ライアン・シアター2

 歯を見せ笑うライアンの顔を象ったドアノブ以上の困難もなく、クラクとヒニアは劇場の中に入れた。


 入ってすぐはやたらと広い待合室、天井が高く、そこに光源が張り付いているから光が遠くて暗い。


 廃墟かと思わせる内装は、外観を無視したアメリカ開拓時代の酒場風だった。


 ニスを塗った木目、丸椅子にポーカーテーブル、角に酒樽、壁には動物の剥製の首が並び、その間には時代考察を捨てた普通の自動販売機が稼働している。


 ヒニアの知ってる西部劇の酒場は、寂れてて差ほど広くないイメージだが、ここはアホみたいに広く、いっそ酒場の建物ごと建てた方が自然ではないかと、素人考えながら思えた。


 そんな中で、満面に笑みで出迎えられた。


「「「「ようこそライアン・シアターへ!」」」」


 派手に賑やかに登場、彼らの格好もまた場違いだった。


 黒のハイヒールに黒の網タイツ、黒のエナメルなボディコンはハイレグで、手首には袖とカフスボタン、首にチョーカー、そして頭にはカチューシャが、その上にはフサフサな白ウサギの長い耳が跳ねていた。


 バニーガールのバニースーツ、腹ただしことにサイズはピッタリで、余計なたるみも食い込みもなく、ヒゲを含めたムダ毛処理も完璧、肉体も鍛えれていて、顔も悪くない。


 正直、これが女性向けの大人のお店なら、ヒニアは悪くないと思ってしまった。


 イケメンによる友好的に見える出迎え、だが彼らは、ストラップで首から腰に、サブマシンガンを吊るしていて、人間の耳にもインカムが見える。


 バニーボーイ、いやバニーテロリストか、にこやかな歓迎ムードの中にも棘のような警戒心が感じられる。


 そんな男らが左右に四人ずつ、ズラリと並んで出迎えているが。


 彼らの出迎えに、クラクは銃を抜き、発砲した。


 あっという間のことだった。


 まず一番前の二人、笑顔のまま死んだ。


 次の二人、驚いた顔で死んだ。


 その次の二人、咄嗟に銃へ手を伸ばすも銃口向ける前に死んだ。


 最後の右、引き金を引けたけど壁を撃つだけで死んだ。


 最後の左、手前の一人に隠れて一発目は躱したけど、その後三発撃ち込まれて死んだ。


 八人、全員が顔を撃ち抜かれて殺された。


 ……本当にあっという間だった。


 人質もいるとか、話し合いができそうとか、ウィットに富んだ会話とか、そういうのを全部無視して、クラクは殺した。


 手慣れた、まるでただの作業みたいな一方的で野蛮な殺戮にヒニアは引く、を通り越して呆気にとられていた。正確には、あっという間すぎて頭が恐怖とか感じるところまで届いていなかった。


 フリーズしてるヒニアの前で、クラクは死体を漁る。


 真っ先にインカム、耳から引き抜くと細いワイヤーで頭のカチューシャまで繋がっていた。それをためらいもなく、クラクは耳に入れ、カチューシャをつけて、うさ耳を立てた。


 それからサブマシンガン、四つを引き剥がし、それぞれ残弾やら稼働やらを手早く確認すると、二つを首から吊るして左右の腰に、二つを手にした。


 最後にタバコを取り出し煙を吹かせば、バニークラクの完成だった。


 ……恐怖の兎男は、一服、大きく煙を吸い込むと、吐き出して、火の点いタバコを吐き捨てた。


 それから右足の踵で強く床を拭くと、もぞりと、死体が動いた。


 八人、今さっき顔を撃たれた元バニーたちは、その死因より、あの黒い何かを蠢かせながら、バニーゾンビとして、引きずるように立ち上がった。


 そして命じられてもないのに奥へと、赤い血の足跡を残しながら歩き出す。


 その足跡をさらに踏みつけ、クラクも続く。


 ゾンビの行進、クラクは作り出すのをヒニアは何度も見てきた。


 だけど原理不明、ヒニアにはこれが呪術なのか魔術なのかそれ以外なのかも判別できなかった。


 ただ、あの拳銃で撃ったら黒いのがへばりつく、それがゾンビにする、までが限界で、かつそれ以上は知りたくもなかった。


 肝心なのは自分が撃たれないこと、撃たれないで綺麗に分かれることだとは考えていた。


 人質救出、その後彼らと合流して、どこか安全な場所に誘導するタイミングがベスト、ヒニアはそんなことを考えながらクラクの後に続いた。


 待合室を抜けると空港を思わせる飾り気のない、殺風景で事務的な受付とゲートに着いた。ここでやっとボディチェックが入るらしい。


 それを超えると正面と左右に分かれる道、さらに左右には上下の階段もある。劇場らしく、席は段々になってるらしい。


 ゾンビたちは真っ直ぐ進み、クラクは左の階段を登って、ヒニアもその後に続いて登る。


 また同じような風景、奥へと進むと赤くて布張りのドア、当然ドアノブはライアンだった。


 この先が劇場だろう、ヒニアが予測した途端、階下から銃声が響いた。


 軽く連続した音からクラクが奪ったサブマシンガンと同じ銃からだろう。重なり合ってて一丁だけではない。それと重なって聞こえる悲鳴、男女合わせてそこそこの数いるようだった。


 ヒニアでもここまでわかる騒音に、クラクは一呼吸置いてから目の前のドアを蹴破った。


 風を巻き起こす威力、だけど音は銃声に紛れてほとんど聞こえず、ドア向こうで待ち構えていたバニーテロリストたちは一瞬反応に遅れた。


 クラクが全員殺すのに、その一瞬で事足りた。


 虐殺の向こうにはずらりと赤い座席、ここは二重構造になってる客席の上の方、二階席のようだった。


 こちらの方が良い席なのだろう。まだ入れてもないヒニアにも舞台の上がよく見えた。


 幕の上がった舞台上、ズラリとバニーテロリストが横一列に並んでいる。


 下でゾンビになったのと同じような格好、当然サブマシンガンで武装している。ただしこちらには女性の姿もちらほら見えた。


 その前には人質たち、両手を頭の後ろで組んで、膝たちで、恐怖の顔で客席を見つめていた。


 そんな舞台の上に、ヒニアの知ってる顔が二つあった。


 一つはドアノブよりもだいぶとスマートになった、ライアン・アルティメット・ジュニア、人質の一人として真ん中にる。


 そして、もう一人は、初めて実物を見るも、見間違いようがなかった。


「ロジャー・ヘアー」


 クラクが名を呟いた彼女は、まさしくアニメの実写だった。

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