トレジャー・ボックス2

「げひひ! まずは俺からだ!」


 前に進み出た一番小柄な男がカードを撒く。


 数は三枚、それぞれひらりと舞って、床に着く前にふわりと広がり、モンスターが実体化した。


『お手頃ラット』『チープりす』『お安いマウス』どれも軽コストモンスター、序盤に大量展開して押しつぶす速攻戦術でよく見るモンスターだった。


 モンスター三体、どれも犬より大きな獣たちは主人の小柄な男からの命令も待たずに突っ込む。


 これに、クラクは素手で挑む。


 足を噛みに来たお手軽ラットを蹴り殺し、ジャンプしてきたチープりすの尾を空中で掴むや、続いていたお安いマウスへ叩きつけた。落ちて動かなくなったお安いマウスを踏み潰しながら、両手はグッタリしてるチープりすから首を引き千切る。


 瞬く間に三体はひき肉となった。


 軽コストは出しやすいがそれ故に弱い。それでも野生動物の狼程度の危険度はある。それを、素手で、躊躇なく、八つ裂きにされ、小柄な男は恐怖に強ばった。


「どけ」


 その代わりに前へ出る大柄な男、既に『パワー上げる』『タフネス良くなる』使用していた。


 自身強化戦術、モンスターに頼らず、魔法カードでファイターの能力を底上げし、超人として叩き潰す。弱点であるファイターで戦うという諸刃の戦術だった。


 後は『オートリカバリー金平糖』を食らえば完成、そう心の中で数えた大柄な男へ、クラクは首を亡くしたチープりすを投げつけた。


 そこらに血飛沫を巻きながら回転して飛んでくる屍、当たれば致命傷かもしれないが狙いが明らかに外れてる。


 大柄な男は避けも庇いもせずにオートリカバリー金平糖を口へと運ぶ。


 その背後で、出っ歯な男のカードが静かに発動していた。


『ミサイル絶対お返し』あらゆる飛び道具を一度だけ魔方陣で捉え、放った相手へ十倍の威力で弾き返す、事前設置型魔法、カウンター戦術の基本カードが、クラクの投げたチープりすに反応し、発動していた。


 空中に展開する赤色の幾何学模様の真ん中に固定されるチープりす、瞬きさえも間に合わない刹那の後に反射が発動し、投げたクラクへとお返しされる。


 だがその前に、クラクは横へ一歩、動いていた。


 反射先は百八十度固定ではない。投げた相手が移動したならな、移動した方向へ自動で狙いを変える。間に何があろうとも、例え能力強化中の仲間が立っていようとも、だった。


 そして返される十倍速、勢いに耐えきれなかった屍はバラバラの破片となって打ち出され、オートリカバリー金平糖を食べたばかりの大柄な背中をズダズダに引き裂いた。


 クリティカル、ぐしゃりと崩れた大柄な男、そこから流れ出る血を見ていて、出っ歯な男はクラクは次にチープりすの頭を投げつけてくるのに気がつけなかった。


 ぐしゃり、歯と歯がぶつかり合うキス、衝撃に首の骨が折れて出っ歯な男も死んだ。


「げひぃいいいいいいいい!!」


 叫ぶ小柄な男、両手からそれぞれ『フライングすずめ』『生きてるバルーン』二体同時に呼び出しに入る。


 が、それらが実体化仕切る前に、外開きに伸びたクラクの両拳が、二体を霧散させた。


 そのまま伸びてきた両手に、小柄な男は頭は挟まれて、ゴボリ、と押しつぶされて死んだ。


 ……そして一番奥の、女が一人、残った。


 正面には『無理心中サボテン』が、棘だらけの体で突っ立っている。


 発動までのコストと時間がかかる代わりに、発動できれば逃れられない強烈な一撃を与える長期即死戦術のキーカード、この完成までの間、三人が女をガードする。四人組の必殺コンビネーションだった。


 それが、カードも持たない札なしに。破られた。


 産まれて初めて腰を抜かし、へたり込んで、足の間を暖かく湿らせて、それでもカードだけは手放さないで、だけどもやっぱり何も考えられない女の元へ、クラクはゆっくりと歩み寄る。


 途中、血で汚れた両手を振るい、血飛沫をより広げながら、呼吸は乱れもしてなかった。


「あいつは、どこだ?」


 クラクの質問、威圧する眼差し、目の前に立たれても、女の舌は縺れて動かなかった。


「ブルーバベル、四天王の最期の一人、来てるんだろ?」


 クラクの尋問に、女は辛うじて震える指で真上を指差した。


 その先を追って見上げるクラク、首の関節を一度コキリと鳴らすと、いきなり右足を上げ、そして女の左の足の甲へ、叩き落とした。


 ボゴン、破裂したかのような骨折音、硬く太いはずの足首を砕かれ、女は声にならない悲鳴を上げる。突如の激痛に、最後まで握っていたカードを投げ捨てその足を押さえる。


 そんな動作がまるで存在してないかのようにクラクは腰を曲げ、左手を伸ばすと、まだ無事だった女の右足の足首を掴み、逆さに吊り上げる。


 足をバタつかせ、両手を振り回し、悪態にも似た悲鳴を上げて、だけども女はクラクを止めることができなかった。


 足首を両手でつい編み直すと、野球のバットか、木こりの斧のように振りかぶって、クラクは女を無理心中サボテンへ叩きつけた。


 爽快な打撃音が地下に響き渡った。


 ……一度召喚されたモンスターは、例え死んでも屍は残る。


 亡骸が消えるのは、ゲームが終わるか、カードの効果か、あるいは使い手のファイターが死ぬかのどれかでなけれな残り続ける。


 ……クラクがベキベキに折れた女を投げ捨てると、ゲームも終わってないのに、そんなカードの効果も発動してないのに、屍は四つだけになった。









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