ライアン・シアター3
インターネットの発達は、常闇の時代を作り出した。
マスコミを介さない事実伝達、膨大な文章データの共有化、ハッカーたちの戦場兼遊び場、宇宙人への多角的なメッセージ、これまで人類が扱えていた量の何百倍もの情報に簡単にアクセスできる時代となった。
そんな中、最も影響を与えたツールの一つに、ユーチューヴがあった。
言わずもしれた動画投稿サイト、デジカメの開発と携帯電話への搭載によりどこでも誰でも映像を録画できるようになった現在、それを世界中に公開するための場として世界最大規模の一つになっていた。
開けば日に数万というか動画、コマーシャルにプロモーションビデオ、素人芸やホームビデオ、ゲームのプレイ動画から事件事故の実況中継、中には誹謗中傷や映画泥棒もいたが、ここが明らかにした闇もあり、影響力は凄まじかった。
そのサイトにて、動画の投稿者をユーチューヴァーと呼び、そのトップレベルともなれば、一度動画を上げれば何万人もがすぐさま一斉に視聴し、下手な地上波よりも高い視聴率を稼ぐほどの影響力だった。当然コマーシャル目当てのスポンサーは集まり、新しいアイドルとして普及していた。
……そんなユーチューヴの中で、都市伝説として、ロジャーヘアーは登場した。
すらりと伸びた足、砂時計のようなクビレ、メロン二つの谷間に、折れそうな首、大きな黒い目に茶色い毛、そして軽くカールした長い耳、若干古臭い絵柄ながら可愛らしい、ウサギの女の子だった。
全年齢対象の彼女が登場する動画は、初めこそただのセル画のアニメだった。
内容は古臭く、背景がどこかの実写で、時折当たり障りのない自治ネタを入れるだけで、尖ったものもなく、一部のファンを獲得しただけで有象無象の動画の中に埋もれていった。
転機は、ライブだった。
セル画のアニメーションのライブ、物珍しさに少し増えた視聴者は度肝を抜かれた。
本来ならユーチューヴァー用のライブチャットを通して、アニメのキャラが反応したのだ。それもただの会話だけでなく、こちらの言う通りに動く、手を挙げてと頼めばノータイムで反応するし、即興のダンスにも対応できた。
まるで現実にいるかのようなヘアーは、瞬く間に人気となった。
そして人気がピークに達した時、彼女は現実に現れた。
年末チャリティに握手会を開く、大きなニュースだったが、そのままに受け止めたのは子供だけだった。
声優か、巨大スクリーンでの握手だろうと予想されていた。
だけど当日、ファンはまたも度肝を抜かれた。
ロジャーヘアーが本当に現れたのだ。
会場での彼女は確かに、三次元の世界に存在した。見た目は薄っぺらいのに厚みがあり、実際に触れることができる、実物だった。
現実世界に現れたアニメのキャラ、原理や正体は不明ながら、常闇の時代に現れた明るいニュースとして、ヘアーは新たな種族『
空前のブーム、世界で最も人気のウサギと彼女はなった。
……転落は、続けていたライブのチャットからだった。
「あなたはレズビアン?」
セクシャルな質問に、彼女はやんわりと否定したが、過激派は許さなかった。
世界的人気者をレズビアンの旗印とすることでの地位向上、もっとのらしい建前の上で激しいネット攻撃が始まった。
激しい質問責め、いくらヘアー本人が否定しても「嘘はいいから真実を」と取り合わず、普通のファンには噛み付き、挙句に彼女をレズビアンに変える署名運動まで勝手に始めた。
この状況に、ヘアーは表舞台に姿を現さなくなった。
……そしてあの動画が流れた。
偽のチャンネル、偽のアカウント、内容も酷かった。
支配されていた彼女が、魔法の力に目覚めて男たちを、ついでに男の味方をする女たちもついでに虐殺する。
酷いコラ映像だった。
ファンは一目で偽物とわかるクォリティ、絶賛するのは過激派だけ、明らかな偽動画、誰も信じなかった。
その動画が忘れたあくる日、彼女が数ヶ月ぶりに表舞台に立った。
難病に苦しむ子供たちのためのチャリティコンサート、その場で彼女は動画の通りのことを実行した。
◇
ヒニアには、恐怖よりもまだ喜びの方が大きかった。
本物の有名人、ロジャーヘアーがすぐそこにいる。
今は白いワンピースドレス、装飾のないシンプルなコーディネート、光のない眼差しから冷たい印象しか受けない。
これが本当の彼女だとヒニアは思っていない。
むしろ周囲のバニーテロリスト、恐らくは過激派だろう人間どもが、一番の害悪で、彼女も被害者だと思っていた。
……急にキャラが変わったのは、洗脳説が有力だった。
ただでさえよくわからない
真偽はともあれ、ヘアーに関する一切の動画は消されてないのは信じる人が個人レベルでない証拠だろうとも思っていた。
そんな彼女が目の前にいる。
人質を取って、テロリストとして、敵として、クラクの前にいる。
やっと大変なことだとヒニアは気が付いた。
クラクは二階席の端より身を乗り出し、下を見下ろしている。
手には銃、銃口はヘアーへ、止めなくてはとヒニアは駆け出した。
それと同時に、ヘアーもまた、クラクを見上げていた。
視線の交差はほんの刹那、その後にクラクは銃を向け、ヘアーは右手を翳した。
そして引き金が引かれるのと同時に、ヘアーの目の前に氷の壁がせり上がった。
銃声に砕ける音、氷の壁にヒビが入る。だけどもすぐさま新たな氷が産まれて重なり、通さない。
『百合の氷』と呼ばれる、あの偽動画で得てしまった力だった。
その力を、ヘアーは左手でも操る。
大きな動作で円を描くと、凍てつく風がヒニアとクラクの頰を撫でた。そして次には空中に氷柱が育ち、放たれた。
正に魔法の攻撃に、クラクは下へと飛んだ。
交差するように二階席に突き刺さる氷柱、破壊とともに広がって一帯を氷に閉じ込める。
その横をすり抜け続いて下を見下ろすヒニアが見たのは、変わらず銃を乱射するクラクだった。
座席の背もたれと背もたれ、前後を踏みつけ、銃は右手はヘアーに向け、左手は出入り口側、待ち伏せしていたバニーテロリストたちへ連射する。
足元から悲鳴、それもすぐに収まると、クラクは銃口両方を舞台上へと向け、連射を揃えた。
「待て! この人質の姿が見えないのか!」
舞台袖側のバニーテロリストが叫ぶ。
そちらへ、返事をするように、クラクは銃口を向けた。
氷の壁より大きくそれた乱射は、バニーテロリストを、手間の人質もろとも撃ち殺した。
大パニックとなった。
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