第3話

 「でっ話をまず整理すると夜中にあの公園を通るとクーラーゾンビが出ると言うわけで・・・」

 「「違う!!」」

 全員による息の揃ったツッコミを笑いながらかわしつつ山口が話し続ける。

 「息ピッタリのツッコミを貰えただけで俺は満足だよ。冗談はさておき要は夜中に公園に女か男かはわからないけどお化けが出るってことだろ。面白そうじゃん。俺としては女を希望するけどね。むさ苦しいおっさんの霊なんて見ても怖いだけで全く楽しくないじゃん。どうせ怖がるならカワイイ女の子にビビりたいし」

 「なんだそれ。結局ビビるのは変わらないのかよ。さっぱり行ってることがわからんぞ」

 この場にいる全員を代表して力也がツッコミを入れる。

 「そうかー?だって俺、幽霊見ておしっこちびらない自身全くないぜ。どうせちびるんだったら女の子の方がよくね?だっておっさんの前でちびっても俺もおっさんもどうしていいかわかんなくなるじゃん」

 さっぱり理解できない。全くもってよくわからない山口の意見だがなぜか冷だけはフンフンとよくわからない納得の頷きを横で繰り返していた。

 「お前、頷いてるけどあいつの言ってることわかるの?」

 ここでわかると返されても困るというリアクションしか洋次には取れないのだが聞かざるをえない。なぜならこいつは俺の家で一緒に寝食を共にするのだ。ただでさえ雪女というありえない属性持ちの上に誰からも理解されないそもそも変態なのかすらよくわからない変態の属性までついてしまっては安心して眠ることすらできない。

 「え?洋次さんも同じようなことを考えてるのかと思ってたんですけど違うんですか?」

 「断じて違うぞ。山口は少数派だ。というか一人しかいないぞあんな考えのやつは」

 全力で否定する洋次の顔を少し残念そうな顔をしながら冷が答える。

 「そうだったんですか。てっきり皆さんそういう考えなのかと今後の参考にしようかと思ってたんですけれど残念です」

 参考にするつもりだったのか・・・聞いてよかったとホッとしたのもつかの間。

 「では洋次さんはどんな霊がお好きなんですか?」

 「霊が好きな奴はいないだろ」

 「そうですか。では妖怪は?」

 洋次たち二人のおかしな会話に飯田が割り込む。

 「いや、気にはするけど妖怪も霊も普通は会いたくないだろ。公園の謎を解こうとしてる俺が言うのもなんだが」

 「なるほど。どちらも皆さん嫌いですか」

 首筋が心なしか冷たいというよりなんだか氷始めているような・・・恐ろしい光景を思わず思い浮かべてしまった洋次はとっさに

 「でも、雪女とかいいよな。あんな妖怪だったらいくらでも歓迎するけどな。そう思わねぇ?」

 蔑みの目を向けるんじゃない小林。俺は今お前の命の恩人なんだぞ。今にお前も俺に感謝する日が来るさ、きっと・・・多分・・・絶対ないな。

 「まぁ三輪の妖怪の好みは置いておいてどうするんだ今日の予定」

 さらっと悪口を言われたような気がしたが速水の横槍に助けられた洋次は話を変える。

 「とりあえず9時に集合ってのはみんな問題無いんだよな?」

 皆を代表して力也が返事をする。

 「あぁそれは問題ないぞ。なぁ?」

 全員が首を縦に振るのを確認し洋次が次の話に入る。

 「じゃあまず集合場所と誰と一緒に行動するかだな」

 「えっ全員一緒に行動するんじゃなかったの?」

 中川の意見に山口が乗っかる。

 「中川先生!全員で行動したらあんなことやこんなことができなくなるじゃないか。俺の夏休み大作戦が失敗に終わってしまうって三輪君が言ってます」

 だから小林、そんな目で見るな。そして冷は何故そんな嬉しそうな目をしているんだ。さっきから発言するごとに裏目に出ている気がするが気にしてはいけない。一呼吸おき反論する。

 「いやそもそもこの大人数でウロウロしてたらお巡りさんに補導されるかもしれないし短時間で公園内を見て回れるじゃん。それに肝試しにもなって一石二鳥じゃないかと・・・」

 我ながら情けない返しだが仕方が無い。ただ名誉のために言っておくが決してあんなことやこんなことをするつもりはなくただ気がついたらそう答えていた。まるで・・・それにしてもここまで暑さにやられるとは最近、ぼんやりすることが多くなっているのだろうか。自分では分からないが高校生にしてボケ老人街道まっしぐらとはなんとも悲しいことである。そんな自問自答はさておき話を戻そう。

 「確かになどうせワーワー騒いで近所から苦情が来るのがオチだ。それに夏らしくていいんじゃないか。肝試しなんていつぐらいだろう最後にやったの」

 以外にも速水がノリ気になってくれたおかげで他の連中も賛成した。これが持てる者と持たざる者の差か・・・。

 「で、班分けはどうするんだ。先に決めとくか?それとも集まってから決めるか?」

 山口が今日初めてまともな事を言う。

 「そういえば考えてなかったな。どうする?8人だから二手に別れるか2人ずつかのどちらかだな」

 「大した事件もない街とはいえ女子もいるし4人ずつの方がいいだろ」

 速水の意見に対し力也が答える。

 「そうだな。残念がってる奴もいるかもしれないがそれが一番だろ。それであとはどこを見て周るかだな」

 「そうだな。あの公園、意外と広いし夜だから余計に動きにくいだろうな」

 残念がっていた飯田がしぶしぶ認めたこともありあとは誰が一緒になるかだが

 「一応、仲良くなったとはいえまだこのへんのこと知らないだろうし不安だろうから俺と冷は一緒の班でいいかな?」

 「そうだな確かにそのほうが大神さんも気が楽だろうし他のやつとも打ち解けやすいか。問題ないんじゃないか。どうせなら小林と中川も一緒の班にすれば良いんじゃないか女の子どうし話も弾むだろうし」

 速水の意見に女子二人は賛成したもののむさ苦しい男たちは大反対した。

 「まてまて、三輪と大神さんが一緒なのは許そう。だが他の二人まで一緒だと我々の班は男だけになってしまうじゃないか。高校生の一度きりの夏!夜の公園!何が楽しくてこいつらと過ごさなければいけないんだ。そんな殺生な話しがあるか」

 と飯田が言えば。

 「それはこっちのセリフだ。そもそも中川と冷ちゃんを一緒にすれば後の二人は誰でもいいじゃないか。中川なら仲良く話できるだろうし洋次がいなくても問題はないだろ」

 「なんで私の名前が抜けてるのかな?山口?」

 「もういっそ全員一緒でよくね」

 「力也それじゃさっきの話の意味がなくなるだろ。洋次も何か言ってくれ」

 バラバラの意見に収集がつかなくり助けを洋次に求める速水だがどうまとめていいか

わからずとっさに

 「じゃ・・・じゃあ中川と冷と俺と後、誰か一人で・・・」

 と言ってしまい。小林にゴミクズのごとく罵倒され冷からは冷たい(物理的に)視線を受けたのは言うまでもない。

「しょうがない。じゃあ俺と力也と中川あと山口もこっちだ。残りが別班ってことで決まりだ。文句は受け付けんぞ」

 速水の容赦無い班分けに不満はあるものの他に考えは浮かばず全員がしぶしぶ納得する。結局、最後に話をまとめるのはいつでも速水の役目だ。いつも悪いなと思いつつも毎度ながら優柔不断な洋次は任せきりになってしまう。いいじゃないか。持つべきものは決断力があり皆を引っ張ってくれる友だ。俺のようなフラフラした人間がいてこそこういう人間が引き立つ。そう自分に言い訳をすることにしておこう。

 そんなマヌケな話を頭で考えている間に速水は次に話を進めていた。

 「捜索の班は決まったから次は具体的にどのあたりを見て周るかだな。あそこの公園は広いから闇雲に調べても無駄に時間をとられるだけだし。飯田はどのあたりで声を聞いたんだ。そこを重点的に探したほうが早いだろ?」

