第5話

 酷い人です。こんなこと人に言われたのは初めてです。人と話したことはほとんどないですけど・・・それでも初めてです。こんなに悲しいのは・・・

 そんな初めての感情にどう心を持ってゆけばよいのかわからぬまま走り出してしまい今現在、迷子になってしまった冷は何をどう辿ったのかあの公園の前に立っていた。

 そう言えば洋次と会ってからの時間は忘れていたがほんの数日・・・とすら呼べないほど短い時間だ。自分でも本当はもっと長い時間を洋次と過ごしていたような気がするほどにいろんなことが次々に起こった。友達だってできた。しかし洋次を怒らせてしまった。そんなつもりは無かった。冷自身も速水と話したのはそれほど長い時間ではないが少なくとも倉庫にいたような怪しい人間の話題に出るようにはとても見えない。だからこそ洋次にこの事を話したくて仕方がなかった。不安を一刻も早く解消したかったのだが洋次が冷の気持ちを察することができるほど長い時間は過ごしていない。

 「これからどうしよう・・・」

 洋次の家に帰れば問題は無いのだがとてもあの後に顔を合わすのは気が引ける。といっても他に行くあてもない。

 「こんなところでどうしたの?冷ちゃん」

 まさかこの街で自分の名を呼ぶ人がいるとは思わず飛び上がりそうなほど驚きながら振り返る。思わず自分の冷気を抑えきれずに相手にぶつけそうになるがなんとか踏みとどまる。

 「さ、幸子さん。どうしてここに?」

 自分を呼んだのはさっき別れたはずの幸子だった。

 「私は速水君の家からの帰りここを丁度通るんだ。真奈美には近づかない様にって言われたんだけどこの道が一番明るいし人通りもあるからね。それに私もさっきはやめようって言っときながら何だけど気になっちゃって。で、冷ちゃんは?」

 「私は・・・」

 どうしよう、速水のことを言うべきだろうか。だが洋次と同じように彼女を怒らせてしまうかもしれない。折角、友達になれたと思ったのに・・・。

 冷が困った顔をしながら話すべきか悩んでいると

 「冷ちゃん!今日、ウチに泊まりに来ない?私、もっと冷ちゃんとお話したいし」

 「えっ、でも・・・」

 急な申し出に戸惑ってしまい上手く返事ができない。必死に頭を動かし

 「そそそんな!悪いですよ」

 「いいから行こ!三輪君には後で連絡すればいいんだし」

 つい昼までの幸子とはうって変わってやけに積極的だ。不思議に思いながらも行くあてのない冷は幸子の言葉に甘えることにした。

 「あの・・・よろしくお願いします」

 「気にしない、気にしない。私が勝手にやってることだから」

 そう言われ少し安心した冷は幸子に手を引かれながら公園の中を通り抜ける。行くあてが決まり安心したことで思い出す。そうだ洋次とのこと私がみんなに話さなかったことをどうするか考えなくてはそう思い足を止め幸子に声を掛ける。

 「あの・・・実は・・・」

 「冷ちゃん。帰ったら一緒にお風呂入ろう。それからご飯食べてその後ちゃんと聞くから」

 そう言われてしまうと何も言い返せない。ここは幸子の言う通りにしよう。

 彼女の家は公園を抜け少し大きな通りを行ったところにある。家にたどり着く頃には辺りは真っ暗ではあったものの住宅街ということもあり明かりが並んでいてそれほど気にはならなかった。

