ナチュラル・サンクチュアリ3
ヒニアはクラクの側にいられたことに感謝した。
人工の森に犇めく異形たち、これが昼まであってもその恐怖は百分の一も減らなかっただろう。
それさだけの恐怖の存在に、クラクはこれまでと変わらずニ丁の銃を撃つ。
発射ごとに暗い木陰が明るく瞬き、異形のどこかに穴が空いた。
恐れ知らずの命中率、変わらずのクラクは今もヒニアには頼もしく見える。
だけども、弾丸は思っていたよりも効いてなかった。
正確には、異形へのダメージが安定しなかった。
ある異形には三つの頭が束なった所へ二発も撃ち込んだのに止められず、出血もわずかで変わらず迫ってくる。
また別の異形は腕のない肩に掠っただけで派手に出血し、傷口を押さえて進撃を辞めた。
人体の急所、動脈や内臓、脳に心臓、当たれば即死となる重要なパーツが、本来あるべき場所にないのだとヒニアは見切った。
外見だけでなく内部まで作り変えられた異形、それらがさほど数も減らさずにすぐそこまで迫っていた。
恐怖から一歩引いたヒニア、それを合図にしたみたみたいに、銃声が止んだ。
「弾がもたねぇ」
愚痴りながらクラクは銃をしまうと刀を引き抜いた。
闇に溶ける黒の刃、構え終わる前に最前線の異形が跳ねた。
一瞬だった。
ヒニアは目を離してもなければ瞬きもしていない。なのにその急加速、急接近に反応すらできなかった。
飛びかかる異形、二本を繋げて二倍の長さに延長した足が胸から生えてる一つ目に、だけどもクラクは斬撃を繰り上げていた。
右下から左上へ、右手一本からの斜めの一刀、しかしそれは途中で止められる。
受けられたのではない、受け止められたのだ。
真剣白刃取り、足に比べて普通の両腕が、にも関わらず尋常ならざる速度で手と手を合わせ、股下に迫る黒刃を挟んで捉えていた。
高い反射神経、運動能力、それらを差し置いてヒニアの脳に強烈に残ったのは、技だった。
この異形、武術の心得がある。
それがどのような意味なのか、ヒニアが思案する間に異形は仕掛ける。
放たれたは蹴り、両手で刃を挟んだまま、右足を上げての前蹴りだった。倍の関節が連続駆動し弾丸のように加速されたつま先が狙うはクラクの喉、遠心力と脚力の乗った一撃は、横から見てるヒニアには残像しか捉えられなかった。
これにクラクの空いてる左腕は間に合わなかった。
ガブリ。
変な激突音、アニメのような音、鋭かった蹴りが、
クラクは己の牙で、噛み付き捕らえて止めたのはクラクの牙と顎、迫るつま先を齧って受け止めたのだった。
ちらりと見せた、異形の人のような顔には驚きが見えた。
異形さえも驚かせる蛮行、その牙を剥がそうと噛みつかれてる足を引く。
それをと手伝うように、クラクは首を捻り、大きく頷いた。
ブジリ。
足長の異形が絶叫を響かせる直前、ヒニアは足先を食い千切られる音を確かに聞いた。
溢れる鮮血、痛々しい噛み跡、無残にも足を食い千切られた異形は刀を放すや残る無事な足で跳び跳びクラクより距離をとった。
刀の届かない距離まできてへたり込み、傷口を押さえる異形を前に、他の異形も困惑してるのがヒニアには伝わった。
当然だろう、とヒニアは思う。
人ではない異形の血肉を、噛み付き捕らえ、食い付き千切る。
どのような毒が、呪いが、病原菌がいるかもわからない相手の足を躊躇なく口に入れられる精神、ヒニアの理解を超えている。
クラクもまた、人に似ているだけの異形だった。
ドン引きするヒニアと、異形たち、その目線を無視ししてクラクは崩れかけた体勢をたてなおすと、口の中のつま先をすぐそこの木へ吐きかけた。
血と肉と皮と骨と爪、食い千切られたつま先の残骸、粒の残る挽き肉、吐き出し赤に滴る口でクラクはニヤリと笑った。
「おい、捻れが足りないんじゃないか?」
嘲りの言葉に異形たちが騒めく。だけど前に出ようとするものは皆無だった。
クラクが一歩、前に出れば、同じ以上の距離を異形は引いた。
人の形をしたクラクが、人ではない異形たちを圧倒する、これこそゲームだとヒニアは思った。
それを前に、嬉しそうに刀を構え直すクラクは正しく子供だった。
……と、急にクラクが上を見上げる。
釣られてヒニアを見上げれば月、そこに重なる小さな点、動いているようで、人のようで、落ちているようで、その落下地点がここだと気がついた時には手遅れだった。
ずうううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅんんんんん!!!
地面を揺らす衝撃、臓腑まで響き渡る爆音、ヒニアとクラクの目の前にあった偽物の木を踏み潰し、夜空より降ってきたのは、新たな異形だった。
すくり、と立ち上がった背丈はクラクより頭二つは大きい。唯一まともな頭部は長い白髪と白髭で覆われていて、唯一見えている眼光はやたらと鋭い。その頭がやたらと小さく見えるほど体は過剰に大きく、筋肉質、できの悪い合成写真のように見えた。服は赤い
そして、その肌には、まるでイルミネーションのように、眼球が、見開いていた。青、黒、緑、赤、茶色、あらゆる人種の瞳の色、瞬きしながら周囲全面を見渡していた。
目一杯の目玉、しょうもないことを思い浮かべることしかヒニアにはできなかった。
対して、その目の異形は、どの目にもヒニアの姿は映ってないらしく、顔を怯んだ異形たちへと向ける。
「敵の実力も測れない愚か者ども、わかった途端に逃げ出す臆病者ども、勇んで出かけてなんたる様、貴様らそれでも緑螺子道場の門下生の端くれか」
渋みのある強い声、さして大きくもないのに耳にしたヒニアや異形たちを萎縮させる力があった。
だが一人、変わらぬ男がいた。
「緑螺子真拳正当伝承者、マスター
現れた異形の名を呼び、クラクは刀を構えた。
答えるように目の異形、捻流も向き直る。
二つの目と数多の目が、睨み合った。
そして、二人がぶつかるのにさほどの間もなかった。
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