 「えっ声のした所に行くのか?」

 飯田の発言に全員がツッコミをいれる。

 「いや、お前が言い出したんだろ」

 「いやーだってさ。幽霊怖いじゃん。だから出ない所に行かねぇ?」

 なんでお前、この話したんだよ。そんな皆の視線に耐え切れなくなった飯田が駄々をこね始める。

 「もし目とか合っちゃたらどうするんだよ。幽霊だよ。ゾンビと違って金属バットとか効かないんだよ。多分・・・」

 それはそうだろと言うよりゾンビならいいのかよ・・・そっちも充分怖いと思うがな。そもそも金属バット夜中に持って公園うろうろしてたら捕まるだろ。

 「大丈夫だ。安心しろ飯田。幽霊なんて出ない」

 そう言い切る力也に全員が頷く。

 「なんでそう言い切れる?」

 飯田の不思議そうな問いかけに

 「誰もお前の話、本気で信じてないぞ」

 さらっと軽いノリで言われてしまい怒る気もない飯田が言い返す。

 「ひでーみんなそんなふうに聞いてたの?繊細な俺、傷ついて夏休み明け学校出てこないかもよ。不登校になっちゃうかもよ」

 「大丈夫だ。お前の繊細さはここにいるみんなが誰より知っている。お前が学校を休むとしたらそれはただのサボりだ」

 力也にそう言い返されてしまい飯田もおかしな話だが気が楽になったのか。

 「そうだな。俺は繊細だし幽霊も絶対に出ないな。よし行こう。俺がなんかよくわからん幽霊じゃない声を聞いた場所へ」

 納得したのかしてないのかさっぱりわからないがとにかく飯田も決心が付いたようで早速、場所について話し始める。

 「はっきりとは覚えてないんだが確か南側の池の近くを通った時だったと思う。あそこの近くは街灯があるランニングコースがあるからそこを通ったのは間違いないよ」

すると珍しく大人しかった山口が口を挟んでくる。

 「そうなのか?俺が聞いた噂だと北の噴水近くの倉庫がどうこうっていってるの聞いたぞ」

 「南側の池、北の倉庫・・・」

 速水がつぶやきながら書き出していく。

 「なんかそれだけ聞いてると宝の隠し場所みたいでワクワクするな」

 「どちらかと言えばドキドキじゃね。力也」

 飯田の返しに小林が飯田のくせに中々の返しじゃないと少し悔しそうに呟く。どこがうまい返しなんだ。小林ってもしかして変わったセンスの持ち主じゃ・・・口に出すと怒られるので黙っていると力也に声をかけられる。

 「洋次はどこを探したいんだ?」

 これは探したい所を探す遊びだったのか知らなかった。

 「そうだな。南、北ときたら後は東と西も探しとくか」

 適当な返しに思わぬ反応が返ってくる。

 「おーいいな。この機会だしあの公園を徹底的に捜索するか」

 おいおい冗談で言ったつもりだったんだがなんだか面倒なことになってきたな。

 「ところで冷ちゃんはどこ探してみたい?」

 中川の問いに冷は

 「そうですね。私は皆さんの学校ですね」

 「「学校??」」

 全員が不意を疲れた問いに驚く。

 「なんで学校なんだ?」

 代表して洋次が聞くと

 「私、この街に来たばかりですし、どうせなら皆さんが通う学校について知りたいなって。夏休みが明ければ私も皆さんのクラスメイトですし。あと夜の学校って楽しそうじゃありません?」

 そう笑いかけてくる冷を見て小林が

 「良いんじゃない。と言っても夜に中に入るのは難しいかもね。鍵もかかってるし警備の人もいるからただ校舎以外なら問題ないんじゃない。誰にも見つからないのが前提だけど」

 「珍しいな。真面目な小林がそんなことを言うなんて」

 速水が驚きを言葉にすると小林が俺を責める時のような少し悪い顔をしながら

 「だってせっかく友達になったんだからよくしてあげたいじゃない。それに飯田のビビる顔がたくさん見れるかもしれないし」

 そっちがメインなんだろうな同情・・・は無いな。俺も行かないと行けないわけだから。しょうがないせいぜい冷の前で失態を犯さないようにだけ心がけよう。

 すでに諦めムードの俺に対し飯田は食い下がる。

 「おいおい冗談だろ。小林が男子高校生の小便チビる所を見たがる変態だったとはショックだよ。これは重大事件だ。早速、俺の情報網を通じて拡散せねば」

 大げさなアクションを取る飯田に対し

 「誰が変態だ。お前のスカスカ情報網が機能するとは思えんが念のため拡散できないようお仕置きしておこうか?」

 「漏らすのは俺の家じゃなくて学校か公園でしてくれよ」

 「まぁそれはさておき他は何か噂とかないのか?」

 話を変えようと洋次が話を振ると山口が

 「あとはそうだな。倉庫以外だと・・・」

 「公園のすぐ隣りの廃墟はどうだ?あそことかいかにもって感じだぞ」

 「あそこは無いだろ。だって声が聞こえるのは公園からだろ。それにあそこ結構古いから危ないぜ。流石に事故とか起きたら幽霊騒ぎどころじゃないし」

 山口にしてはまともな意見だ。確かに自分が幽霊になるのは避けたい。

 「決まりだな。とりあえず見て回るのは南の池周辺と北側の倉庫、それから学校だな。なんだか当初の予定と大分違うようだがまぁいいか」

 「速水、公園はその二箇所でいいのか?結構、公園のあちらこちらで声を聞いたって話あるぜ」

 「別に今日、全て見て周る必要はないだろ」

 「なるほど。速水の口から出たとは思えない発言だな」

 「そう言いながら楽しそうだな力也」

 正直、速水の口からそんな言葉が出るなんて驚いたが夏休みの楽しみが増えると思えばどうでもいいことだなと洋次も思い始めていた。

 「ついに速水が夏休みデビューか。困ったことがあったら俺になんでも相談しろよ」

 「山口、あんたに相談する時はすでに手遅れよ。地球の滅亡後だわ。ねぇ幸子もそう思うでしょ」

 「ごめん。山口君、私も真奈美と同意見」

 中川にまでトドメを刺される山口・・・哀れだな。

 『ジリリリリ』

 全員が音のする方に顔を向ける。

 「すまん。俺だ。ちょっと話してくるよ」

 「なんだ速水。彼女か?」

 力也のからかいに笑いながら

 「残念だけど違うよ。ただの知り合いからだよ」

 そう言って速水が席を外すと一斉に電話の相手は誰だ予想大会が始まる。

 「親ではないだろ。知り合いって言ってたし」

 「中学の友達とかじゃない」

 「予備校の知り合いとか」

 「あいつ予備校には行ってないぞ」

 「それであの成績かよ。羨ましいなー」

 「じゃあやっぱ彼女じゃ・・・」

 「ないよ。2回目の残念ながら」

 電話を終え帰って来た速水が会話に加わる。

 「ほんとにただの知り合いさ。友達ってほど親しくないからそう言っただけでほぼ友達だよ。これでも人間関係は広い方なんだぜ」

 「そっかー残念だなー」

 「力也、やけに嬉しそうだな」

 「そんな様子じゃあんたら全員、当分は彼女はできなさそうね」

 速水の電話を境に話がどんどんと逸れていく。

 「そう言う小林こそその性格なんとかしないと彼氏なんてできないぜ。中川もそう思うだろ?」

 飯田の無茶振りに中川が顔を引きつらせながら答える。

 「そ、そんなこと無いと思うよ。真奈美、可愛いし告白迷ってる男子多いんじゃないかな?」

 「褒めてくれるのは嬉しいけどなんでそんなおどおどしてるのよ。それじゃ私に彼氏はできませんって言ってるようなものじゃない」

 「そんなことないですよ。二人共凄く可愛いですよ。私、洋次さん取られちゃうんじゃないかって心配してますから!」

 まてまて、皆にはあくまで親戚ってことで通す予定だろ。そんなこと言ったらまた・・・

 洋次の心配通り全員が食いついてくる。

 「どういうことだよ。もしかして二人付き合ってるの?」

 『しまった』というような顔をこちらに向けながらも洋次がどう皆に返すのか試すような目を向けてくる冷に『わざとだろ』という目配せを送りながら答えを返す。

 「一応、親戚なんだけど親とか大人が勝手に婚約者ってことに決めちゃってってさ。正直恥ずかしかったから隠そうとしてたんだけどまぁ・・・そういうことだ・・・」

 なんとも歯切れの悪い返ししかできなかったが後は察してもらおう。そんな淡い期待を吹き飛ばすように質問と罵倒の声が飛ぶ。

 「ずりーよちゃっかり自分だけ良いよなー部屋とか一緒なの?」

 「いつから付き合ってんの。もうやっt」

 「三輪のくせに生意気よ」

 どこのたぬき型ロボットのガキ大将だ・・・山口に肘鉄を食らわせた小林に言い返す。

 「生意気も何も普段、馬鹿にしている俺に敗北した気分はどうだ小林」

 「うわっちっさ。冷ちゃんさーほんとにこんな小さい男でいいの?なんだったら俺なんか・・・」

 「抜け駆けしようとするんじゃないよ力也!」

 そんな様子をおろおろと見つめる中川と笑いながら煽る速水・・・お前もか・・・

 普段は止める側の速水が参加したことで幽霊話は無かったかのごとく尋問タイムへと移行してしまい洋次は厳しい取り調べを受けるはめに。そんなことをしているうちに時間は過ぎて行き外も涼しくなる頃、速水が閉廷を告げる。