 「ただいま。今日、友達連れてきたんだけど家に泊めてもいいかな?」

 「別にいいけどもっと早く言ってくれればご馳走作ったのに」

 あっさりと了解を出すあたりおおらかな家だなと思いつつ中に入る。

 「お邪魔します。大神冷と言います。今日は急に来て申し訳ありません」

 「いいわよ、気にしなくてこちらこそ何もできなくてごめんなさいね。綺麗な子ね。こんな子クラスにいたかしら」

 「最近、こっちに越して来たんだって。ほら三輪君って知ってるでしょあの子の親戚だって」

 「そうなの。へー幸子と仲良くしてやってね。じゃあお母さんご飯作るから先にお風呂でも入っちゃいなさい。沸いてるわよ」

 「はーい、冷ちゃん一緒に入ろう」

 中川家に受け入れられほっと緊張が解れたのか大事なことを思い出す。

 「い、いえ私、一人で入れるので・・・先に幸子さんが入って下さい」

 「えー一緒がいいよ。だめ?」

 「そんなことは無いんですけど・・・」

 困ったこのままでは正体がばれるか溶けてしまう。それだけは避けねば。どうしようかと悩んでいると助け船が入る。

 「幸子、冷ちゃん困ってるじゃない。狭いお風呂なんだし先に入って貰いなさい」

 「残念・・・次の機会に取っておくか・・・冷ちゃんお風呂こっちだよ。タオルはここのを使って。あと下着は私ので良ければこれ使ってくれればいいから」

 着替えを渡され脱衣所で服を脱ぐ。危なかった・・・何とか助かった。中に入ると暖かい湯気が浴槽から立ち込める。冷はそれには見向きもせずシャワーを冷水に合わせ頭から浴びる。

昨日は洋次に悪いことをした。確かに洋次にしてみれば冷水風呂に入ることは冷が今、この熱い風呂に入るようなものだ。冷としてはじゃれているつもりだったのだが洋次からはそうは見えなかったのかもしれない。

 「やっぱり婚約者設定は無理があったかな・・・」

 そんなことをぽつりと呟きながら少し塩の味がするシャワーを浴び続けた。

 

 

 「ご飯できたって」

 冷が出た後、幸子がお風呂に入っている間、彼女の部屋で漫画を読んでいた冷はその声を聞きリビングへと足を運ぶ。席にはすでに彼女の父が席についており母親が料理をよそっていた。

 「初めまして、大神冷です。今日はありがとうございます」

 「話は母さんから聞いているよ。三輪君の親戚だってね。幸子とは仲良くしてやってくれ。しかし珍しいな、うちに泊まりに来る友達なんて真奈美ちゃんぐらいだからな」

 「そうかな?何人かは来てるけど。冷ちゃんこっち座って」

 幸子に促され彼女の隣に座る。

 「じゃあみんなで食べましょうか」

 「「いただきます」」

 声を揃え箸を取る。三輪家とはまた違った風景だ。

 「冷ちゃんは前はどこに住んでたの?」

 「北の方です。すごく雪が多いところで」

 「そうなんだ。私、寒いのは苦手なのよね」

 「母さんの場合、暑いのも苦手だろうが」

 その後も質問攻めにあいながら食事が進んだ。冷も答えられる範囲でできるだけ答え彼女にとっては新鮮な時間だった。

 

 

 「で、お風呂も入ってご飯も食べたことだし。本題、聞こうか?」

 「部屋に入ると幸子が聞いてくる。ただ威圧的では無く冷の聞いて欲しいという気持ちを察しながら本当に優しい。こんな子達と一緒にいる速水を疑ったことに罪悪感を感じるほどに。

 「実は・・・」

 帰りに起きた洋次との喧嘩の内容、最初は速水のことをぼかして話そうかと考えたのだが喧嘩の理由の説明が難しいことと幸子なら話しても大丈夫だろうという安心感から全て話すことにした。

 「なるほどねー」

 話を聞き終え少し考えた後、幸子が自分の意見を話し始める。

 「まぁあの二人、仲いいから三輪君が怒る気持ちはわからなくはないけどちょっと大人げないよね。それにしても速水君の名前がその人たちから出てきたってのは気になるよね。かといって私も彼が何か悪いことに首を突っ込んでるようには思えないしなぁ。ほんの数日会ったばかりの人の秘密を聞いちゃったら誰だった混乱するよ。それがどんな内容であれ、でも大丈夫じゃないかな。三輪君、確かに真奈美が言う通りヘタレなとことかあるけどやるときはやると思うしそんないつまでもネチネチ言うような人じゃないからさ。これ本人には内緒だよ」

