんなだから突入されて、頭は凍りついていた。


 それでも目の前の人質がいるからと辛うじて堪えていた最後が壊れたら、パニックしかなかった。


 叫びながら発砲するもの、だけど射撃を制御しきれず、カスリも出来ず、逆に反撃を受けて人質もろとも死んだ。


 人質を捨てて逃げ出すもの、クラクが逃すわけもなく脇腹や脇の下を撃ち抜かれ、血反吐を吐いて死んだ。


 人質の影に隠れて震えているもの、まだ辛うじて生きてはいるが、死ぬのまでは時間の問題に思えた。


 そして人質たちもまた、同じようにパニックに陥っていた。


 彼ら全員がセレブ、バニーテロリスト以上に素人だった。


 そしてだいたい上に書いたのと同じようなことをして、殆どが死んだ。


 クラクの敵はロジャーヘアーだけとなった。


 睨み合う二人、クラクは奥歯を噛み締めて厳しい表情、対してロジャーヘアーの表情は凍りついたみたいに無表情だった。


 そして先に動いたのはヘアーだった。


 ヒュォ、ヘアーが左手を大きく振るうと、劇場内は氷点下となった。


 舞台上で氷を踊らせるヘアーからは凍てつく冷気が辺り一面を雪景色に変えていく。


 壁、座席、天井、白い霜が走って輝かせ、世界の色を塗り替えていく。


 同時に空中に、その白い靄が集まって、何かを形作る。


 それが実体化する前にクラクは跳んでいた。銃撃を中止し、全力に見える疾走していた。


 その直後に氷柱が実体化し、先程までいた座席を叩き潰した。


 容赦のない打撃、それに止まらずそこから冷気が伸びて、地を這う影のようにクラクを追う。


 これから逃げるクラク、銃を構える余裕もなく、座席と座席とを飛び石に、まるで平地のように駆け抜ける。逃げの一手、だけども迂回しつつ舞台上へと迫っていた。


 距離を詰めて接近戦まであと少し、そこまで来て、その進行方向先に、ひょっこりとバニーテロリストが立ち上がった。


 残念な顔、残念な体型、辛うじて女性だとはわかるが、銃も持っていない。


 そしてその残念は、この現状をわかってない様子だった。


 その出現に、クラクは進行方向を閉ざされる。


 左右、飛び越える、引く、とりあえず殺す。


 一瞬の迷いの後、突進の威力を乗せた蹴りでひょっこりバニーテロリストの頭を蹴り砕き殺すクラク、だけどその間に追いつかれた。


 シュオン!


 アニメかゲームのような効果音、同時に凍てつく風にヒニアの目は眩む。


 瞬き、涙、視界が回復した頃には、クラクがいた場所に巨大な氷解が床より突き上げていた。


 だがクラクはいない。


 視野を動かし探せばいた。上空、クラクは殺したてのバニーテロリストを片手に、舞台上目掛けて跳んでいた。


 人を片手に持ってとは思えない大ジャンプ、だが隙だらけ、ヘアーが迎撃に出る。


 両手の平を押し付けるように突き出し、白く曇った風を叩きつける。


 対してクラクは死体を前に盾にした。


 接触、途端にバリバリと凍り始める死体、だがすぐに白い湯気を上げ、そして青い炎で燃え始めた。


 青い火の玉となって突撃するクラクに、ヘアーは諦め滑るように回避した。


 墜落、爆風、白い靄、スクリと立ち上がるクラクのシルエット、その動きにヘアーは防御のために氷の壁を作りに入る。


 が、障害物がそれを阻んだ。


 銃、サブマシンガン、先程まで連射してた熱々、投げつけられ、氷に触れて、湯気を上げて氷を凍らせない。


 その暖かいのか冷たいのかわからない白の靄の中を、黒が切り裂いた。


 クラクの投げた刀、黒の刃がまっすぐ突き抜けて、その喉に突き立てた。


 ……だが血は流れなかった。


 血がないからではない。切っ先が、喉を貫きながらも、そこで凍りつき、固定されていた。


 隙のない防御力、それを知っていたかのようにクラクは駆けていた。


 口を閉じ、それでも食いしばってる票場での、全力疾走、獣のように走りながらその両手は青い炎に燃え上がっていた。


 迎え撃つヘアー、両手を突き出しブリザード、小さな氷の刃がクラクの肌を傷つけ、削る。


 だけどもクラクは怯まず突っ込み、燃える両手てヘアーの両手首を掴むと、左右へ開いた。


 超接近、見つめ合う二人、こうしてみるとやはり小さなヘアーへ、クラクは唇を合わせた。


 ……突然のサプライズに、ヒニアは世界が少しだけ暖かくなった気がした。


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