 「そろそろ全員、一度家に戻って準備してきたほうが良いんじゃないか。飯も食いたいだろうし。戻らないと親だって何か言ってくるかもしれないからな。そうなれば今後のことにも支障が出るだろうから」

 「確かに言う通りだな。じゃあ念のため確認しようぜ」

 「了解。まず速水が中川を迎えに行ってその後、力也と合流後に公園に集合。飯田と山口はそれぞれバラバラに公園に集合。俺と冷は小林を迎えに行った後の公園に向かう。これで問題無いな」

 「洋次ばかりずるくないか。俺達二人が夜道を一人で歩いてる時に襲われたらどうするんだよ」

 「安心しろ飯田、そんな変態はこの街にはお前だけだ」

 力也の厳しいツッコミに飯田が大げさなリアクションをとる。

 「酷いな。こんな可愛い俺をそんな風に見てたなんて仲良く補習を受けた仲じゃないか」

 「そんな過去は忘れた」

 くだらない話はさておき、そろそろおいとまするかと尻を持ち上げたとき速水が思い出したように全員に話しかける。

 「そういえば一番大事なことを忘れてた。各自、懐中電灯といる奴は小腹が空いたとき用のお菓子、それと女子にはこれを渡しとくよ一応」

 そう言って引き出しから防犯ブザーを人数分取り出す。

 「なんでそんなに沢山持ってるんだ?」

 山口の問いかけに

 「親が粗品とかで貰ってくるんだよ。使いみち無いけどもったいないし丁度良かったよ」

 「これで三輪が変な気を起こしても安心だな」

 「三輪が変な気なんて起こすほど勇気のある奴なわけないだろそもそも相手は小林だぞ力也」

 力也といい山口といい言いたい放題だ。だが俺は何も言い返さないが小林は違うぞ山口。そう思っていると案の定、小林に食いつかれ逃げるよ山口の姿に笑いがこみ上げてくる。

 「なにあんたも笑ってんのよ」

 酷いとばっちりだ。逃げるが勝ちだと冷の手を引き一目散に部屋を飛び出す。

 「じゃあ夜にまた!」

 「まて、こらぁ」

 そんな小林の声を背中に受けながら速水の家を飛び出し家を目指す。

 「全く婚約者なんてみんなに言っちゃって。お前、わざとだろ」

 「あれ?洋次さんにしては珍しく分かっちゃいました?明日は雪でしょうか」

 「やかましい。なんでばらしちゃうんだよ。これ夏休みが終わる頃には周りのやつみんな知ってることになるんだよ」

 「何か問題あるんですか」

 正直、ずるいと思った。声には悔しいので出さなかったがそんな可愛い顔で言われたらどれだけ反論を用意したとして役に立たないのは目に見えている。洋次は仕方なく話を切り上げ別の話題を振ることにした。

 「その話はまた後にしてずっと頭をチラついてたんだけど夜に出るって話、あれお前のことじゃないのか?」

 「違うと思いますよ」

 やけにあっさりと否定される。

 「どうしてそう思うんだ?」

 「私がこの街に来たのはほんの2、3日前ですし。そもそも私、こっちに来てから公園ではだれともお会いしてませんし」

 「『公園では』ってことは他の場所では誰かと会ったのか?」

 「暑いので夜中しか動きまわって無いですけれど何人かの方とはお会いしましたよ。と言っても見ず知らずの方々なので会釈、程度ですが夜ですので女性はまず見かけませんでしたけど」

 「そうか、ただ今日からは一人で夜動きまわるのはやめておけ」

 「どうしてですか?せっかくの散歩日和なのに」

 「散歩日和の使い方があっているかは置いておいていくら雪女とはいえ夜に女ひとりで歩くのは危ないだろ」

 「心配してくれてるんですね。洋次さんは優しいですね」

 「こ・・・氷漬けにされる側が心配なだけだ」

 思わず余計なことを言いてしまうが照れ隠しと冷は捉えているようだ。

 「まぁ夜に出かける相談した後にこんな話をしても説得力無いかもしれんが少なくとも俺を連れて行け」

 「了解です」

 「話を戻すが本当に違うんだな?」

 「そこまで念を押されると不安になりますが少なくとも飯田さんにお会いするのは今日が初めてですよ」

 「そうか、となるとお前以外の幽霊か妖怪が遊びにでも来てるのかな?」

 「どうでしょう。もしそうならある程度なら私も気がつくと思うんですが」

 結局、家に着くまでにこの話が解決することは無く夜に持ち越しとなった。



 「そろそろ行くぞ。準備出来たか?」

 「待ってくださいすぐ行きます」

 「気をつけてね。冷ちゃん何かあればすぐ警察を呼ぶのよ。あなたに何かあったらあなたのご両親に合わせる顔がないから。速水くんの親御さんにもよろしく言っといてね。今度会ったらお礼言わないと」

 「いいよ母さん。そんな遅くならないよう気を付けるから」

 速水の家で勉強するというありがちな言い訳を思わずしてしまったが失敗だったのかもしれない。そんな後悔が頭を過ぎったがもう遅い仕方が無い冷の力を借りるか。と言うより最初から借りてれば・・・大きなミスに気がついてがっかりする洋次の顔を覗き込みながら準備万端の声を冷がかけてくる。

 「洋次さん?行きますよ。眠たいんですか?」

 「いや、何でもない。後で話すよ。それより早く行こう」

 ひやりと冷たすぎるぐらいの冷の手を引き家を出た洋次はまずは小林の家を目指す。小林の家は洋次の家から徒歩5分と言ったところのご近所だ。なので昔から洋次と小林はよく知った仲である。もちろんそれは本人たちだけでなくその親も意味するのだが

 「いらっしゃい。聞いたわよお母さんから。彼女できたんですってそれも結婚の約束までしてるなんてなんで言ってくれなかったのこれじゃ叔母さんの真奈美と洋次君を結婚させる計画がパーじゃないの責任とって真奈美を第二夫人にしてちょうだい」

 一見冗談に聞こえるが目が本気だ。昔から叔母さんは何故か俺と小林(この場合、真奈美のことだが)をくっつけようと考えていて事あるごとにそのことを周りに吹き込んでいる。当の本人たちは会えばお互いを罵る仲なのだが叔母さんの目からすればそれはただの痴話喧嘩にしか見えないようで娘に眼科を進められてなお我々の未来を信じていた。

 かと言って俺も真奈美も口では言ってもまぁ40過ぎぐらいまで余ったら妥協するかという後ろ向きな関係が続いていたことも否定はできずそれがまた叔母さんの妄想を加速させる原因を作ったことは否定出来ない。

 「それより真奈美を呼んでもらってもいいですか」

 普段は人前でそれも冷の前で下の名前を呼ぶのは気が引けたがこの叔母さんの前で苗字で呼ぼうものなら『私も小林よ』トークに始まり遅刻は確実だったので諦めて名前を出した。

 「いるわよ。久しぶりに名前をその声で呼ばれたけど幽霊より背筋に寒気が走ったわ」

 「まぁ照れ隠ししちゃって私の娘とは思えないほどのツンデレね」

 「「違う」」

 後ろでコントのような話を聞いていた冷が話に割って入る。

 「お楽しみのところ申し訳ないですけど。早く行かないと遅刻しますよ」

 そうだった。すっかりペースを乱されて忘れていた。

 「ほら行くぞ」

 そう言って小林の手を掴む。それにしてもこいつの手、あったかいな。

 「お前、手が暑いけど風呂あがりが?」

 「変態」

 「今のは洋次さんが悪いですよ」

 二人に攻められ言い返せなくなった洋次はとりあえず謝ることにした。

 「すまん。深い意味はなかったんだが」

 「珍しく素直ね。許すわ。それより急ぎましょう」

 珍しくあっさりと許しを貰いホッとするもなんだか反対側の手の感覚が・・・

 「冷、ちょっと手、冷たすぎないか?」

 「気のせいですよ。そんなに冷えるなら真奈美さんの手を握ればいいじゃないですか」

 何かこいつも怒っているような気がするが今はそれどころじゃない。3人は足早やに公園を目指す。

 

