ナチュラル・サンクチュアリ4

 激突は一瞬だった。


 クラクの横薙ぎの一刀、対して捻瑠が繰り出したのは右手の貫手突きだった。


 五本の指を丸めて拳に固めるのではなく、真っすぐ揃えて突き出す変則打撃、習得には拷問に等しい鍛錬が必要となる。そして収めたところで、人体の柔らかい所を狙うにとどまるのが精々、クラクはそう読んでいた。


 異形とは言えども指は指、ぶつかり合うのが金属の刃となれば、勝敗は明白、なはずだった。


 しかし、負けたのはクラクだった。


 刃が指先に触れた瞬間、抑えがたい力をもってクラクの手から刀がもぎ取られた。


 飛んでく刀、ヒニアのすぐ足元に刺さるのとほぼ同時に、威力の落ちてない貫手がクラクに到達した。


 感触は刺さる、ではなく抉る、それもごく浅く、だった。


 刀で減退したかと緩んだ瞬間、クラクの体は弾き飛ばされていた。


 まるで交通事故のような衝撃、加えて天地が消えるきりもみ、意識が追いつく前にクラクは頭を下にして、偽物の木に背中から激しく打ち付けられた。


 一瞬の敗北だった。


 遠心力で手足に押し込まれた血液が戻るのに合わせて浮かび上がる全身の激痛、ガタガタの関節、胸の傷は筋肉痛に近い痛みを発している。


 だが動かせる。戦闘不能ははるかに遠かった。


 これは偽物の木が柔らかなプラスチックだったから、大きくしなることで衝撃を弱めた幸運からだったとも、クラクはわかっていた。


 ずるりと滑り落ちるようにたわんだプラスチックからずり落ち、それでも体を捻って足から着地した。


 この島で一番のダメージ、その引き換えに、クラクは緑螺子真拳の一端を掴んでいた。


 激突の瞬間、クラクが目にしたもの、それは刀の切っ先に触れた捻瑠の右手中指が、捻じれだった。


 そう捻じれたのだ。


 肩、肘、手首、そのどれでもない、いやそれらも捻じれていたが、インパクトの瞬間、中指だけがほんの少しだけだが、右に開店していたのを確かに見た。


 人体にはない、最早どこにどう力をこめればそうなるのかも想像できない動き、それが異形ゆえか鍛錬ゆえか、とにかくそれがこの威力を産んだのだと、クラクは悟っていた。


 一方の捻瑠も、今の一撃で殺せなかった事実に、クラクの実力を見切った。


 今の技は『空竜すくりゅう』緑螺子真拳における中位の攻撃技だった。その気になれば車を浮かす一撃、これで殺しそこなったのは、捻瑠がこの姿になって初めての経験だった。


 想定外の相手を目に、次の動きを慎重にさせた。捻瑠は距離を詰めず、沢山ある眼で様子を見る。


 それを隙と取ったクラクは、銃を引き抜き、発砲した。


 まるで機関銃のような、ためらいも容赦もない乱れ撃ち、だけどもそれらは一発残らず正確に捻瑠の体目掛けていた。


 それらを、見切ることはこれほどの目を用いれば難しいことではない。


 だが捻瑠は見切った上で己の優位性を示すため、あえて回避ではなく防御を選んだ。


 響き渡る低収音、言葉で表現できないが確実に聞こえる空気の波、産み出すのは捻瑠の全身だった。


旋万せんばん』四肢を動かさず、その場にて左右へ震えるがごとく捻り、捻ることで肌に触れる一切を弾く高等防御技だった。


 加えて、捻瑠の全身にある目玉も弱点に成り得ていない。本来の眼球も、角膜を構成するのは骨と同じコラーゲン、決して弱い部位ではない。それを体の動きに合わせて捻り、捻ることで防御を高めている。激痛など既に超越していた。


 伝統と異形の合わせ技、輪郭を崩さず残像を作る神業、クラクの銃弾など当たり前のように弾いて見せた。


 それを目に、だけどもクラクは発砲を止めない。だが動揺か、命中率は格段に下がっていた。


「無駄だ小僧」


 捻瑠が煽る。


「いくら魂なき豆鉄砲を撃とうとも、我が肉体、我らが緑螺子真拳は不屈よ」


 挑発は余裕の表れだった。


 このまま何百発撃ち込まれようとも、体力も眼球も持ちこたえられると見積もっての言葉だった。


 それはクラクにもわかりそうなこと、だけども発砲は止まず。終に全弾撃ち尽くした。


 当然、捻瑠にダメージはなかった。


 それがより捻瑠を饒舌にする。


「終わりだな。今度は、こちら撃つ番だ」


 言って捻瑠、全身の捻じれを解いて、両手をだらりと力なく垂らす。


 そして両手の親指と人差し指の間にある目を見開く。青い瞳の、長いまつ毛の女の目玉がぱちりと瞬きするや、それぞれがポロリと一滴の涙を零した。


 透明な雫は重力に従い下へ、指先へ流れる。


 その煌きが親指の爪に乗ると、人差し指を巻き付け、引っ掛けて、ビッ、と音を立てて弾いた。


 カイン!!!


墓流屠ぼると』通常の指弾に指の捻じれも加えて威力を跳ね上げた奇襲技、小石を用いれば十階以上ある建物への狙撃も可能な一撃、それが涙に変わったても、威力はライフル弾だと自負していた。


 しかし、目論見通りにはいかなかった。


 クラク、反応し、左手の銃のバレルで受けて弾いて防いて見せた。


 弾丸弾き、戦闘における速度の指針、銃弾に対して反応できるかどうかは実力を測るのにちょうどよい指針だった。


 クラクはそれをなせる。改めて面倒だと捻瑠は思い、ならば門下生で削るかと考えていた。


 ……それでようやく、捻瑠は、周囲の異常に気が付いた。

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