パラダイス・ターミナルからトレジャー・ボックスへ

 ヒニアが見てないところで、なんだかよくわからないうちに巨大ロボット二台を倒したクラクに、かける言葉が見つからなかった。


 ただ戻ってきて、辺りを一瞥して、一言もなく歩いて行ってしまうその背中を追いかけるのが精一杯だった。


 その動きに怪我や疲労は見えない、気がする。ただ凄い爆発や銃声から心配にはなる。


 けど、例えそれで傷ついていたとしても、止める勇気など無かった。


 それで無言のまま、たどり着いたのは管理センターだった。


 船の発着に出入島の手続き、コンテナ含めた荷物の管理もやっている場所、とは知っていたけど、セキュリティーの管理もここだとはヒニアは知らなかった。


 それは同じはずのクラクはどんどん奥へ、打ち破られた扉を潜り、殺された警備員を踏み越え、吐き出すのを我慢するヒニアに振り向きもせずたどり着いた部屋は『監視室』とあった。


 中にはいくつもの画面にパソコンに機械、キーボート、どれが何だかヒニアにはさっぱりだったが、それでも元からあった機械と外から持ち込まれた機械が並んでいるとはわかった。


 それらを前に、クラクはタバコを吹かす。


 思い切り紫煙を肺に満たし、存分に吐き出して、それからタバコを加えたまま、一つのパソコンの前に座った。


 カタリカタリと拙いブラインドタッチ、だけども何を入力すべきかはわかっているらしく、つっかえることは一度もなかった。


 そして最後にエンターを叩き、次に画面と叩いて砕いた。


 突如の暴力、癇癪かと思うヒニアに、クラクは立ち上がってタバコの煙を噴きかける。


「腹が減った」


 ぼそりと言われて、ヒニアは食われると思った。


「島の食料はどこだ? ここにはないんだろ?」


 言われてほっとしつつ、考える。


「……食料品などはここで検閲を受けた後、全て中央のトレジャー・ボックスに送られるの。そこから各家庭に配送されるのが普通ね。この状況なら、配る前へ向かった方が確実でしょうね」


「そこに案内しろ。トレジャー・ボックス。建物か?」


「ビルよ。すぐそこなので、歩きで行ける距離ね」


 クラクは黙ってタバコを室内に投げ捨てると、顎で外への扉を指した。


 屈辱的な命令のされ方、だけどもヒニアには慣れたもので、それに逆らって余計な敵を作りたくない、と素直に従った。


 ◇


 港から伸びる道をまっすぐ中央へ歩けば、すぐにトレジャー・ボックスは見えた。


 遠くからでも目立つデザインはどこかの有名な建築家によるものだとヒニアは聞いていた。


 十階建てのビルは正方形、全面ガラス張りだが中が見えるのはそれぞれ四面の真ん中に走る外が見えるエレベーターだけ、そして屋上のオブジェと合わせれば、外見は巨大なプレゼント箱だった。


 リボンに見えるオブジェやエレベーター周りは季節によって色が変わり、今は黄色に光っていた。


 綺麗な風景、ただ、そこへ至る道は汚れてる。


 壊れた車、死んだ人、それに群がるゴブリンはクラクが殺す。


 戦場を思わせる道を無言で進んで、一階へと入った。


 不思議なことに、そこまでゴブリンがいたにも関わらず、中は荒らされてない様子で、少なくとも臭くなかった。


 がらんとした、真っ白い空間、受付と奥への扉とエレベーターだけの入口、ここにはそこらのデパートにあるような案内板がない。代わりに、お客様一人一人にコンシェルジュが付き添い、対応する。


 ここでのお客様は全てVIPなのだ。


「で、どこに食い物がある?」


 背後からのクラクの声に振り返る。


「お食事処ですね?」


 はたりと、反射で出てしまった声にヒニアは遺文で驚いていた。


「あ、あたしは、ここの店員なの!」


 この状況、恥ずかしがるようなシチュエーションではないが、声が裏返ってしまう。


 それに興味なさげに、クラクはタバコを取り出す。


「ダメ!」


 今度は意図的に強く言う。


「この建物は全面禁煙、それ以前にちょっとした煙でも過剰なほどスプリンクラーが弾けます」


 事実だった。


 実際、ヒニアがここに務めて三回、びしょ濡れになった。


 これに、クラクは舌打ちしながらもタバコをしまう。


 そして、早く何か食わせろとヒニアを睨んだ。


「食べ物があるのは、四か所、いえ五か所ね。下から地下がいわゆる食品売り場、一階の裏が従業員用の安いの、その隣に配送用の一時集積場があって、そこの扉入ったところにカフェ、最後に最上階にレストランよ」


 言い終わる前にクラクはカフェへと入っていた。


 その後を追おうかヒニアは一瞬迷ったが、その間に中から破壊音が響いた。


 何かが割れる音、液体が流れる音、そして見るからに不機嫌になって、クラクは戻ってきた。


「まさか、全部ベジタリアンだとかないよな?」


 想像通りの反応に少し吹き出しそうになるも、クラクの表情は本気で怒っているようなので、ぐっとこらえる。


「それではご案内させていただきます」


 いつもの職場の調子で、ヒニアはクラクを地下へと案内した。

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