 

 公園に着くとすでに全員が到着しており飯田からはいちゃいちゃしてて遅れたんだろなどという嫌味を言われた。

 「すまんな。少しトラブルがあってな(主に小林家で)」

 「気にするな。誰もお前が抜け駆けしたとは思ってないさ」

 力也の指摘に失笑する。

 「おい、みんなこっちに来てくれ」

 速水の呼びかけに全員が一箇所に集まる。

 「じゃあそれぞれ周る所を割り振って行くぞ。まず俺の班は北の噴水近く倉庫な。洋次の班は南の池の近くを当たってくれ。今は9時15分だからとりあえず45分まで捜索してみよう。時間が来たらこの入口に集合。揃ったらメインイベントの夜の学校ツアーだ」

 それ、メインイベントだったのか・・・そんなことを考えながら洋次の班の人間を集める。

 「飯田、早く来い。置いてくぞ」

 「待てよ。一人にするなよ」

 「30分しか時間が無いんだから馬鹿に付き合ってる時間はないわよ」

 4人が固まって飯田が声を聞いたという池の方に向かう。

 「しかし新鮮だな。このメンバー初めてじゃね?冷ちゃんはともかくとしても」

 「確かにあんたは山口と一緒なのはよく見るけど三輪と一緒にいるところは普段は見ないわね。あと当たり前だけど私とも」

 「確かに遊んだりはするけど間に誰かいたよな。と言っても今回のも対して最初のきっかけは変わらないけどな」

 「無駄口はいいけどそろそろ前に進まない?時間そんなに無いんだし向こうのチームはもう着いてるんじゃない」

 小林に言われ目的を思い出した洋次はそれもそうかと話を切り上げて冷の手を引く。

 「いいなー俺も彼女欲しいなーこの際、今だけでもいいから小林、俺と手を繋ごうぜ」

 「冗談は顔だけで十分よ。それより見えてきたわよ」

 飯田が幽霊を見たという池が近づいて来る。昼間は何度も見ている何の変哲もない池だが四人でいるとはいえ何とも言えない不気味さを漂わせている。

 「普段、何とも思わないけどこうやって頭に置いたうえで来ると結構、近づくの躊躇うわね」

 洋次が思ったことを小林が口に出す。折角、声に出さないようにと考えていたのに言ってしまうと怖さが増すじゃないかと心の中で悪態をつきながら覗き込もうと近づいたときだった。

 「洋次さん」

 冷たい息とともに耳元に声が走る。思わずびくりと体を震わせてしまうがすぐに冷の声と分かり後ろを振り向く。

 「どうした?びっくりするだろ。その冷たい息を急にかけられたら」

 「ごめんなさい。ただ何となく池の向こう側に誰かいたような気がしたから」

 「池の向こう?」

 洋次は目を細めて池の向こう側を見ようとしてみるが暗闇で全く何も見えない。

 「なぁ飯田、小林は見えるか?」

 「いや、悪いけど全く。冷ちゃんの言うような人影は見えないな」

 「私も同じく、勘違いじゃないかしら。夜だから木か何かがそう見えたのかも」

 「そうですか。ごめんなさい」

 しょんぼりと落ち込む冷を見て小林が慌ててフォローを入れる。

 「そんなに落ち込まないで。私だってちゃんと見えてる訳じゃないからもしかしたら冷ちゃんの方が正しいかもしれないし」

 「そうだよ。まぁそうなると俺の言ってることは正しかったことが証明される訳だが」

 冷へのフォローと怖さゆえか2人の会話がやけに多い。怖いのは洋次も同じだがあまり騒がしいと出るものも出なくなるのではと思っていると

 「ねえあれ何?」

 小林の指差す方に懐中電灯を向ける。

 何かが擦れるような音がして影が光の中を横切る。

 「今のってまさか・・・」

 「飯田、お前と小林は左側から回り込め俺と冷は右だ」

 とっさに走りだす。

 音がドンドンと逃げていく。

 草刈りをしていないのか長く伸びきった雑草が邪魔をして追いつけない。それにしてもこの草の中、ものすごい速度で去っていく影に感心を思わず関心をしてしまう。

 「ダメか・・・飯田、そっちには何か居た跡とか残ってないか?」

 「真っ暗でわかんねぇよ。でもいまのってもしかして・・・」

 「どうかしらね。ただの変質者かもよ」

 「まぁ逃げるってことは少なくとも散歩してたとは言いづらいな」

 それにしてもこんなところでいったい何をしていたのだろうか。確かに小林の言う通り変質者ならこの池の前の道は飯田の様に家までのショートカットとして使う人や夜にランニングを行う人がいるので見せるのが好きなタイプの変態ならベストポジションとも言えるがそれにしてはやけに奥の方に隠れていた。あれでは通行人は変態を見る前にどこかに行ってしまう。真剣に悩む洋次の顔を冷が覗き込んでくる。

 「どうしましたか?」

 「いや何でもない。ところでお前はあれはどっちだと思う?」

 「そうですね。多分、人では無いかと」

 「そうか・・・」

 飯田が興奮した様子で小林に話している。

 「な?言ったろ。出るって」

 「あれじゃ幽霊かどうかわかんないわよ。そもそも幽霊って走って逃げるの?」

 「足、付いてる幽霊がいたっておかしくないだろ」

 二人共、落ち着けどっちかは保留にして集合場所に戻っておこう。他に出そうなところはここじゃ見当たらないしな」

 「そうね。向こうがどうなったかも気になるし」




 洋次たちが戻るとすでに速水たちの班は戻ってきていた。

 「早いな。そっちは何か収穫あったか?」

 「山口が何か動くもの見たって言ってたけど結局わからずじまいだよ。そっちはどうだ」

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに飯田が前に出る。

 「いやーこっちは惜しくも幽霊を取り逃がしちまったよ。ほんともうちょいだったんだがな」

 もうちょいどころかかすりもしてないがな・・・

 「何かいたのは確かだよ。ただ幽霊かって聞かれると返答に困るな」

 「私は人だと思いますよ」

 「冷ちゃんはなんでそう思うんだ?」

 「勘ですね」

 笑いながらそう言う冷だったが洋次には何か確信があるように思えた。

 「さてどっちだったかは保留にしてメインイベントの夜の学校見学ツアーに行きますか」

 力也の意見に全員が賛成し公園をあとにする

 「ほんとに何か見たんだって」

 山口の声が後ろから聞こえてくる。

 「そうは言ってもうちの班と違ってお前しか見てないだろ」

 「信じてくれよ」

 悲しいことに日頃の行いが祟ったのか誰も信じてくれない。

 「いいよ。いいよ。拗ねてやる」

 そんな子供っぽいことを言ってすねたふりをする山口を笑いながら周りに聞こえない声で冷に話しかける。

 「さっきのやつ本当は勘じゃなくて理由あるんだろ?」

 そう尋ねると

 「幽霊に関しては私はさっぱり分かりませんが少なくとも妖怪なら私はまず分かります。私達は人間ではまず分からない妖気を発しています。人間の中にはこれを感じ取れる人は少ないのですが私達、妖怪は耳で音を聞くように手でものに触れるような感覚でこれを感じ取れるんです。あとは洋次さんが考えてるように幽霊にしては人間くさい逃げ方だなってなので勘と言うのはあながち間違いではないですね」

 「そうか。少なくとも妖怪でないことがわかっただけでもよしとするか」

 「妖怪はお嫌いですか?」

 「またそんなことを言う。ただ面倒なことが嫌いなだけだ」

 そう言って話を終えようとすると突然、冷が泣き真似をし始める。

 「どうしたの冷ちゃん。何かされた?」

 「洋次さんが私のこと面倒くさい女だって言うんです」

 待て待て違う違うそれだとまるで俺が悪者じゃないか。事実を誇張しすぎだろ。そして小林、その顔はやめろ。

 弁解の言葉を発しようと洋次が息を吐こうとするよりも早く小林の口から言葉が飛び出す。

 「最低」

 続けざまに中川までもが

 「流石にそれは三輪君が悪いと思います。謝るべきです」

 「違うお前ら話を聞け。そもそも冷、今のは別にお前が面倒だとかそう言う意味じゃなくてだな。あくまであのなんだかわからん奴が面倒くさいと行言っただけで、お前、泣くどころか楽しんでるだろ」

