トレジャー・ボックス1
最低限の柱、たっぷりの光源、ずらりと並ぶガラスケース、トレジャー・ボックス地下の食料品売り場は、売ることよりも楽しませることを主眼にデザインされていた。
そもそもセレブは、煩わしい買い物を使用人にやらせる。
ざっくりと好みを伝え、買い出しに行かせ、気に入らなければ首を斬る。
なのでここにわざわざ足を運ぶのは、料理が趣味か、何か特別なイベントのためか、暇つぶしか、全部暇つぶしだった。
それでもいつ来客があっても失礼のないよう、過剰なほど掃除して、いつもならチリ一つ落ちてない店内が、今は色々と汚れていた。
崩れた商品、落ちてるカバン、脱げた靴、幸いにも血痕や亡骸は見当たらなくとも、ただ事ではないとは見て取れた。
しかし、すでにいくつもの屍を超えてきた二人には、特に思うことはなかった。
階段を降りたところでヒニアを追い抜き、前に出るクラク、敵に警戒してるのかともい見ていると、一度鼻を上げて引くつかせるや、真っすぐ大股で突き進む。
カラフルな野菜、煌くワインボトル、香ばしいパンの焼き窯を通り過ぎ、生きた魚の泳ぐ生け簀だけはちらりと見て、立ち止まったのは当然のように精肉店だった。
並ぶのは当然一級品、それもこれもブランドものだった。
豚、鶏、牛、羊、鹿に兎、最高の状態で、リブロース、サーロイン、フィレ、ハート、レバー、骨に脳、切り分けられて、売られている。
そんな肉のつまったガラスを一枚、クラクは叩き割ると、中よりレバーの塊を引っ張り出し、吊り上げると、そのまま上に開けた口に受けて申し訳程度に噛み、飲み込む。そうしてひたすらレバーとハートを喰らい続けた。
これがクラクの食事だった。
マナーも何もなく、せめて火を通せよと思うヒニアだったが、すぐに彼が鬼だったと思い出す。ならば、これが彼ららのマナーなのかもしれない。
そう思えても、食欲は一切わかなかった。
そうこうしてる間に、あっという間に棚の一段を空にすると、クラクはゲップを吐きながら袖で口を拭う。
そして思い出したかのようにヒニアを見る。
「水はどこだ?」
「あ、ワインはあちらで、ジュースなら」
「水は、どこだ」
……棘のある言い方は、嫌な客を思い出させた。
「ただの水でいいなら、そこに蛇口があるわ」
指差した先にはガラスの向こう、従業員が手を洗うための簡易的な手洗い場、それがかなり低い位置にあった。
皮肉のつもりで言ったのだが、クラクはその蛇口へ直進すると、身を屈め、口をまた上に向け、溢れ出た水道水をがぶ飲みし始めた。
クラクにはブランドも何もないのだろう。
獣がごとく、喰らい飲んだクラクは、満足したのか蛇口から口を放し、袖で拭う。
「なんとか間に合ったか」
一人、呟くとクラクはヒニアを突き飛ばす勢いで奥から出てきた。
そして睨む。
その先には、黒いローブの四人が、音もなく並び立っていた。
「げひひひひ。札無しが、いきりやがって」
「油断するな。少なくとも銃と刀を持ってるぞ」
「そちらはマロが抑えるでおじゃる」
「あんたたち、くっちゃぺってないでさっさとおやり!」
最後の女の声を合図に、四人がローブから頭と、左腕を露にする。
その腕には、銀色に輝く腕輪が、そこにはタバコの箱のような金属がでかでかとあった。
それに、ヒニアは見覚えがあった。
同時に危険を感じで隠れるのとほぼ同時に、四人が叫ぶ。
「「「「レデェ! ファイト!」」」」
声に合わせ、左腕の箱より、大きな動きでカードを引いた。
◇
『
世界最強のカードゲームだ。
登場は常闇の時代とほぼ同時で、パックを剥いて任意に選んだカードでオリジナルの束、デッキを組んで戦う、非常に戦略性と独自性を発揮するゲームとして、世界に新たな旋風を巻き起こした。
折しも、治安の悪化により外で遊ぶことが難しくなった子供たちのおもちゃとして、また異文化コミュニケーションの新たな道具として、社会のニーズともかみ合い、深く広く浸透した。
しかし、このカードゲームもまた、常闇の産物だった。
何気なく描かれた紋章、ルール上意味のない文面、さらにアニメや漫画から広がった挨拶や決め台詞が、モンスター召喚や魔法発動の儀式であり、一定以上の実力を有したものが、ルールに従い使用した場合、カードは実際の破壊力を有する武器となった。
そのことに気が付けたものはほぼおらず、世間がそれに気が付いたころには手遅れになるほどに広がっていた。
そしてカードを操るもの、カードファイターたちは二つに分かれた。
危険な存在とわかっても、それでもカードを競技として、モンスターを友として、正しくあろうとする『ライトサン』は子供たちで構成されていた。
対してカードを武力として、モンスターを道具として、邪悪な本性を隠しもせずに暴れまある『レフトムーン』はいい年齢した大人たちが中心だった。
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