首吊り死体
首吊り死体
親友が死んだ。
森の中で木に縄を垂らして首を吊って死んでいた。
彼は真面目な男だった。ブレザー型の制服をちゃんと着こなし、挨拶も忘れない礼儀正しい男だった。
彼の死体は普段と同じでボタンは全て留められており、ネクタイも真っ直ぐ締められていた。死んでさえいなければいつものように学校にいる時と同じ格好だ。
深い桜の森の中。
花弁は彼の死体を包むように宙をひらりひらりと舞っている。
彼は囚人が絞首刑を執行されるかのように目隠しをして死んでいた。
彼の体は伸びきっていた。
今は見えないが制服の下にはきっと多くの紫色や赤色の死斑が現れているだろう。目隠しを取れば、きっと瞳は濁っているだろう。
私は親友の死体をそうやって眺めた後、そっと彼の手に触れてみた。冷たくて硬かった。
不思議なことに、親友である彼の死体を見ても、私は何も思わなかった。悲しいとも感じなかった。ただ無感情に彼の死体を眺め、近づいて触れてみても何も感じなかった。心にただ寒い何かが吹き抜けただけで、私は何も感じなかった。
親友である彼とはよく面白可笑しく冗談を飛ばしたり、放課後は一緒に残って勉強したりした。しかし休日にまでべったりという程の仲ではなかった。ただ学校で会っては他の同級生より多く会話したり、同じ電車に乗って帰るくらいで、休日に連れ添って外出したり互いの家に招いて遊んだりというようなことはしなかった。これを親友と呼ぶに相応しいかはわからない。しかし私は彼を親友だと思っていた。
親友だったのに、どうして彼の異変に気づけなかったのか。
今考えてみても彼はなぜ自殺したのかまったくわからない。心当たりもないし、特に異変らしい異変などもなかった。いや、何か兆候があったのかもしれないが、私が単に気づけなかっただけなのかもしれない。見ての通り私は目の前で親友が死んでいるというのに悲しみさえ感じないほど冷血な人間なのだ。
私は彼の死体を見た時、無感情な心から無理にでも感情を引きだそうとした挙げ句、不謹慎と思われるかも知れないが、彼の死体とそれを包むようにして咲き誇る桜に「美しい」という感動を覚えてしまった。私はその不謹慎な気持ちをすぐに振り払った。しかしそれ以降何の感情も沸き上がらなかった。
美しいという気持ちは、決して合理性からくるものではなく、その人その人の価値観などからくるものだ。私は親密だった友人の死体とその背景に広がる満開の桜に対して、主観的に美しいと思った。この美しいという感覚は、いわば富士山を遠くから見たときに感じる感動と似たようなもので、その時彼の死体は風景の一部分となっていた。私の目には眼前に広がる死体と桜の光景が写真の風景のように見えた。どこか遠い場所の情景のように。目の前にある世界とは思えなかったのだ。
親友は死んだ。
彼がなぜ死んだのかわからない。
私は決してあの光景を忘れない。美しく残酷なあの光景は、私の脳裏に刻み込まれた。
終
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