 「酷いです。楽しんでるなんて」

 「おいおい、女の子泣かすなんて何やってんだよ。俺だったらこいつと違って・・・痛えな力也、叩くなよ」

 「お前が言うな」

 「そもそも山口が女を泣かすほどの経験を今まで見たこと無いがな」

 「黙れ、飯田!お前も対してかわらねぇだろうが」

 「もうちょっと静かに騒げよ。近所迷惑だろうが」

 速水の忠告に全員が静まり返る。

 「すっかり忘れてたわ。三輪の悪行に気を取られて」

 「違う、無実だ、冤罪だ」

 「三輪君、謝った方がいいよ。今ならきっと許してくれるって」

 なんだその、やってないけどやったことにすれば早く檻から出られるよ的な悪魔の囁きは負けてなるものか正義は勝つのだ。

 「ごめんなさい」

 あっさりと敗訴が決定し下された判決はアイスを奢ること。それぐらいなら被害も少ないだろうと和解をしたところで学校の正門前に着いた。

 「警備員がいるからここからは慎重にな」

 速水の命令に従うようにそれぞれがアイコンタクトをとる。

 「で、どこから入る?流石に正門から堂々とって訳にはいかないだろうし」

 「そうだな。部室棟はどうだ?力也どう思う?」」

 「確かにあっちは警備員もまず来ないし壁を登ればすぐにいけるぞ。実際、俺が忘れ物を取りに行った時はそこから忍びこんだし」

 「実践済みかよ。ところで忘れ物って何だ?」

 「その日の数学の宿題だよ」

 「なに忘れてんだよ」

 えらいものを忘れて帰ったものだ。しかしわざわざ警備の目を掻い潜り宿題を取り来たことだけは褒めてやろう。俺だったら確実に無かったことにして寝てるだろうな。

 「でも俺達、男は良いけど女の子たちにはキツくないか。中川さんと冷ちゃんはスカートみたいだし」

 そう言われれば忘れていたが部室の裏の壁はかなりの高さがある。と言うより良く登ったな力也。

 「仕方が無い他を探すか」

 すると飯田がふと思い出したように

 「そういやテニス部の部室の近くの壁に確か穴、空いてたぞ」

 「それ先に言えよ」

 「俺だけじゃなくて山口も知ってるじゃんか」

 「完全に忘れてた。壁に登る時スカートの中見えるなってずっと考えてたよ」

 呆れた奴だ。やれやれとため息を吐きながら

 「それどこにあるんだ?」

 「あれ?速水は知らなかったのか。向こうなんだけど外からだとうまい具合に木が植えてあって隠れてるんだけど結構な大きさのが開いてるんだよ。誰が開けたのか知らないんだけどなんか綺麗に切り取ったみたいに空いててさ」

 「俺は初耳だぞ。そんな穴あるなわざわざ苦労してら登らなくても良かったのに」

 「ほんの3、4日前からなんだよ。だから同じ部室棟の奴らでも力也みたいに知らない奴多いよ。俺もテニス部に仲が良い奴がいてそいつから聞いた」

 「早速、行ってみようぜ。いいじゃんそれ」

 「ただ問題が1つある」

 「なんだよ。早く言えよ」

 「狭いんだよ。女の子なら問題ないと思うんだけど、男だと確実に引っかかる。力也は間違いないね」

 それを聞いた速水がすぐに指示を出す。

「となると二手に分かれるか。小林、二人を頼んだぞ。俺達は力也が前に登った所からだ」

 「とりあえず、力也に登って貰ってあとは引っ張って貰うか」

 「何で俺だけ自力なんだよ」

 「しょうがないだろ。お前、体デカイんだから正直、俺や飯田ぐらいなら頑張ればあの穴、通れるんだぜ。付き合ってやってるんだからそれぐらい気にするなよ」

 山口の愚痴にうんうんと飯田が頷き

 「そうそ、ホントなら冷ちゃんと中川のスカートの中を覗けたんだぜ」

 その意見には反論させて貰おう。絶対に無理だ。小林がいる限り。今だって自分が最後になって鉄壁のブロックをしているに違いない。それにしても飯田の言う穴の特徴が気になる。綺麗に切り取られていたって言っていたがまさかとは思うが流石にそんな能力は無いだろ。そう思い込みこの疑問は壁を乗り越えて合流してからだ。

 「次は俺が登るよ」

 「おっ三輪、やる気満々だな。下から支えてやるよ。力也!次、三輪が登るから向こう側に降りないで上がるの手伝ってやってくれ」

 「了解、洋次!気をつけろよその辺、ちょっと掴みにくいから」

 力也のアドバイスと飯田の支えもあってか以外にもすんなりと登れた洋次は邪魔にならないよう先に向こう側へ飛び降りる。

 「お疲れ様」

 先に穴を通り抜けた中川が声を掛けてくる。

 「あとの二人は?」

 「それが・・・ちょっと三輪君に手伝って欲しいんだけど」

 中川は少し困った顔をしてついてくるように促してくる。

 「あのね。見ても驚かないでね」

 やけにためらうな、何かあったのか。もしかして誰かに見つかったのか?そんなことを考えながら穴のあるテニス部の裏へと案内される。

 するとそこにはお尻がはまってしまった冷の姿が目に留まる。嘘だろこんなマンガみたいなこと中々見る機会ないぞ。それにしても綺麗に尻だけはまったな。冷の奴、うつ伏せで顔、隠してるな。よっぽど恥ずかしいんだな。そんなことを考えて呆然としていると尻の・・・ではなく壁の向こう側から小林の声が聞こえる。

 「幸子?誰か呼んできてくれたのね。田中?それとも速水君?」

 「ごめんなさい。三輪君しかいなかった・・・」

 ご期待に添えず申し訳ありません。小林様。

 中川の声を聞いて冷が顔を上げる。

 「見ないでください!あっち行ってください」

 「そう言われても・・・何とかしないとこのままじゃ穴にはまったまま朝を迎えることになるぞ」

 「それは困ります。早く助けて下さい」

「とりあえず、真奈美が後ろから押すから三輪君は冷ちゃんを私と一緒に引っ張って」

 仕方なく冷の体を掴み中川と息を合わせて引っ張る。何度か押したり引いたりしているとまるであのカブを引き抜く絵本の様にスポンと抜け洋次の上に覆いかぶさる。

 「重い」

 「酷いです」

 「今のは三輪君ダメだよ」

 「ほんとデリカシーが無いわね」

 スルスルと穴を抜けてきた小林も合わせて三方向から集中攻撃を受け味方も退路もない洋次はさっきの出来事を反省しすぐに謝る。

 「ごめん。でもさっきのアイスを奢る話は考えなおさないとな。帰りどうするんだよ」

 「アイスは関係ありません。ちゃんと帰りはなんとかしますから心配ありません。ちょっと夕飯を食べ過ぎただけで昨日はちゃんと・・・」

 「昨日は?」

 「なんでもありません。アイスはおごって貰いますからね」

 やっぱりか、どうもあの穴が気になっていた上に冷がわざわざ学校に行きたいなんて言い出すなんてと思っていたが後で叱っておかないと。学校、壊しちゃってるし・・・

 「とにかく、みんなもそろそろ乗り越えてるだろうから行くぞ」

 壁を越えた場所に戻ると最後に速水が飛び降りた瞬間だった。

 「どこ行ってたんだよ。洋次」

 「3人を迎えに行ってただけだ。それより誰も見つかってないな」

 「大丈夫だ。で?どこから見たいんだリクエストした冷ちゃんは?」

 「そうですね。皆さんの教室とかは見れますかね?」

 いきなり難題だ。教室のある棟の入り口は夜は鍵が掛けられているし窓も締め切られているだろう。

 「流石に教室は難しいかなー」

 「そうですか。では次の機会にとっておきます」

 「とりあえず建物に入るのは難しいだろうから期待させといて悪いけど周りを見て回るだけになるかもな」

 「速水君の言う通りね。ごめんね冷ちゃん」

 「真奈美さんが謝ることないですよ。わがまま言ったのは私ですし周りだけでもみたいです。案内をお願いしてもいいですか?」

 「そうだなまずここからだとプール、それから体育館、あとは教室周りかな」

 そういいながら洋次が先頭に立ち前に進む。それにしても夜の学校は初めてだが静かだ。俺達の声しか聞こえない。昼間はうるさいぐらいに賑やかなのが嘘のようだ。正直なところ怖さ半分、何かあるんじゃないかというドキドキ半分で思わず先頭に立ってしまったがその気持を後ろのやつらに悟られないようにしなければ、逸る気持ちを抑えながら洋次は進んでいく。

