二人きりの世界で


 人類は皆死に絶えた。僕と君を残して。

白い光に包まれて父も母も兄弟も姉妹も友人も皆死んでしまった。ただ僕らを残して。

夜になって廃墟と化した街の中で僕らは空を見上げて眠った。僕らの命も残り僅かであろう。人類が生み出した光は全て消えた。しかし、星は見えない。ただ月が死人の顔のように青白い。

「真っ暗だね」

 不安に駆られる僕に君は何気なく言った。僕は上手く返事ができなくて無言のままだった。

 

 世界の終焉。地上からあらゆる生き物が消えた。

 残ったこの大地に僕と君の二人しかいない。

 

 朝が来た。僕と君は街を出た。生ある者は僕らだけ。何もかも壊れてしまったのだ。治せないくらいまで。海岸に行き着き君と砂浜を歩いた。ザクザクと砂を踏みしめる音と寄せては返る波の音が心地良かった。君は波に足を浸して「冷たいね」と呟いた。絶望的な世界とは裏腹に降り注ぐ太陽の光は海をキラキラと輝かせていた。

 死んだ人間の魂は海の向こうから帰ってくるという。いつか僕らが死んだら魂はこの地へと戻ってくるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていると死んだ家族の顔が浮かんできて、たまらなく怖くなり震えが止まらなくなった。僕は地面に座り込んで震える腕を抑えた。君は驚いた顔をして近づいてくると震える僕を抱き締めた。

「大丈夫。大丈夫だから」

 僕の目から一筋涙が零れた。やがて僕の心は静まって震えも止まった。

 

 人類が死に絶える前の世界は明らかに歪んでいた。周囲から浮いていた僕らに居場所なんてなかった。社会という名の海で溺れていた。

 ずっと僕らは願っていた。こんな世界から抜け出して二人で静かに暮らしたいと。思わぬ形でそれは現実のものとなったが、失ったものが余りにも大きすぎた。歪んだ世界は滅びたが家族や友人を失った。僕と君を残して。

 

長年積み重ねてきた歴史は呆気なく終焉を迎え、築き上げた秩序や道徳、規範も何もかも消え去った。最早かつての世界を知る者も僕ら以外いないのだ。全て消えた世界で僕は君とどうやって生きていけばいいのだろう。行くあてなどなく歩き続けるが、僕も君も汚染されて長くは生きていけない。

 

 ……でも君はそんなことはお構いなしに「今」を生きている。限りある命を精一杯生きている。

もし僕が君より先に死んでしまったら、君はどうするの?

 君は答えなかった。

 逆に君が先に死んでしまったら僕はどうすればいいのだろうか。きっと僕はどこまでも君と一緒に歩き続けるだろう。いつか僕の命が消えるときまで。

 

 僕らはきっと世界の果てを目指してるんだよ。まだ見ぬ世界の果てを。

 限りある命を君と生きていく。

 今日終わるかもしれない。

 明日で終わるかもしれない。

 あるいはもっと先か。

 でも君がいる限り、どこまでも歩いていこう。

 

 空はやはり青かった。

 

 終

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