 いたずらっぽい顔をしながら冷に笑いかける。

 「それにしても幸子さん昼間と何だか違う人みたい」

 「呼び捨てでいいよ。そうかな?まぁ周りがあくの強い人たちだからね。真奈美といる時なんかはこんな感じだよ」

 「そうですか。分からないものですね」

 「当然だよ。何年も一緒にいても分からないことは分からないんだから、たった数日で相手の全てを分かろうってのは傲慢だよきっと」

 「傲慢ですか・・・確かに人と接する機会が私、ほとんどなかったから知らず知らずのうちにそんな考えになってたのかもしれませんね」

 「そんなに冷ちゃんの学校は生徒少なかったの?」

 「えぇ・・・まぁ・・・」

 「今日はぐっすり寝て明日、お互い謝ればいいんじゃないかな。それでおしまい。ついでに速水君も呼んで話を聞こう!ね?」

 ウインクをしながらいたずらっぽい目で見つめられ思わず冷の顔にも笑みが浮かぶ。

 安心したのか思わずあくびが出たその時、幸子の携帯が鳴る。

 「もしもし、どうしたの真奈美。えっ?冷ちゃんならうちでお泊りしてるよ」

 もしかすると洋次が探しているのかもしれない。そう言われてみると連絡を忘れていた。電話を替わろうかと思ったその時

 「えっ!三輪君が病院に運ばれた?どういうことそれ!うん、分かったすぐに冷ちゃん連れて行くよ」

 洋次が病院に?一体何故?折角、落ち着きを取り戻した頭がまた混乱する。

 「冷ちゃん!とにかく病院に行こう」

 幸子に言われるまま手を引かれ階段を駆け下りる。

 「お父さん車出して!」

 テレビを見ながらくつろいでいた父親は驚いた様子で訳を聞く。事情を説明するとすぐに車に乗せられ電話で聞いた病院へ駆けつける。



 病院に着くと玄関で真奈美と速水が2人を待っていた。

 「こっちだ」

 「洋次さんの様子は?」

 冷が尋ねると

 「大丈夫だ。頭を誰かに殴られたらしいんだが犬の散歩で通りかかった人に助けられたそうだ。幸い出血はあったものの傷はそれほどでもなかったっておばさんが言ってた。今は病室で寝てるって」

 「そうでしたか安心しました。でも襲われたって・・・」

 「あぁそこが問題だ。もしかするとあいつが見つけた石に関係があるのかもしれない」

 「こっちよ」

 2人に連れられて洋次のいる病室へと案内される。すると中から声が聞こえてくるのが分かった。

 「痛い!痛いから!」

 その声に思わず全員が飛び込むように中へ入る。

 「洋次さん!」

 「あれ?みんな揃ってどうしたんだ?」

 不思議そうな顔をしながらこちらを見つめる洋次に全員の緊張の糸がプツリと切れる。

 「どうしたじゃないわよあんた。みんなあんたが襲われたって聞いて駆け付けてくれたのに。お礼言いなさい。こんな遅い時間にわざわざ来てくれたんだから」

 洋次の横に座っていた姉がみんなの考えていたことを代弁してくれる。

 「心配したんですよ。それなのにどうしたは酷いですよ」

 冷が泣きそうな顔をしているのを見て思わず目を逸らしてしまった。

 「とりあえずみんなが来てくれたみたいだから私、母さんたちのところに行ってくるね。あとお願いね冷ちゃん。あと3人もありがとう、こんなばかのためにわざわざ来てくれて」

 そう言って部屋を姉が出て行ったのを確認してから洋次は口を開いた。

 「悪かったな。心配掛けて」

 それを聞いて中川が突然、速水を押しのけて前に出てくる。

 「それだけじゃないでしょう!聞いたんですからね全部、冷ちゃんからちゃんと謝って仲直りしてください。ほら、冷ちゃんも」

 「あの・・・ごめんなさい、何も知らないのに無神経なこと言っちゃって・・・」

 消え入りそうな声で冷が謝ってくる。速水と小林が何のことだと中川の方を見ているがその中川は洋次に早く謝るよう促してくる。

 「悪かったよ・・・ついカッとなってさ。でも頭ぶん殴られてちょうどいい具合に冷めてさ、親と姉ちゃんに説教されてる時、思ったんだ。お前がどんな気持ちだったとか、俺に嫌われるかもしれないってのに勇気出して教えてくれたのに・・・ほんとごめん・・・」