 「着いたぞ。と言っても暗くて見えにくいがここがプール」

 「わぁこれがプールですか。初めて現物を見ました」

 「えっ冷ちゃん見たこと無いの?」

 思わず山口が声を上げる。

 「しーっ静かに」

 「わりぃでも皆も驚いただろ?」

 「確かに今時、プール見るの初めてって人、珍しいわね」

 「私、住んでた所が凄く寒い所だったので見る機会が全く無くてテレビでしか知らなかったんです」

 プールは無いがテレビはあるんだ。妖怪ってなんの番組見るんだろ。ゲ○ゲのあれとか鬼の手を持つ地獄教師とかだろうか。

 「そっかぁそんな人もいるんだぁ。今度、冷ちゃんの実家の話も聞きたいな。ねぇ幸子」

 「うん。聞きたいな」

 「俺も俺も」

 飯田よお呼びでないぞ。

 「それより体育館の方行ってみるか?ここにいてもすること無いし、といっても体育館も外から覗くだけだからあまりここと変わらんが」

 「そんなことないです。見てみたいです」

 「なら行こうぜ。体育館なら足元の窓から中を覗くぐらいはできるだろうし」

 「流石、山口だ。いつも覗いてるだけあるな」

 「褒めても何もでないぜ」

 出てるよ。お前からじゃなくて女子たちから冷たい視線が。

 「そんな目で見るなよ小林。照れるだろ」

 山口にとっては何ら影響のないというより悪い方向への影響がある視線だったらしい。それに気づいた小林は視線を向けることをやめそっぽを向く。全く軽い山口の冗談だとこいつも理解しているくせにそれをうまく流せないあたり昔から不器用と言うか頑固というか。

 「あそこから中、見れるぜ」

 山口に言われ冷が体育館の中を覗き込む。

 「うわぁ広いですね。皆で遊べますね!」

 冷の子供みたいな感想に思わず笑ってしまう。さっきのプールといいほんとに何も知らないんだな。妖怪ってのは皆こうなのかと考えてしまう。

 「あっ田舎者って馬鹿にしてますね。その顔はちゃんとコンビニありますからね」

 コンビニって凄いんだな。そもそも雪女が買いに行くコンビニってどんなんだよ。

 「バカにしてねぇよ。ただ普段当たり前に見てるものをそんなふうに珍しがられると違和感があるだけだよ」

 「それにしても冷ちゃんの家ってそんなに田舎なの?私、行ってみたいな」

 「そうね。私も行きたいわ」

 「今度是非、ご招待しますよ。友達も紹介しますし」

 友達ってやっぱり・・・そんなことを考えていると突然

 「隠れろ!誰かいるぞ。多分、見回りの警備員だ」

 力也の声に会話を止め息を潜め、柱の陰に隠れる。

 早く何処かへ行ってくれ。そう願いながら少しだけ顔を出し様子を伺う。小さめの明かりを持った人影が教室棟の廊下の窓を眺めているようだ。強張ったような声で飯田が疑問を口にする。

 「何やってんだ。あいつなんで外から見てんだよ。普通に中を見て歩けばいいのに」

 確かにおかしい。それに人影の持つ明かりもやけに小さい。まるで明るすぎると困るが何かを探すには必要なサイズだ。

 「もしかして不審者?」

 「けどあんなところ覗いたところで何もないぜ。鍵だって閉まってるだろうし」

 よく見てみると足元を照らしながら何かを探しているようにも見える。

 「なぁあいつ何か探してないか?」

 思いついたことを声に出す。

 「確かに、変だな」

 「三輪も速水も考えすぎじゃね?あんなとこ何もないけどな」

 山口に言われそれもそうかと思ってしまうが落し物でもしたのかも知れない。

 「あっ向こうに行くみたい。あっちは警備員室の方じゃない?やっぱりただの見回りよ」

 「みたいだな。こっちに来なくてセーフだぜ」

 「山口の言うとおりだな。流石にびびったよ」

 珍しいな。速水がそんなことを言うなんて。ただ確かに見つかったら逃れようがなかっただろう。全員、肝を冷やす中、冷だけは嬉しそうな顔をしながら

 「見つかったらどうなってたでしょうね。ドキドキ、ワクワクでしたよ」

 「いや、冷ちゃんドキドキはわかるけどワクワクはしないと思うよ」

 「そうですか?幸子さんはワクワクしませんでしたか・・・」

 「流石にね」

 妖怪ってのはみんなこうなのかな。らこいつは流石にちょっと他とは違うか他がどうかは知らないし知りたくもないが。

 「せっかくだしあの人影が何を見てたのか見に行ってみようぜ」

 「やめようぜ、力也。やばいものとかあったらどうすんだよ」

 「山口は大げさなんだよ。良いだろ速水?」

 「そうだな。でも戻ってこられても困るし覗いたら今日は帰るか」

 その意見に全員が賛成し窓へと近づく

 「何にも見えないぞ。誰か明かりつけてみろよ」

 速水が携帯を取り出し窓に近づけるとぼんやりとだが中の様子が見えてくる。洋次も一緒になって覗き込むが見えるのは手前には誰もいない廊下、奥は扉の閉まったままの教室と特に何も見当たらない。

 「なぁお前らは何か気になるところあったか?」

 自分だけが見えていないのか確認のため全員に聞いてみる。しかし返ってきたのは洋次と同じ答えだった。

 「足元はどうだ。あいつ何かを確認してたみたいだし」

 一斉に全員が自分の足元を確認する。

 「無いわね。幸子はどう?」

 「私も全く分からないよ」

 結局、何も見つかることは無く時間も時間なため学校を出ようとしたとき力也が声を上げる。

 「おい、ここの窓、割れてるぞ」

 洋次たちが探していた場所から少し離れたところから力也がみんなを呼ぶ。

 「力也、シーっ声がでかいよ」

 山口の言葉に割れた窓を見つけて興奮する力也が我に返りジェスチャーで謝る。全員がそばに近寄って見てみると確かに窓の一部が壊され鍵が開けられている。

 「これ、流石にまずくね?」

 「飯田の言う通りだな。力也も他の奴も窓には触れるなよ。面倒なことになる前に出よう」

 速水の意見には賛成だ。こんなところを誰かに見つかれば絶対に犯人と思われる。俺だってきっとそう思う。全員が急いでかつさっきよりも慎重に部室棟を目指す。

 「穴のあった場所に戻るとまず小林が向こうにすり抜け次に冷と行きたいところだが洋次は入った時を思い出しまずは速水たち他の男子に先に壁に行ってもらい中川を行かせると冷を勢いよく押し込んだ。

 「ちょっと乱暴すぎませんか洋次さん。そんなことしなくても大丈夫ですって」

 「冗談言ってる場合か。早く行け」

 グッと冷を奥に押し込むとさっきとは違いあっさりと穴を通り抜ける。

 「あれっ?どうして・・・」

 「だから言ったじゃないですか。どさくさに紛れて私のお尻、鷲掴みにしましたね」

 壁の向こうから小林の「サイテー」と言う声が聞こえてくる。何だかさっきもこの展開があった気がするが・・・

 今はそれどころじゃない。一刻も早くここから離れないと約束通り壁のところへ先に行くよう3人に告げ洋次はみんなのところへ急ぐ。

 「遅いぞ洋次。あとはお前だけだ」

 引き上げる役の力也以外はもう壁の向こうに降りたようだ。急いで壁のくぼみに手をかけ力也の手が届くところまでかけ上がる。

 「もうちょい。よし、掴んだぞ離すなよ」

 力也の力を借り壁の上にのると道側へ飛び降りる。足が痺れたが今はそれよりもここから少しでも見つからずに離れないとという気持ちが勝ち気にする暇もない。力也が降りたと同時に冷たちが合流する。

 「そっちは大丈夫ですか?」

 「問題ないよ中川さん。とりあえず公園の方へでも歩こう。静かにだぞ」

 速水に従い全員が来た道を戻る。だが来る前と違い誰もが今すぐさっきのことを話したいという気持ちと声を出せば大変なことになるのではという恐れが入り混じる重苦しい雰囲気だ。

