セントラル・スクェア1
縮地とは、大地に流れる力の本流の地脈に足を踏み入れ、その流れを利用し高速で移動する術である。
流れ自体はそこにあるものを利用するため、利用する側はさほどの労力もかからないが、流れ自体をコントロールできるわけではないので、狙った場所に行くにはそこへ通じる流れを見極める技術が必要とされる。
当然、リッチメンズアイランドはそれに対して防御策を取っており、島周辺には地脈自体が流れていなかった。
それでもクラクが到達できたのは、途中まで流れに乗り、残りの部分を無理矢理こじ開けたからであった。
◇
夜。
静まり返った十字路の真ん中に青白い閃光が瞬くや、クラクの姿が実体化した。
黒い髪は短く、黒い瞳は充血に囲まれ、整った顔立ちは固く力む、忿怒に歪む美形の日本人といった風貌だ。
ただし額に二本の角、彼の種族は鬼である。
身の丈は二メートルに迫り、引き締まりつつも太い肉体は屈強だった。
その身を覆うは黒光りするボディスーツ、ぎちりと縛り付けるそれは首から上と手首から先を残して全身を拘束し、まるでボンテージのようであった。
その上に同じ素材のガンベルト、そこに黒塗りの刀を帯び、それらを隠すように腿半ばまで届くコートを羽織っている。
奇抜な格好、だが動きに支障はなく、クラクはゴキリと首を鳴らしながら周囲を見渡す。
周りは十字路の四角、それぞれに大きな屋敷があった。ただしそれらは常時ではなかった。
クラク正面は青白いバリアに包まれ、右は巨大な蔦が周囲をくねり、左は黒い靄がかかっていて、背後のはそこに建物があるという事実以上を認識できない幻術がかかっていた。
どれも一流のセキュリティである。
その中に引き篭もる人の気配を感じながらも、クラクはコートの内側から紙タバコを引き出すと口に咥え、そして右手の中指を一本立てた。
ポ。
灯ったのは青い炎だった。
魔力を薪に、感情を熱に、暗く燃える炎は『鬼火』だった。
触れれば魂も蝕まれるとも言われる青でタバコに火を点けると思い切り吸い込み、クラクは肺を燻して吐き出した。
それから、持ち込んだ武器を確認する。
先ず銃、ガンベルトに収めた二丁、異世界で作られたオーダーメイド、マガジン式マシンピストル、小口径で銃身が二十五センチ、重さ四キロ弱、フルオート射撃とセミオート射撃の切り替えが可能で、グリップの底や銃身の下には打撃戦を想定した突起が付いている。
装填数はそれぞれ十三発、魔力と怨念を込めた特注品が詰まっている。
予備の弾倉はコートの内側にいくつか、そちらは確認せずに銃をしまう。
次に刀、引き抜くまでもなく妖刀、長さ一メートルと六十センチ、重さは六キロと軽く、その分刃は薄い諸刃作り、刃は赤黒い闇色、軽く振るうと落ちる粉は乾いた血鉄だった。
それを右手片手で上から下へ、振るう。
風切り音は、悲鳴だった。
それもしまい、最後に取り出されたのは、一つのスタングレネード、殺傷力は低く、代わりに光と音で意識を奪う、人質救助用に用いられる、この世界で作られた武器だった。
それを数度、握り直すと一歩踏み出し、安全ピンはそのままに、ぶん投げた。
方向は正面、結界、接触と同時に弾け飛んだ。
閃光。轟音。
常人なら網膜も鼓膜も傷つく威力に、しかしクラクは身じろぎひとつせず、タバコを吐き捨てると二本目を取り出した。
そしてまた肺を燻しているクラクの背に、声をかけるものがいた。
「あなた、救助の人?」
クラクが振り返った先に立っていたのは、一人の少女だった。
年は十五か六か七か、背は百六十センチに届くかどうか、長めの赤い髪を後ろで束ね、広いオデコと細い眉をあらわにしていた。大きな目に茶色い瞳、中々の美人だが気の強さがありありと伝わってくる。
服は大きすぎる白のTシャツに小さなすぎる青のホットパンツ、靴は白いスニーカーだった。
捕まり損ねた人質の一人だろう、そう見定めるクラクの鋭い視線に一瞬怯みかけるも、それでも一歩も引かずに前へ出た。
「他にも来てるの? 救助されるのはいつ? 応援は? さっきの光は合図? あなたは偵察? まさか敵じゃないわよね?」
立て続けに繰り出される質問に、クラクの返答は、べ、とその足元にタバコを吐き捨てることだった。
侮辱、敵対、苛立ち、様々読み取れるが共通するのは好意的ではないということ、これを前に、それでも少女は引かずに足元のタバコを踏み消した。
引かない姿勢、見せつけられ、クラクは黙って右手で銃を抜いた。
「……ちょっと」
ようやく一歩引いた少女、だがクラクは見つめるのは十字路の先、遠くより迫る二つの光、迫る車だった。
ピンク色のワゴン車、ロゴマークから個人のものでなく配送か何かのものだと予測できる。
運転するのはゴブリンだった。
それ以外に乗ってるのもゴブリン、助手席も、後ろも、その間も、天井の上にも引っ付いて、開いた窓にも箱乗りして、合計二十人、小さな体をより縮めて乗り込んでいた。
そのフロントガラスへ、クラクは迷わず発砲した。
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