ライアン・シアター1

 あれは夢だったと、ヒニアは思いたかった。


 だけども体に染みついた焦げたプラスチックの嫌な臭いが嫌でも現実だと示していた。


 あの地獄、炎の中でもだえ苦しみ、断末魔を上げる光景は悪夢としか表現できなあった。


 相手がいかに化物であっても、焼き殺すことはなかったんじゃないかと思う。けれど、それを口に出す勇気もまた、ヒニアにはなかった。


 それに比べてクラクはもう忘れたかのように、これまでと同じだった。


 トレジャー・ボックスとナチュラル・サンクチュアリとの間を結ぶ道の真ん中、電灯の灯りの下に、乗り捨てられた高級車の一台、ボンネットの上に座り、タバコを吹かしながら、空になったマガジンにどこからか取り出した弾丸を込めなおしている。


 大きな体でチマチマとした細かな作業を夢中でやっている姿は、ギャップもあってヒニアには可愛らしくも見えた。


 それを差し引いても、いよいよクラクについて行って良いのか、わからなくなった。


 ……あの大炎上、燃え広がる炎に吹き荒れる熱風、立ち位置が良かったから助かったものの、下手をすれば巻き込まれてヒニアも死んでいた。


 逃げられると思って火を付けた。そういう風には見えなかったし、その後もこうして側にいるにもかかわらず無事を確認する素振りもない。


 いてもいなくても同じだと思われている。ならば流れ弾のないどこかに隠れていた方が良いのではないか?


 そう考えながらヒニアはクラクが最後の一発を込めて、銃に装填するのを見届けてしまった。


 逃げるタイミングを逃していた。


 ボンネットから降りたクラクは、ヒニアの前に、そして何かを言おうとした矢先、不快なノイズが島中に響き渡った。


 何事かと構えるクラクとは別に、ヒニアはこれが全島防災無線だと気付いた。


 そしてやたらと古臭く、陽気な音楽が流れてきた。


「やぁみんな! ロジャーヘアーの時間だよ! ロジャーヘアーの時間だよ!」


 甲高い、甘ったるい感じの声、子供風に聞こえるけれどどこか大人な感じ、まさしくの声だった。


 それと名前、二人には聞き覚えがあった。


「侵入者のみんなー! 人質処刑の時間だよ! 人質処刑の時間だよ! 場所はライアン・シアター! 今から三十分後に第一号ちょん切っちゃうよ! 侵入者のみんなー! 絶対見逃さないでね!」


 有名人の登場に、そしてその内容に、ヒニアは驚いた。


 ロジャーヘアー、世界で最も見られた剥奪者ハグレ、この国の大統領を知らない子供でさえ、その名を知っている。


 初めはユーチューヴァーで、次は地上波のニュースで、一時期声を聞かない日は無いほどに、大流行だった。


 そんな有名人が、この島に来ている。


 ……実のところ、現状、この島がどの程度の脅威に晒されているのか、ヒニアは知らない。


 だから代わる代わる現れては殺される悪役が、後何人残っているのか、何が目的なのかも知らないでいた。


 それらをある程度知っているクラクは無口で、余計な説明を一切せず、ただ命令するだけで、情報の共有というものができてなかった。


「今のシアターってどこだ?」


 また命令、だけど内容に少し驚いた。


「行くの?」


 思わず出た質問に、クラクは不機嫌な顔を返す。


 質問を質問で返すな、そう言っていた。


「……ライアン・シアターはトレジャー・ボックスまで戻って、そこからセントラル・スクェアを少し横切った先よ。特徴的な建物だから行けば一目でわかるわ。でもこれって」


「罠だと?」


 クラクの、怒ってるようでそうでも無いような返事に、ヒニアは頷いた。


「あぁ間違いなく罠だ。敵がわんさか待ち構えてる」


「だったら」


「だが。それに呼ばれた。行かない理由がないだろ?」


 言ってクラクは、歩き出す。


 方向はトレジャー・ボックス、本当にライアン・シアターに向かう足取りだった。


 ヒニアは意外だった。


 クラクは、人質など考えてなくて、ただ悪役を殺すマンでしかないと思っていた。だから人質とか考えないで、できれば島ごと全部焼き尽くそうとする、怪物だと思っていた。


 だけど、人質を助けに行く。最低限のモラルはあるらしかった。


 なら、まだ付き合えるとヒニアは判断した。


 危ないのはどこも同じ、ならば少しでも良いことをしようと、クラクの後ろについていった。


 ◇


 真っ平らなコンクリートの広場、電柱と電線に沿った先にポツンと立つ目立つ建物、ライアン・シアターはダサかった。


 どれほどか、白い外壁に赤のネオンサインでデカデカと『ライアン・シアター』と、建物上と四面各出入り口にわざわざ書くほどにダサかった。


 白く見える壁には見えにくい灰色でびっちりとアルファベットが並んでいて、そうと気がつかなければ汚れにしか見えない。しかもこの壁は微妙に沿っていて平らではなく、不安を煽る。


 そこに監視カメラ、壁の半端な高さに唐突に取り付けてある。必要なのはわかるが、白地にくっきりと目立つ黒色で、しかもさほど高級感の見られない普通のカメラなのが考えられてない感を醸し出していた。


 中も酷いと聞いているが、入場料だけは島に似合った値段で、しかも会員制ともなれば、ヒニアに入れるチャンスはなかったし、入ろうと思うこともなかった。


 何もかもが高級品で埋め尽くされているこのリッチメンズアイランドで、ここまでダサい劇場が建てたのは、やはり権力からだった。


 ライアン・アルティメット・ジュニア、この島で一二位を争う金持ち、その職業は金持ちに産まれたことだった。


 祖先は不動産や石油などで財を成した偉人だが、その溢れんばかりの遺産は、子孫代々がいくら浪費しようとも逆に増えるほど、異次元の額だった。


 そんな彼が、何の気まぐれか、デザイナーになると言い出した。


 そのための訓練や学校、資格などは全部不要と全て省略し、彼は言い出した瞬間にはデザイナーになっていた。


 そして各地に思い通りにデザインした建物を量産した。


 それがいかに酷くとも、子どもの工作であっても、評論家はべた褒めしたし、それがいかに欠陥住宅で、何人死のうとも、誰も咎めようとはしない。そして忖度から、価値を示す報酬が、血税から支払われていくのだった。


 ……そのデタラメはこの島でも通用した。

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