 「悪かったな。せっかく楽しみにしてたのにこんなことになって」

 冷に声を掛けるとにっこりと笑いながら

 「気にしないでください。元はと言えば私が無理なお願いしたのが悪いんです。みなさんに悪いことをしてしまいました。あとで謝らないと」

 「お前のせいじゃないさ。みんなだってそう思ってるよ」

 「そうでしょうか・・・」

 「洋次の言う通りよ。気にしなくていいから」

 話を聞いていたのか小林が会話に混ざる。

 「小林もこう言ってるしとりあえず誰のせいって話は置いといて急ごうぜ」

 そう言って二人の手を取り前を行くみんなのところへ追いつく。





 「着いたぞ。みんな大丈夫か?」

 全員に気を配る速水に関心しながらも周りに自分たち以外に誰かいないか確認する。

「大丈夫そうだな」

 洋次のその一言に全員の緊張の糸が切れる。

 「何だったのよあれ。やばすぎでしょ」

 「どうする?やっぱり警察に言うべきかな」

 「どう説明するんだよ。どうせ明日になれば警備か誰かが気づくだろ」

 口々に思っていたことをぶちまけていく。それでもみんなの興奮ととんでもない現場を見た怖さが消えることは無く、時を忘れ会話というよりただそれぞれが独り言のように言葉を発し続ける。そんな中、速水だけは動揺をしながらも冷静でいる。

 「そろそろ解散しよう。今日は絶対にどこにも寄らずまっすぐ帰ること。いいな」

 全員に言い聞かすように言う。

 「お前、冷静すぎだろ。学校のこともそうだけど最初に公園でお前だけいなくなったときは俺たち3人は結構焦ったんだぜ。あんな話を昼間聞いた後だったし。なのにお前平気な顔しながら草むらから出てきたと思えば「どうした?何か見つかったか」ってお前を探してたんだよって思ったよ」

 「悪かったよ。ちょっと気になることがあってさ。思い過ごしだったみたいだけど。それより今日は帰ろう疲れただろ。中川さんは俺が送るよ。小林さんは洋次に任せるからよろしく。遅くなって悪かったね」

 そう言って先に歩き出す。それを見たみんながつられるように動き出す。念のため洋次は確認する。

 「明日はどうする?」

 「とりあえず昼間、また集まろうか。色々と話すこともありそうだしまた俺からメールを全員に送るよ」

 「了解」

 それを聞いてわらわらと公園を出ていく。洋次も冷と小林の手を引き家へと向かう。何気なく小林の手を掴んだがさすがの小林もこの日ばかりはいつもの毒舌も忘れ洋次の手を握り返してくる。

 「あれ、何だったんだろ・・・」

 ぽつりと小林が呟いた。安心させるよう洋次は言葉を選ぶ。

 「さぁな。なかなかないよなあんな場面。でもまぁみんななんともなかったみたいだし。明日になれば先生達や警備の人が見つけてほっといてもすぐなんとかしてくれるさ」

 「私達、大丈夫かな。あんな時間に誰にも見つからなかったとは思うけど万が一ってこともあるし」

 「それは大丈夫だろ。気にしすぎだ。珍しく弱気だな。何か悪いものでも食ったか」

 なんとか落ち着かせようと冗談なんかも言ってはみたがどうにもうまくいかない。仕方が無いので冷にも話を振る。

 冷はと言えばさっきまで自分が誘ったからだと落ち込んでいたが小林達の様子を見てすぐにみんなを安心させようと脳天気を演じていた。

 「真奈美さん、大丈夫ですよ。いざとなれば洋次さんがなんとかしてくれますから泥船に乗ったつもりでいるべきです」

 「わざとか本気かは知らんがその船、絶対沈むだろ」

 「あっそうですね。でも洋次さんですから仕方ないです」

「フフッ、ありがとう・・・」

 そう小さな声で小林が言ったのを洋次は聞き逃さなかった。

 時間が少し経ったこともあり3人の顔も大分和らいだかというタイミングで小林の家の前にたどり着いた。

 「じゃあ、おやすみ冷ちゃん」

 俺には無い所を見ると落ち着いたようだ。ほっとし思わずあくびが出る。

 「大きな口、早く帰って寝たほうがいいよ」

 「そうだな、また明日」

 「それだけ聞いてると2人が別れ際の恋人みたいでちょっと羨ましいです」

 冷の言葉に2人でツッコミを入れる。

 「まったくどうしていつもこんなにもわかりやすい間違いをされるのかしら。絶対、あんたのせいだわ」

 せっかくおとなしくなったのがあっさりと元に戻ってしまったようだ。洋次としてはもう少しおとなしいままでも良かったがやはり普段の小林のほうがしっくりくる。冷のおとぼけにも感謝しなければ

 「なんか少し楽になったわ。冷ちゃんありがとう。気をつけて帰ってね。隣のやつ役に立たないだろうから何かあったらそいつ放って逃げるのよ」

 「はい、そうします」

 まだ今日会ったばかりとは思えないほど息があってる。何故か俺をからかう時だけ・・・

 「おやすみなさい真奈美さん」

 「おやすみ2人とも」

 今度こそ別れの挨拶をし小林の家を後にする。

 「ちゃんと最後は洋次さんも入ってましたね」

 冷にそう言われたものの何のことかさっぱりわからず聞き返す。

 「そう言う所があるから真奈美さんに毎回、怒られてるんじゃないですか?」

 「一体何のことだよ。それよりも今日のあれどう思う?さっきは結局あまり話せなかったし」

 「学校でのことですか?」

 「それもだし公園での人影もかな」

 「確かに誰が窓ガラスを割ったんでしょうね。やっぱり私達が見たあの何かを探していた人でしょうか?」

 冷の言う通り一番に考えられるのはあの謎の人物だ。少なくとも警備の人間では無いだろう。もしそうであるならあんな何も変わった所もない同じ場所を何度も時間を掛けて探すだろうし洋次たちと反対方向から来て同じ方向に去って行ったのだから割れたガラスにも気がつくはずだ。何の行動も起こさなかったことを考えれば間違い無くあの人物だろう。ただ窓を割ったにも関わらず中には侵入すること無く外から見ていたのが気になる。そのことを冷に話してみると同じような考えだったようで

 「確かに窓を割った人物とあの人影は別かもしれませんね」

 「結局、あいつは何を探してたんだろうな。公園でもよくわからない奴に逃げられたし、いまいちすっきりしない終わり方だったな」

 「まぁ明日になればまたみんなで計画を立てれば良いわけですし」

 「そうだな。この話はこれぐらいにしておいて聞いておきたいことがあるんだが」

 さっきまでの問題に比べると小さな疑問だが気になって仕方ない。

 「あの壁の穴、開けたのお前だろ」

 単刀直入に聞く。

 「なっなんのことですか?」

 こんなにわかりやすい反応はない。

 「正直に言えば黙っといてやるし昼間、みんなの前でわざと俺達の関係をばらしたことも許してやるよ」

 「はい、私です」

 あっさりと認めたことに呆れながらももう一つの疑問をぶつける

 「あれ最初はお前、引っかかって通れなかったのが帰りはすんなり行けたのは何でだよ」

 「あぁあれは簡単ですよ。溶けてたんですよ!」

 「・・・そんなもんなのか・・・雪女としてそれまずくないか・・・」

 「大丈夫です。アイス食べたら元に戻りますから」

 元気よく言われたが果たしてそんな簡単な構造なのか雪女って・・・本人がそう言ってるからそうなのか。

 「つまりアイス買えと」

 「そういうことです!」

 「1つだけだぞ。その話だと食べまくったらどんどん太るじゃねえか」

 「デリカシーが無いですね」

 そんな話をしながらコンビニにたどり着く。中に入ると夏休みというのもあるのだろう夜も遅いというのに子供を連れた夫婦やカップルと見られる何人かの客で一杯だった。他の客を避けながらアイスクリームが置いてある棚へ一直線に向かう。中には十数種類ほどのアイスが入っており冷の目が輝く。

 「さっきも言ったが一つだけだぞ」

 「わかってますよ。今日は一つにしておきます」

 そう言って一つカップに入った一番高いアイスを選び取る。洋次の方はといえば割と安めのカップアイスを手に取りレジに並ぶ。

 すると前の二人組の客の話が耳に入る。

 「なんかニュースでやってたけど大通りの方の宝石屋に泥棒が入ったらしいぜ」

 「まじかよ。犯人捕まったのか?」

 「いや、まだみたいだ」

 「この辺とかにいたら怖いよな」

 「流石に遠くへ逃げるだろ」

 そんな会話が彼らの会計が終わるまで続く。そう言えばそんな話どっかで聞いたな。そんなことを考えているうちに洋次達の会計が終わりコンビニを後にする。

 