 「まぁそれぐらいで許してあげましょう」

 なんだかいつもと違う中川に戸惑いながらもすっきりしたのもあってか笑いがこみ上げてくる。

 「話が見えんがそろそろ教えて貰ってもいいか?」

 「そもそもこの短時間にあんたたち喧嘩してたの?」

 速水と小林の問いかけに事情を知っている3人の顔が再び凍る。

 「最初にいくつか言っておくけどこの話はここにいる私たちだけでひとまず共有すること。それから三輪君と違って大丈夫だと思うけど何を聞いても怒らないこと。約束して2人共」

 真剣な眼差しで中川に言われ2人の顔つきが変わる。小さくうなずいたのを見て冷と洋次は話し始める。喧嘩の原因でもある冷が倉庫で聞いた名前を挙げると小林は案の定、驚いていたが速水の方は少し眉を動かしたものの特に声を上げること無く淡々と話しを聞き続ける。



 「なるほど、俺が疑われるのは当然だな。その判断を冷ちゃんにしろって方が無理だろ洋次、お前が悪い」

 「あんた自分が不審者と間違えられたのに冷静ね。まぁそんなことで怒る三輪はどうしようもない馬鹿だけどさ」

 あくまでも冷静に話を分析する速水といつも通り洋次を馬鹿にする小林を見て洋次はますます冷に偉そうなことを言った自分を恥ずかしく思った。

 「まぁ俺のために怒ってくれたことに関しては感謝するよ。一応、お礼言っとくわ」

 「礼なんていらないわよむしろあと100回は冷ちゃんに謝りなさい」

 「そんな、悪いのは私ですから洋次さんを責めないで下さい」

 「それよりも俺の弁解話を聞いて貰ってもいいかな。特に冷ちゃん」

 速水に名前を呼ばれ今だ疑ったことから彼の顔を見ることができない冷の肩を小林がそっと肩を抱く。

 「気にしなくていいんだからね。そこでくたばってる奴と違って彼は馬鹿じゃないから」

 「その辺にしておいてやれ。そうだな弁解と言っても大した話じゃないんだ。夏休み前かな?中学の時の後輩に頼まれてな。最近、そいつが昔よくつるんでた先輩に絡まれて困ってるって相談を受けたんだ。その先輩ってのが多分2人は知ってると思うけど志々見(ししみ)なんだよ」

 その名前を聞き小林の顔が強張る。

 「志々見ってあの志々見元(ししみはじめ)か?」

 「あぁあいつだよ」

 思わぬ名前が出てきたことに驚きを隠せないが正直関わりたくは無い奴の名前が出てきた。

 「その志々見って人はどういう人なんですか」

 1人話についていけない冷が尋ねる。

 「志々見元ってのは俺たち3人が中学1年の時、3年だった奴の名前なんだけど、かなりのやんちゃで有名でさ。普段から恐喝や窃盗なんかの常習犯で先生たちも手を焼いてたんだけど1度あれはいつだったかな。あいつの名前、志々見だろだから「しじみやろう」なんてよくあるあだ名で呼んだ奴を病院送りにしてさ大騒ぎになったこともあったよ。結局、どこの高校も来られたら困るっていうより受からなくてふらふらとこの街を出て行ったって聞いてたけど戻って来てたのか」

 「俺も最近まで全く知らなかったんだけどそいつに相談されたことと一度、力也と何か言い争ってるのを見て驚いたよ」

 「力也と言い争ってたってあいつ何も言って無かったぞ。それによく無事だったな」

 「悪いな。力也にこのことは口止めされてたんだ。それにあいつやけに大人しかったよ。お前の言う通り正直、気持ち悪いぐらい違和感があったよ」

 「それでその話がどう弁解に繋がるんだ」

 「繋がるとは言ってないさ。ただもしその冷ちゃんが聞いた声があいつなら俺の名前が出てきてもおかしくないし少なくともあいつがやけに大人しい理由もこじつけることができるんじゃないかって考えただけさ」