 家に着くと親父は既に寝ているようで母だけがリビングでテレビを見ていた。

 「おかえり二人とも勉強はかどった?」

 「まぁまぁだったよ」

 「つまり全然ってことね。早くお風呂入っちゃいなさい」

 「はーい」と返事をしてから気が付いたが冷は風呂なんて入れないぞどうするんだ。洋次の疑問を察したのか冷は

 「大丈夫ですよ。先に入っちゃって下さい。それとも一緒に入りたかったですか?」

 「馬鹿を言うな。お前が大丈夫って言うなら先に入らせて貰うぞ。アイス渡しとくよ」

 コンビニの袋を渡し脱衣所へ向かう。

 

 「それにしても何だったんだ結局、変なことにならなければいいんだけどな」

 湯船に浸かりながら今日起こったことを整理していると脱衣所の扉が開く音が聞こえる。

 誰だろう?―そんなことを考えていた瞬間、風呂の扉が突然開く。驚く間もなくそこにいたのは何故か服を脱いだ冷だった。

 「なっ何考えてるんだ。早く閉めろ!」

 それを聞いた冷が何故か自分は中に入ってきて扉を閉める。

 「そうじゃねぇ。何で裸なんだ。何で入ってきてるんだ」

 「お風呂に服着たまま入れないでしょ。背中、流してあげようかと思って」

 「そういう意味じゃない。第一さっき大丈夫と言っていたが明らかに溶けるだろこんな熱い風呂に入ったら」

 「大丈夫です。水風呂にしておきますから!」

 そう言えばさっきから何だか体が冷たいような・・・というよりこれ凍ってないか?

 大きなくしゃみと共に寒さがドッとやってくる。

 「入れる訳ないだろ。いくら夏とは言え冷たすぎるぞ。先に出るからゆっくり浸かってろ」

 「えーせっかく一緒に入れると思ってたのに酷いですよ」

 「酷いのはお前だ」

 とにかく上がらねば凍死してしまう。こんな間抜けな話は無い。すぐに体を拭いて部屋へと上がると目の前に氷漬けの物体が目に留まる。

 これ俺のアイス・・・

 まるで発掘されたマンモスのようになってしまったアイスを見て食べる気をなくしてしまった洋次は仕方なく速水にメールを打つ。

 「今日のあれどう思う?」

 5分ほどして返信音が鳴る。

 「正直わからん。だが気を付けないと面倒事に巻き込まれる可能性があるな」

 洋次も全くもって同意見だった。下手に首を突っ込めば危ない目に合うかもしれない。これからどうするかも一度、考え直した方がいいかもしれない。そんなやりとりをしばらくしていると階段を上がる音が聞こえてくる。冷の奴あの極寒風呂から上がったんだな。そう思って扉を開ける。

 「気持ちよかったですよ。洋次さんももっとゆっくり浸かればよかったのに。男の人ってお風呂短いんですね」

 「いやゆっくり浸かってたら死んでるぞ普通の人は」

 「そうですか?洋次さんの背中流してあげたかったんですけどそれはまたの機会にとっておきましょう。それよりも今はアイスです!」

 「そうだお前何でアイスがこんなことになってるんだよ。これじゃ食べれないじゃないか」

 「だって溶けちゃうじゃないですか。大丈夫ですよこうすれば簡単に取り出せますから」

 そう言って冷が息を吹きかけるとさっきまでアイスを覆っていた氷が全て消え中のアイスが出てくる。冷は自分のアイスを手に取り嬉しそうに顔に当てている。洋次も自分の発掘されたアイスを手に取り蓋を開ける。コンビニの袋からスプーンを取り出しいざ食べようとすると

 --ー折れたーーーー折れたーーー

 全くと言っていいほどアイスはスプーンの侵入を許さないほどに固まっており仕方がないのでしばらく放置するしかない。冷の方も困っているだろうと見てみると嘘のように洋次と同じスプーンでアイスをすくって食べているではないか。

 「あれ、それ固くないのか?」

 「えっ?大丈夫ですよ。ちゃんとスプーンが通るように溶かしながら食べてますから」

 「俺のも何とかしてくれよこれじゃかなり待たないと食えないよ」

 「しょうがないですね」

 洋次のアイスを手に取り何故か冷が自分のスプーンで中身をすくう。

 「はいっ!あーん!」

 思わず口を開けそうになって寸前で止める。

 「いや、自分で食べられるから溶かしてくれるだけでいいんだよ」

 「わがままですね。洋次さんは」

 しょうがないなぁと言う顔をしながらこちらにアイスを渡してくる。程よく溶けたアイスを折れて短くなったスプーンで起用に食べながら冷にさっきの速水とのメールのやり取りを話す。

 「そうですね。私のせいでみなさんに迷惑がかかるのは嫌ですから一番いいのは事が収まるまで大人しくしているのがいいんでしょうけど・・・」

 「けど気になると・・・」

 「正直に言うとそうですね。学校の壁に穴を開けちゃったの私ですからもしあの犯人があれを使ったとすると間接的にせよ私も共犯者になっちゃいますし・・・」

 「あの人影から見るに男だぞ。それに少なくとも俺より大きかったから穴を通って侵入は不可能だよ。きっと俺たちみたいにどこかをよじ登って来たに決まってるさ」

 「あの人が犯人と決まった訳では無いですから男とは限りませんよ」

 そう言われてしまうと言い返しようがない。洋次は考えが浮かばず黙ってしまう。

 「取りあえず学校でのことは置いといて公園でのことはどう思う?」

 洋次は公園で見たあの逃げる人影について尋ねる。

 「そうですね。少なくともさっきも言ったように私と同族という線は無いですね。幽霊とかなら話は変わってきますけど」

 「となるとあれはやっぱり人か・・・でも何であんな草木の生い茂って方にいたんだろ。昼間ならまだしも夜の9時頃だぞ」

 そこが引っ掛かる。あの辺りは昼間は池もあることもあって子供が簡単な竿で釣りをしたり舗装された道もあるのでランニングをする人も多い。ランナーに限れば洋次たちがいた時間でも何人かはいてもおかしくはなくむしろ一人もいなかった今日のほうが珍しいくらいだ。

 しかしあれはどうみてもそういった感じではないとすると何かから隠れていたか何かを探していたかだ。まったく、今日は似たような変な奴によく会う日なのだろうか。そういえば横でアイスを嬉しそうにほうばっているこいつも探し物はしていないものの変な奴のカテゴリに入るのではないだろうか。本人のは口が裂けても言えないが。

 「考えても仕方がない今日は寝るか」

 「もう寝ちゃうんですか。私、深夜のテレビというものを堪能してみたかったのに」

 「そこにヘッドホンがあるからそれつけて観ろ。俺は寝る」

 「寝るならちゃんと歯を磨かないとだめですよ」

 「分かってるよ。お前は俺の親か」

 「奥さんですよ!」

 「まだ違うだろ」

 「まだってことは認めると?」

 答えることを放棄しベッドから起き上がり階段を下る。下では母がテレビをまだ見ていた。

 支度を済ませ布団に入ろうとするとひやりと冷たい冷気を感じ中を除くとさっきまでテレビに張り付いていたはずの冷が中で震えている。

 「どうした?テレビ堪能するんじゃなかったのか?」

 「だって怖い番組やってたんですよ!お化けの話なんて何もこんな夜にしなくても。今日はここで寝ます」

 「何言ってんだ。お前は隣の空いてる部屋に布団敷いてやっただろ」

 わざわざ寝る支度をするときに押入れから引っ張り出して敷いてやったのに、そもそも同じ布団で寝るのはまずいだろ。そう言うものの冷は譲らず仕方なく一緒に寝ることに。

 「しかしお前と寝てると夏だというのに俺の体温がどんどん下がってる気がするのは気のせいか?」

 「気のせいですよ。ほら私が温めてあげますから」

 「凍るから抱き着くな」

 寒さと女の子に抱き着かれた照れから固くなる洋次をしり目に冷は嬉しそうだ。しかし明日起きたら今日、一緒に寝たことは黙っているようにきつく言い聞かせておかないとまたあいつらに何を言われるか。そんなことを考えながら洋次は眠りについた。

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