 「どういうことですか」

 1人事情や志々見のことを知らないため必死についていこうとしている冷が疑問をぶつける。

 「そうだな、1つはその後輩を助けるのに志々見に何度か会ってるってこと。もう1つはあいつらは昔からあの倉庫をたまり場にしてたことかな。残念ながらこれ以上に情報は無いんだけどね」

 珍しくいたずらっぽい顔でこちらに笑いかける速水を見ながら考える。確かに志々見があの場所をたまり場にしていたのは聞いたことがある。それならばあの人影はあいつだったのだろうか。洋次は必死にあの日の影と記憶の中の志々見の体格を比べてみるが流石に洋次の知っている志々見は中学生だ。一致するはずがない。

 「実はさ、志々見がこの間の宝石強盗に絡んでる気がするって勝手に思ってるんだ」

 速水の突然の言葉に3人は何を言っているんだ?というような顔をする。

 「どういうことよ。それ」

 「いやあくまで憶測なんだけど、あいつがこっちに帰ってきた時期とか後輩が頼まれた内容とか聞くにそんな気がしてきてさ。証拠は無いんだけどね。ただこの前あいつに会ったとき仲間がいたんだけどさ。夜で見えなかったけど聞いた声のやつがいたんだよね。ただそれが全く思い出せない」

 「声と言えば・・・俺も気を失う前、知ってる声が聞こえた気がする。なんか必死に声を荒げてたよ。顔も見てないしすぐに落ちたから全く分からないけど誰かに似た声だったよ」

 全員で思い出そうと唸っていたとき洋次の両親と姉が帰って来た。

「みんなありがとうね。でも遅いから帰りなさい。お父さんみんなを送って

あげて」

 「あぁ、来なさい。すまなかったね心配掛けて」

 「いえ、気にしないで下さい。勝手に来ただけですから。洋次、今日は帰るよゆっくり休めよ。宿題は明日からやろう」

 「おう、ありがとうな速水。それから小林と中川も遅い時間に悪かったな・・・冷もありがとう・・・」

 「冷ちゃん今日はどうする?予定通りにうちに泊まる?」

 中川の問いかけにどうしようかと洋次の顔をチラリと見ると笑いながら洋次が折角だし泊めて貰えよ。ただし・・・冷を引き寄せ耳元で

 「ばれないようにだけは気をつけてな」

 そう言って笑っておやすみの挨拶をする。

 「三輪君のお父さん、私と冷ちゃんうちの父の車で来てるので速水君と真奈美だけ送ってあげて下さい。あっ何だったら真奈美もうちにお泊りする?お父さんんいいかな?」

 いつの間にか病室の前まで来ていた幸子の父に気が付いた洋次の両親があいさつをする。

 「あぁ構わないが親御さんに連絡だけは入れておきなさい。では冷ちゃんお預かりしますね。お大事に」

 「よろしくお願いします。今日は遅い時間にありがとうございました」

 あいさつを済ませた後、それぞれが家へと向かった。



 「志々見元か・・・」

 皆が帰り周りが寝静まった頃、1人、眠れぬまま速水の口から出た意外な人物の名前を声に出して呟く。

 洋次自身、速水がその名前を出すまで記憶の片隅に追いやっていたがもし本当にあいつが関わっていたとしたら厄介だ。洋次は自分のケガを擦りながら襲われたときのことを必死に思い出してみる。しかし後ろから突然だったこともあり相手の顔どころか体格、性別もさっぱり分からない。このことには洋次自身もそして気が付いたとき洋次に色々と聞いてきた警察官たちも困り顔だった。ただ覚えているのは誰かが気を失い完全に記憶が途切れるまでの間、洋次をかばうようなことを言っていた人間が犯人グループの中にいただろうという曖昧なものしかない。その声も聴いたことがあるような無いようないまいちすっきりしないまま洋次は眠りにつくことにした。

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